ガーディアンズ・オブ・ザ・部屋(編集版)

 午前十時に洗面器にぬるま湯を溜める。おれは三人を順番に沈める。どの個体も最初は浮かび上がろうという抵抗がある。おれはそれを押さえつけて彼らの身体をそっと握る。ぬるま湯が洗剤とともに染み込む。そうすると抵抗はなくなる。
 最初におれが沈めたのは八歳のときから付き合いのある無口な奴で、仮にB・ベアと呼んでもよい。おれはこいつらの本当の名前を明かす気はない。Bはイギリスのコメディ番組に出演していた。おれの仲間たちの一番の古株で、常にチームを支えている。だから敬意を表して最初に湯に沈めるのは当然だろう。茶色の身体に不安になるほど水が染み込んでいく。その浸透があまりにも容赦がないために、この方法が正しいのかおれは確信できなくなってしまうが、いまさら後戻りもできず、この作業を完遂するべく何度もBの身体を握りしめる。握りしめるたびに感触が変わっていく。反発力のある柔らかさから、従順な圧縮と弱い解放の感触へと変容していく。そうするたびにこいつの身体から灰色の水が染み出す。この水の色はおれの怠惰の証で、無力さの証明だ。おれがより強ければこんなことにはならなかった。こいつらのはらわたは紛うことなき綿で、それがここまで汚れてしまった責任はおれにある。誰かのせいで内臓がグズグズになったら耐えられるか? けれどB・ベアはぬるま湯の中でいつもどおり平然としている。こいつはおれのことを理解しているから、別に怒ることもなくて、無言で身を任せている。どうってことないからクールでいろよ、という目でこちらを見ている。なんて心強いやつだ。何度も洗面器のぬるま湯を入れ替えて身体から出てくる水の色が変わらなくなるのを確かめたら、おれはBをそっとバスタオルのうえに寝かせる。不格好に歪んだ姿でBは横たわる。万事オーケーだ。
 勇気が出てきたおれは、この作業をあと2回繰り返すのに十分な自信を得る。次の相手は大きな目を持っている。こいつは昔ハリウッドの映画に出ていた。映画の個体とは違って青と白の体をしているが。足の裏に縫い付けられたナンバーからこいつのことをセブンと呼ぼう。Bと同じように繰り返し握りしめることで水を吸収させ排出させる。代謝している。おれの手が最高な獣たちを脈動させているんだ。セブンは我儘な性格だが明らかに今のこの状況を楽しんでいる。チームで一番のお喋り野郎であるセブンはぬるま湯から顔を上げるたびにぺちゃくちゃ話しかけてくるから、おれはこいつをぬるま湯から上げるたびに繰り返し相槌を打たなければならないが、そのやり取りがリズムを生み出しグルーヴになる。ようやくB・ベアの隣に寝転んだセブンはでこぼこで毛の流れもめちゃくちゃになっているが、相変わらず話し続けている。
 最後の相手はオランダの画家によって生み出された。こいつをボーパルと呼ぶのもいいだろう。幼さと凶暴性を兼ね備えた寂しがり屋で、よく首に噛み付いてくる。歯がないから何も問題はない。ボーパルはいくぶん怯えているが、おれはこいつに大丈夫だ、お前の前にもBとセブンがやっているだろうと優しく声をかけてやる。ゆっくりと水の中に入れて何も怖くないことを教えてやる。こいつはまだ子供なんだ。セブンもバスタオルの上から声をかけている。ボーパルはぬるま湯の中の状況に興奮しているが身じろぎせずに様子をうかがっている。その白い体からもやはり灰色の水が出てくるが、新参だからそんなにひどくはない。ボーパルは縮こまっていた身体をだんだん伸ばしていき、ついには飛び跳ねようともがき始める。水の重さに打ち勝とうと身をよじらせるが、すぐに飽きてまたされるがままになる。ぬるま湯から出たあともバスタオルの上でおとなしく身を伏せているが、自慢の不揃いな耳はいつもと同じように斜めに立っている。
 おれはバスタオルでこの三人を包み込み、洗濯機の底に置いて脱水のボタンを押す。三十秒後に取り出したらネットに入れて吊るす。太陽には当てない。そんなことをしたら気が休まらないだろう。日陰でこの三人はずっと待っている。夕方にはすっかり元の姿に戻って、B・ベアもセブンもボーパルもどこのパーティにだって行けるくらいピカピカだ。そうしてこの三人はまた任務につく。部屋を見張る。部屋を守る。だからおれはカーテン越しの西日の中で、すっかり安心して眠ってしまうよ。

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