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【009】「車育のすすめ」その2 島下泰久

INSPIRATIONS/Mobilityで定義した「車育」は、「食育」と同様に基本的には子どもを対象とするものだろう。しかしながら、これまた食育の場合と同じように、育む立場であるはずの大人が、必ずしもその概念を理解し、実践できているわけではないのも事実である。

特に運転マナーだったり、安全に対する知識や備えについては、話は深刻というレベルにあると言っていいと思う。改めて言うまでもなく、ここのところクルマが関わる深刻な社会問題が頻発している。当たり前だが、それらは皆、大人が起こしていることだ。

いわゆる「あおり運転」は、あれだけ世を騒がせたにも関わらず、今も大きな問題であり続けている。急激に車間を詰められたり、危ない割り込みをされたりということは、最近特に増えているように感じられる。しかも、いかにもワルそうな輩ではなく、普通のオヂサンが、隣に奥様と思しき方を乗せながら、平然とそんな運転をしていたりする。

これらは意図してのものかもしれないが、そうじゃないものもある。たとえば高速道路の追い越し車線をゆっくりのんびり走っている事例も、ここに来てやたらと多くなっていると実感している。これも渋滞、およびそれこそあおり運転の誘発にも繋がる、大きな問題だ。

なぜ大人で、しかもクルマを運転している以上は運転免許証を所持しているドライバーが、悪意をもってか、あるいは悪意無しにか、いずれにせよこうした運転をしてしまうのか。それはやはり「車育」がきちんと行なわれてこなかったからではないかと思えてならない。それこそ「クルマを大事にする感謝の心」を持ち、「運転マナーなどの社会性を身に着け」、「クルマの重要性を理解し安全を保つ」……といったことができていれば、クルマをそういう風に扱おうという気にはならないはずなのである。

そのために色々とやるべきこと、やれることはある。罰則の強化といった抑止力に頼ることもできるだろう。高速道路で追い越し車線を頑として譲らないドライバーに対して、あるいは危ないすり抜けを行なうサイクリストや、スマホ+ヘッドホンの歩行者に、警察よりきちんと警告がなされ、罰則が適用されるようになれば、効果はあるに違いない。

けれども、できればやはりモラルやマナーでそれができる方が好ましい。とはいえ、それが自然と醸成されるなんて期待はできないから、やはり正しい教育、知識がもたらされることが必要になる。

そのために簡単にできる……はずのこととして、運転免許教習所でこうしたことがきちんと教えられるようになることを求めたい。交通安全協会という組織についてのあれやこれやは脇に置いておくとしても、時代遅れのカリキュラムやテキストのアップデートは今の体制でだってできないわけはないだろう。

運転免許教習所が、運転の仕方や試験に出るポイントだけを教えるのではなく、交通成員として身に着けておくべきことを学べる場となるなら、少なくとも運転免許所持者のマナーとモラルの向上、多少なりとも図れるのではないだろうか。もちろん理想としては、交通教育は自動車学校で初めて教わるのではなく、義務教育のカリキュラムに入っていていいぐらいだと思うが、まずはここから。どうだろうか?

モラル、マナーの醸成という意味では、自動車メーカーにも期待したい。「道がクルマを作る」と言う。ここで言う道とは、単なる物理的な道路という意味ではなく、周辺のあらゆる環境を含めた「道」であるはずで、そこには、それを作り出す「人」が必ず居る。つまり、良い交通環境が無ければ、この土壌から良いクルマなんて生まれ得ないのだ。

楽しいクルマもいい、燃費のいいクルマもいいし、電動化も知能化も大事だけれど、そういう話だけでは、そろそろ立ち行かなくなってきている。自動車文化という言葉を使うならば、自動車メーカーはそれだけの責任を負うべきだろう。

もちろん、我々ジャーナリストにもまだできることがあるはずだ。今回は時節柄もありモラル、マナーの話に終始してしまったが、それだけに留まらず、様々な角度から大人のための「車育」も考えていきたい。


島下 泰久 Yasuhisa Shimashita
1972年神奈川県生まれ。立教大学法学部卒。国際派モータージャーナリストとして専門誌やwebなどへの寄稿、ファッション誌での連載、ラジオ、テレビ番組への出演など様々なフィールドで活動。2018‒2019 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。年度版『間違いだらけのクルマ選び』を2011年から執筆。電動化、知能化するクルマを専門的に扱うサイト「サステナ( http://sustaina.me )」を主宰

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