[新版] 素数大富豪との出会い

今日は素数大富豪を私が考案して五周年となる記念日です。

2016年12月7日にはてなブログに投稿した「素数大富豪との出会い」という記事の一部分について、若干の加筆・修正を加えてnoteにて再投稿します。

出会い〜探偵ナイトスクープから考案まで〜

私が素数大富豪と出会ったのは2014年5月23日のことでした。その日のことを語る前に、少し時を遡りましょう。

2013年4月から2014年3月までの一年間の私の身分は博士前期課程(修士)二年生でした。修士論文を執筆して卒業する年です。修士課程の二年間は本当にたくさんの仲間に恵まれて、楽しく数学ライフを送ることができました。そんな仲間とある企画を立てていました。

それは、「探偵ナイトスクープに応募し、探偵さんの力を借りて、和田教授の作曲した名曲『宿酔』を先生と一緒にセッションしたい!」というものでした。

修士論文が終わった時期にロケになるように計算して応募したつもりが、トントン拍子で企画が通り、思っていたよりもかなり早い時期にロケをすると言われる大誤算。あろうことか修論提出と修論審査の間にロケ!!ここらへんは澤田君のブログに詳しく書かれています。

僕達の映像は2014年3月7日に放映され、それは大変面白い内容だったと思います。 


この上ない思い出を作ることが出来て、晴れて卒業。。。しなかった輩が三人いますw

kタロス、SKT、せきゅーんの三人です。kタロスは世界を旅するために一年休学したため、2014年4月から修士二年生。自他共に認めるイケメン(嵐の松本潤さん似)。SKTとせきゅーんは博士後期課程に進学しました。

博士課程に進学すると、周りにたくさんいた仲間が一気に卒業し、急激に孤独感を味わうことになりました。しかしながら、数学の研究はもともと孤独に行うものです。その覚悟なしに進学したわけではありません。それまでとは打って変わった環境に少しワクワクもしながら研究生活をスタートしました。

実際には100%研究という生活ではなく、kタロス、SKT、せきゅーんの三人で互いの研究室に集い将来について語ったり、談笑したりすることも多々ありました。

特にkタロスと連むことが多かったのですが、新生活開始直後に「学生だけで作ったカフェが出来たらしい」との情報をkタロスが入手。カフェが近くにあれば休憩がてらkタロスと会うこともできるし、或いはそこで研究するのもよい。早速、一緒に行くことにしました。

残念ながら最初に行った時は定休日でした。その日は食堂のコーヒーで我慢することにし、別の日に再度約束をして目当てのカフェへ突入。そのカフェの名は


Cafe+Bar Ludzie


"Ludzie"はポーランド語で"人々"の意。2014年4月12日にオープンしたこのカフェは学生のみで立ち上げられており、非常に素敵な空間でした。一言で表現するなら"第二の家"。

初めて入った日のことは忘れません。その雰囲気に一目惚れした私は、それからというもの毎日のように通うようになります。気付けば店一番の常連客。Ludzieでの出会いは一生の宝です。Ludzieで論文を読んでいる時にキーアイデアを思いつき、Ludzieで論文を執筆しました。

さて、私は小豆島で開催された第22回整数論サマースクールに参加する前日に朝起きると同時に携帯電話を肘で破壊することになるのですが、その日までガラケーを使い続けていました。

スマートフォンを使うようになってからは簡単にアプリを導入して暇(と自分で決めた)時間に遊ぶことができるようになりました。

一方、ガラケー時代はパソコン上でWebゲームをして遊んでいることがありました。私が当時遊んでいたのはSDINの「将棋」とトランプゲーム「大富豪」です。

そうして大富豪にハマっていた私はkタロスとSKTを巻き込みます。研究の合間に研究室やLudzieで無駄に大富豪をするという期間が(一ヶ月程度?)ありました。

そして、2014年5月23日がやってきます。この日私はkタロスとLudzieで大富豪をする約束をし、先に入店して待っていました。すると

「ごめん、15分ぐらい遅れる」

とのメール。このときの私の頭の中は「早く大富豪したい、大富豪したい、大富豪したい、大富豪したい、、、」

ところで、私はとても素数が好きです。素数好き全国一位を目指しています。素数が大好きな私は修士課程の間、よく素数Tシャツを着ていました:

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探偵ナイトスクープの話に戻ると、テレビに出るとは言っても仲間皆で出るため、依頼者の澤田君とイケメンのkタロスと和田教授以外は中々視聴者の印象には残らなかったと思います。しかし、「せっかくテレビに出るのだから少しは目立ちたい!」ということで生存戦略を練った結果、素数Tシャツを着て、それで目立つという作戦を実行しました。冬の撮影なのにTシャツとは明らかにおかしいんですけどね(笑)。

結果、「素数Tシャツの人」としてそれなりに視聴者の印象に残ったのではないかと思っています。

探偵ナイトスクープの放送後、twitterでエゴサすればその反響をたくさん見られることが分かり、散々twitterを馬鹿にし使わないと言ってきた私が「宿酔の反響を見るためだけ」とtwitterを開始しました(反響を見るだけならアカウントはいらないので、言ってることがブレブレ人間発動です)。その際、名前は分かり易いだろうと「素数Tシャツ」にしました。これが後に素敵な人達との出会いに繋がるのですから結果的には良い選択だったと思っています。

そんな私はLudzieの店員さんやそこで知り合った大学の学部生達から「素数Tシャツさん」と呼ばれるようになり、いつの間にか省略されて「素数さん」と呼ばれるようになりました。

話が大分逸れましたが、まあ私は素数大好き人間なのです。常に頭の中には「素数」という文字があります。2014年5月23日、私はkタロスから遅刻を告げられ急遽15分間手持ち無沙汰になったわけですが、私の頭の中を埋め尽くしていた素数大富豪というワードが突然くっつきました。


素数+大富豪 = 素数大富豪


これは一体何なんだ!?

この瞬間から、私は「仮に『素数大富豪』という名前のゲームが存在したと仮定したら、それは一体どんなゲームなのだろうか?」という思考に集中していきます。

大富豪形式をベースとして「素数大富豪」が有しているべき必要なルールをどんどん追加していき、それが矛盾なくゲームになったら作業を中断するという形で、シンプルさを重視して以下のように考えました。

大富豪は手札からカードを出していくゲームですが、「素数」大富豪というぐらいですから、素数しか出せないのでしょう。大富豪は他のプレイヤーよりも大きい数を出していくゲームなので、素数大富豪は他のプレイヤーよりも大きい素数を出していくゲームとするのが妥当に思えます。ただし、通常の大富豪では何故かAや2が強いです。これはややこしいので、取りあえずA < 2 < 3と普通の大小関係としました。最終的に素数大富豪においてAと2に特別性を持たせる意義は見出せなかったため、取りあえずという条件は外されました。

2 < 3 < 7 < K

といった感じです(これは4人のプレイヤーが一枚ずつ出した図)。トランプのK(キング)は13を表すカードなので、7 < Kと出せるわけです。こうして、最初のルールが設定されましたが、これでゲームになっているでしょうか?

なっていません。素数でないカードが出しようがありません:(A、4、6、8、9、10、Q)

一つの可能性としてそれらのカードを使わないというものがありますが、そうするよりは全てのカードを使うゲームを作った方が豊かなゲームになりそうな気がします。

どうしたものか。。ここで、私は通常の大富豪における二枚出しを思い出しました。

5♠︎5♡ → 10♣10♢

普通の大富豪では↑のような出し方ができます。そこで、素数大富豪でも二枚出しできるようにし、同じ数のカードを二枚出すのではなく、

7♢3♡ で 73

のようにカードを組み合わせて素数を作るという発想を得ました。数のみを見てスートは何でもよいことにします。例えば

23 < 53 < 79

のように進行していくのです(全て二枚出し)。23は2と3を組み合わせて出しているわけですが、組み合わせとしては32もあり得ます。なので、プレイヤーはどの順番でどの数として出しているのかを宣言するようにしましょう。トランプには10、Q、Kのように一枚で二桁の数もありますから、二枚出しであっても

10K < QK

のように四桁になることもあります(それぞれ、1013と1213)。通常の大富豪では三枚出しも、四枚出しもできます。なので、素数大富豪でも三枚出し、四枚出しを出来ることにしましょう。

64A < KKJ (641 < 131311)

といった感じで素数を作って出していくのです。これは素数がたくさん出てきていよいよ「素数大富豪」っぽくなってきました。通常の大富豪では場に出ているカードが二枚出しのときに三枚出しすることはできませんから、素数大富豪でも二枚出し中は二枚出ししかできず、三枚出し中は三枚出ししか出来ないことにしましょう。これは結果的にはゲーム性を高めることになっていると思います。例えば、二枚出しで手を準備していたとしても、相手がずっと三枚出しでキープしてくる強敵であれば勝てません。また、素数大富豪に既に慣れている人ならQKの強さをご存知のことと思われますが、枚数制限ルールがなければ特に強い手ではなくなります。

ここで、通常の大富豪とは異なる点が現れます。というのも、通常の大富豪の複数枚出しは同じカードを組み合わせるため、四枚出しまでしか出せません。ジョーカーを使ってもよいことにしても最大で六枚です(階段というルールを入れると最大で十三枚にはなります)。それに対して、素数大富豪の場合は異なる数も使って素数を作るため、五枚出し、六枚出し、七枚出し、、、と一般にn枚出しできることにしましょう(トランプ一組の場合、最大で五十三枚出しが可能です)。

すると、どんどん大きい素数を作ることができるようになります。これは素数好きとしては大変嬉しい状況です。ちなみに、二枚出しのルールを考えたとき、このようにカードをくっつくけて(concatenate)一つの数とみなすアイデアを思いついたわけですが、色んな人に「『素数大富豪』ってどんなゲームだと思いますか?」と聞くと、必ずと言っていいほど「足して素数になるように出すの?」と聞かれます。

私にはその時その発想はなかったのですが、確かにそれもルールとしてはあり得ます。ただ、そのルールとくっつける現行のルールを比較した際、後者には二つの利点があると思います。

一つ目は視覚的に何の数か分かりやすいことです。足して素数にする場合は足した数がどこにも表示されていないので、アナログでやる場合は場に出ている数が何かを把握しにくい気がします。

二つ目は大きい素数を容易に作ることが出来る点です。カードをconcatenateして十進法表記で読むわけですが、十進法という数の表示法の利点が色濃く現れています。十進法はもともとたくさんある数をたったの10個の部品で表示できる画期的な方法でした。トリックは、小学校で習うので言うまでもないことですが、左へシフトする際に10のn乗倍が隠れていることです。541という三桁の数の一番左にある5は5という部品一つで500という大きな数の役割を担っているわけです。このおかげで、更には10, J、Q、Kというトランプ特有のカードのおかげで、例えばたったの五枚で

KQ1010K = 1312101013

と十桁の素数を作れるのです。もし、足し合わせて素数を作るルールを採用すれば、

2+3+4+5+6+8+9+10+11+12+13=83

のように(十一枚使って二桁)、小さな素数しか作れないことになります。

さて、複数枚出しのルールによって出せないカードはなくなりました。これでゲームになっているでしょうか?

なっていません。簡単に「素数を出す」と言いますが、普通の人間は素数を完全には把握していません。素数かどうか分からないのに素数を出せるわけがないのです。このままでは完全素数把握スーパープライムマン/ウーマンしかこのゲームを遊べないことになります。

一つの解決策はトランプとは別途素数表を用意し、素数かどうかをチェックしながら遊ぶという方法です。しかしながら、実際に私がその時に思いついた案はこうです:とりあえず素数と思う数を出してみて、間違っていた場合は相応のペナルティを受けるようにすれば良い。

このようにすれば、具体的な素数を知っている or 知っていないに関わらずゲームに参加することが出来るようになります。また、これは実際にプレイしてみて分かったことですが、素数を上手く出せた場合は大変に嬉しく(だって素数に出会えるのです!!)、嬉しさのあまり脳がその素数のことを覚えてしまいます。当然、知っている素数が多ければ多いほど強いわけですから、素数大富豪はプレイすればするほど楽しくなるのです。

ペナルティを何にするか。大富豪なので勝利条件は手札をなくすことです。手札を減らすことを競うゲームですから、ペナルティは手札を増やすというのが良さそうです。手札を増やすためにはカードが必要です。こうして、通常の大富豪のルールには存在しなかった山札を導入するという考えに至ります。

ゲーム開始時にプレイヤー全員に均等な枚数だけ手札を配り、残ったカードを山札として設定しておくのです。ここに一つ山札を設定したマイナーな利点があり、必ず全員の手札の枚数を均等にできます。最初の手札の枚数は何枚でもいいのですが、最近は七枚か十一枚に設定することが殆どです(7と11は素数)。

山札を設定してもゲーム性が崩れないかをチェックする必要があります(数学では概念を定義するときにそのwell-definednessを確かめる必要がありますが、それに似た作業です)。というのも、通常の大富豪の場合だと単純に無作為に幾つかのカードを抜いてしまうとプレイヤー間の手札の強さに著しい偏りが生じてゲーム性が崩れる可能性があるためです。このため、通常の大富豪は二人では遊べません。カードを抜かなければ手札が膨大かつ相手のカードを完全把握できてしまいますし、カードをテキトーに抜いてしまうと著しい偏りが生じてしまう可能性があるからです。適切にカードを抜けば遊べると思いますが、どの数のカードを抜くかを考える必要が生じます。

強さに偏りが出るのはカード固有の強さがあるためです。3はKより弱いのです。大富豪という名前は勝者が敗者から強いカードを貰うことによってわざと偏りを生じさせ、勝者が勝者であり続けることから付けられたものです。勝者(=大富豪)を引きずり下ろすために最も重要なルールが革命であり(逆に引きずり下ろされないための対策も重要)、生まれた時から弱い運命にある3も革命時には最強のカードと変身できるのでした。しかし、9や10に至っては革命が起きようが起きまいが邪魔なカードなのです。

一方、素数大富豪においては基本的にカード固有の強さはありません(5や偶数より5以外の奇数の方が重宝されるなどはあります。追記: 後に判明したこととしては二桁カード10、J、Q、Kが重宝されます)。何故ならば、カードを組み合わせて素数を作るからです。どのカードも小さい素数の部品になることもあれば、大きい素数の部品になることもあるのです。つまり、通常の大富豪では(少し定石を学べば)与えられた手札に対して取れる戦略はあまり変わらないのですが、素数大富豪の場合は手札が与えられた瞬間に勝敗が殆ど決まってしまうというわけではなく、どう組み合わせるか、どのタイミングで山札を引くか(後述するルール)などの戦略の立て方の方が重要になります。素数大富豪においても当然悪い手札と良い手札があるのですが、山札を作るくらいでは著しくゲーム性が崩れることはなさそうです(この点は後に実戦をしていくことによって確かめられました)。

なお、この考察から分かるように素数大富豪は二人プレイで十分楽しめるという点が特徴的と言えます。山札を設定できることが分かったので、次はペナルティの枚数設定です。「ペナルティは一律五枚」というようなルールもありえますが、出す枚数が多ければ多いほど成功したときのメリットが大きいため、その分ペナリティを多くするのがゲームバランスが取れているだろうと考えました。ハイリスクハイリターンにするのです。こうすれば無闇にワンターンキルを狙うことも少なくなると期待できます(毎回全部出しをされれば、それは無気力試合というか、ゲームとして面白くないはずです)。

というわけで、n枚出しで素数でなかった場合は素数を出すことに成功していないため、まず出したカードを手札に戻し、その上でn枚山札からカードを引き、ペナルティとして手札に加えてもらうことにします。

これで、素数かどうかを完全に把握していない場合でも遊べるようになりましたが、結局出した数が素数かどうかをゲーム中にチェックする必要があります。なお、プレイヤーが常時素数表を携帯して素数チェックをしながらプレイをすればペナルティを設けた意味がありません。ペナルティルールを生かすため、プレイヤーはプレイ中のカンニングを禁止することにしましょう(素数Tシャツを着てプレイしたいのは山々ですが相手に情報を与えてしまうのでプレイヤーは我慢します)。

そこで、素数判定員をプレイヤーとは別に一人用意することにします。プレイヤー全員が完全素数把握スーパープライムマン/ウーマンでなければならないとすると非常にプレイ人口が限定されることになりますが、素数判定員のみ完全素数把握スーパープライムマン/ウーマンとするのであればハードルは下がります。或いは、残念ながら彼/彼女が完全素数把握スーパープライムマン/ウーマンでなかった場合は素数表を携帯してもらいます。

素数を完全把握している人間など普通いない問題はこれで解決されたように見えます。もうゲームになっているでしょうか?

なっていません。手札が

4、4、4、8、Q

だったり、

6、6、6、9、Q

だったらどうでしょうか?  

そうです。どのように組み合わせても素数を作ることが出来ません。このような手札になることは多々あるので、こうなったら詰みとするのはあんまりです。ですが、これは山札を作ったことによって簡単に解決できます。すなわち、手札が詰みの状況である場合は山札から一枚カードを手札に加えて良いことにすればよいです。

後は、素数大富豪は通常のトランプを用いることを想定しているので、ジョーカーの取り扱いを決める必要があります。通常の大富豪では一枚出しの時はジョーカーは最強。二枚出し以上のときは他のカードの代わりとして用いることができます。素数大富豪でもこれを踏襲することにしましょう。

しかしながら、通常の大富豪では二枚出し以上におけるジョーカーの担うべき数が一意に定まるのに対し、素数大富豪では一意に定まりません。なので、素数大富豪ではジョーカーを何の数の代わりとして適用するのかを宣言してから出すことにしましょう。こうすると、ジョーカーを持っているにもかかわらず間違えて使ってしまいペナルティを受けることも生じます。

また、特別にジョーカーは0として使えるというルールを設けることを思いつきました。素数大富豪で出せる素数はトランプを一組(或いは有限組)のみ使っている限り高々有限個です。つまり、素数大富豪では出会えない素数が存在するのです(最近はそのような素数をエデンの園素数と呼んでいます)。このジョーカー0ルールを設けることによって出せる素数がいくらか増えます。来年2017年はご存知の通り素数の年ですが、2017はそのままでは出せません。しかし、ジョーカーを0として使えると2017も出せるのです!!これは数への愛から思いついたルールです(一方、14以上の代わりでも使えるようにしてしまうのは流石のジョーカーでも出しゃばりすぎなので採用していません)。


ここまでが15分の出来事でした。勿論、まだ細かくは詰め切れていない部分があるとは思われましたが、出せないときや出したくないときはパスしてもよいなど、適当に大富豪と同じような進行形式にすればこれで殆どゲームになっているだろうという感じがしました。

そうして、15分遅れてLudzieにやってきたkタロスに私はこう言ったのです:


「素数大富豪というゲームを作ったのだが」


実戦編

最初に気になったのが、「素数大富豪」があまりに安直なネーミングのため既に他の人が同じ名前のゲームを作っているのではないか?ということでした。「素数大富豪」でGoogle検索してみると、「1000万桁越えの素数を発見したら10万ドルが貰えて大富豪に」みたいな内容の記事ばかりがヒットしました(ちなみに10万ドルは既に達成されています。次は1億桁越えの素数に15万ドルの賞金がかけられています)。どうやら同名のゲームはないようなのですが、「約数大富豪」というゲームが検索にひっかかりました。似たようなゲームは存在したのです。

これも大富豪の類似ゲームとのことなのですが、出ている数の約数を出すことができて素数が最強というものです(1は出せない)。トランプを用いるのではなく、独自のカード構成(72までの素因数が2と3と7のみからなる正の整数からなる)で公開型のゲームとなっています。これはこれでとてつもなく面白そうですが、非常に残念なことにアプリ配信は終わっているようです(流行らなかった?)。面白そうなのですが、「ゲーム性を高めるために素因数は2、3、7のみにする」というのが個人的には嫌です(笑)。比べて素数大富豪は非常にたくさんの素数を扱える点が自慢です(笑)。

というわけで、どうやら素数大富豪はオリジナルらしいことが分かりました。

しかし、オリジナルのゲームになっているとはいっても面白いとは限りません。私も極めて懐疑的でした。このように短時間に作ったゲームが面白いはずがないと。それまでの人生では自分でゲームを作ろうとしても面白いものが作れた試しがありません。

例えば、2007年日本数学オリンピック本選の第1問は"ゲーム"の一つだと思います。これは数学の問題としては面白いですが、ゲームとしては全く面白くありません。"面白くないゲーム"はいくらでも存在するのです。作る視点で考えると昔から存在する将棋や囲碁などは神がかっていますし、近年生まれたオセロやカタンの開拓者たち、大富豪なども一流の作品であると感じます(ここにあげた中では大富豪が他のゲームに比べると劣っている気もしますが面白い優れたゲームであることには違いありません。というか私が大富豪が大好きなのです。オセロは1973年に長谷川五郎、カタンの開拓者たちは1995年にKlaus Teuberがそれぞれ考案しました。大富豪の考案者についてはYahoo!知恵袋に小谷善行氏であると書かれていますが、ご本人のお知り合いに問い合わせたところはっきり否定していたとのことです。なので大富豪の考案者は不明です)。

ということで、素数大富豪が面白いかの判断は十分に実戦してみてから判断することにしました。とりあえず素数大富豪のルールを何らかの形でまとめておこうと考えていましたが、当時アメリカに一週間出張する直前だったため、それはアメリカから帰国してからにすることに決めました。

アメリカでの数学以外の思い出で特に記憶に残っているのはMazurさんの目の前でホットコーヒーをこぼしてしまい危うくかけそうになったことと、「ボストン大学トイレ事件」です。「ボストン大学トイレ事件」とは私がボストン大学のトイレで用を足そうとしたときの話で、屁をしたら隣の個室からも屁が聞こえてくるのです。こちらが「プゥ」とすると、あちらも「プゥ」。これがn回繰り返され私は笑いを堪えるのに必死でした。隣の人は恐ろしい屈強な人かもしれない。しかし、出るのは屁ばかり。笑いの我慢の限界の到達しそうになったとき、隣の人が遂に爆笑し出しました。そこで私も安心して爆笑し、ゲラゲラしながら目的を達成したのでした。あのときの顔も名前も知らない彼は元気でしょうか。

そんな初めての海外経験を経た私は、帰国直後素数大富豪のルール(初期版)をまとめました。

そうして、私はkタロスとSKTをLudzieに呼び出して素数大富豪の実戦を繰り返していきました(特にkタロスは素数大富豪にハマってくれました)。

ルール変更が必要だなと感じたのは大きくは次の二つです。

まず、革命は不要であるということ。先ほどは述べませんでしたが、大富豪を真似て四枚出し以上の場合は革命状態になって大小関係が逆転するものとしていました。しかし、素数大富豪は通常の大富豪のようにカード固有の強さはないので、弱いカードの救済措置としての革命は特に必要性がない気がしてきたのです。素数大富豪では四枚出し以上も頻繁に出るため、革命がたくさん起きて何が何だかよく分からなくなります。そもそも、通常の大富豪では四枚出しが難しいので革命が起きる頻度もそこまでは高くなく、それがゲーム性を生みだしていたのでした。素数大富豪の場合は4という数に特別な意味はありません。以上のような理由から革命は排除することにしました。

もう一点は山札を引くルールについてです。当初は手札が詰んでいることが証明されている場合のみ山札からカードを引いてよいとしていました。証明するのは素数判定員の役割です。しかしながら、素数大富豪の一つの欠点は素数判定員を用意するのが非常に煩わしいということです。そこで、プレイヤーが出来るだけ公平性を失わないように素数チェックを都度行い、素数判定員なしでプレイをしていました。なので、手札が詰んだ場合もプレイヤーの「手札が詰んでいるから山札を引きます」という言葉を信用してやっていました。

ところが、SKTが「手札が詰んでいるから山札を引く」と宣言した後に、実はあのとき詰んではいなかったということが頻繁に発生したのです!山札を引いた後にそのカードを残したまま別のカードを出した場合などは嘘をついていたことがわかります。元々SKTとせきゅーんはしばらく一緒にいるとすぐに喧嘩をする間柄。彼はわざと嘘をついていたわけではないのですが、「お前ちゃんとルール理解してねえのかよ!!」と複数回喧嘩になりました。

この喧嘩のおかげで、「詰んでいることが証明された時のみ山札を引ける」というルールは非常に面倒臭いことが判明しました。この点SKTには感謝していますが、結局「自分のターン毎に山札から一枚引いてよい」という現行ルールに変更しました。こうすればもう喧嘩は起きません。ルールをこのように変更したおかげで、UNO(1971年にMerle Robbinsが考案)のようなゲーム性が生じたのも良い点です。

その他細かいルールの変更点はありましたが、複数回実戦してみての結論はこうです:

このゲームは面白い。従って、人に広めるべきである。


グロタンカット&合成数出し

その後、Ludzieで開催された飲みニケーションなるイベントなどで少しずつ宣伝し始めました。が、夏休みに入る前に二つの大きなルールを追加することになります(これらの考案日を覚えていないのがちょっと残念です)。

素数大富豪はSimple is bestという考えに基づいて考案されました。少ないルールで面白いというのが理想です。複雑すぎるゲームは面白くても嫌いですしかし、あまりに少なすぎてもいけません。

また、通常の大富豪は面白いゲームですが、最大の欠点はローカルルールが多すぎることだと思っています。

ローカルルールがあまりにも多く、何人かで集まった時に大富豪をしようとしてもローカルルールを合わせる儀式が大変に面倒です。儀式を行わなかったらそれはそれでいきなり意味不明のルールを持ち出されるので困ります。何でもかんでもルールを追加したがる人も多いですが、個人的には先ほど述べたように「ルールが少なくて面白い」が好みなので人と意見が合わないことが多いです。

一方、素数大富豪は考案者もはっきりしていて出来たてのゲームのためこのような欠点はありません(今の所)。ただ、最小のゲームのままだと面白みに欠けるかもしれないです。

そこで、通常の大富豪の特殊ルールのうち、これは絶対的に全国ルールだろうというものを素数大富豪に輸入することを考えました。

ちなみに、日本大富豪連盟のルールでは、革命、8切り、都落ち、スートしばり、スペ3返しの五つの特殊ルールを採用していますが、この中で私が選んだものは、ズバリ

8切り

です。8切りは8(や8の複数枚出しなど)を出せば場を強制的に流せるというものです。特徴的なのは、8が絶妙に小さいことです。平常時、9以上が場に出るともう使えません。革命時にもそんなに強くはありません。

これをヒントに、素数大富豪でも小さめの数であって強制的に場を流せる特殊能力を持った数を作りたい。8そのままではオリジナリティに欠けますし、何か「素数」と関係のある特別な数にその役割を担ってほしいところです。

私は思いつきました。そんな数はあれしかない!!そう、グロタンディーク素数(天才数学者グロタンディークが間違えて素数として57を例示したという逸話から生まれたとされるジョーク)。

グロタンディーク素数57を素数ではないにも関わらず二枚出しとして出せるようにしてしまおう。そして出せた場合は強制的に場を流せる特殊ルール。こうして、グロタンディーク素数切り、通称グロタンカットが生まれました。57が結構小さい素数なので、8切りのときのように手札に用意しているのに中々出せないということがよくあります。

グロタンディーク素数切りを追加すれば、素数大富豪はいよいよゲームとして完成したように思えます。ポリシーとしては出来るだけルールを増やしたくないわけですし。しかしながら、私はどうしても納得のいかない点が一つありました。それは


素数の数学的性質がルールに一切反映されていない


ということです。実は素数大富豪のアイデアは素数に限定しなくても「◯◯大富豪」に一般化できます(◯◯がしっかり定義された概念である場合)。例えば「偶数大富豪」が考えられます。偶数をどんどん出して楽しもう♫というゲームです。これでは素数大富豪とはゲーム性に大きな差があります。というのも、人はみな完全偶数把握スーパーイーブンマン/ウーマンだからです。

つまり、素数大富豪のゲーム性は「定義が明確であるにも関わらず、普通の人は与えられた数がその定義を満たしているかを容易には判定できない」ことから生まれているのです。ただ、この性質を持つものは素数に限りません。例えば「ラッキー数大富豪」は素数大富豪にだいぶ近いゲームになるでしょう。

というわけで、「1とその数自身しか正の約数を持たない1より大きい整数」としての素数の性質はルールに反映されていないのです。単に面白いゲームを作りたいのであれば反映される必要はありません。しかし、別に私はゲーム製作者になりたかったわけではないのです。

世の中には「数学」が関連するゲームがいくつかあります。例えば、数学オリンピック界隈で流行っている「mod13スピード」や「共円」、トポロジーが関係する「Hex」や安田健彦先生の考案した「Euler Getter」がすぐに思い浮かびます。特に、安田先生のEuler Getterはかっこいいなあと昔から思っていて、「自分も数学関連のオリジナルゲームを考案してみたいなあ」という憧れがありました。

今回、そんな憧れを自分が一番好きな数学的対象である「素数」で思いがけず達成することができたのですから、しかしながら素数としての数学的性質を使っていないという状況が絶対的に嫌だったのです。

そんな悩みを吹き飛ばす好ルールをある日思いつきました。それこそが

合成数出し

です。素数は「数の素」です。定義から証明できる事実として、「2以上の全ての整数は素因数分解できる」という定理があります。つまり、2以上の整数は素数から出来ているのです。2以上の整数で素数でないものは素数をいくつか合成(掛け算)することによって得られるため、合成数と呼ばれています。これを基に、「素数大富豪」=「素数しか出せない大富豪」とするのではなく、「素数は無条件で出せる大富豪」とする発想を得ました。そうして、合成数も条件付きで出せるようにするのです。では、その条件とは何か?合成数は素数から出来ているのだから、その素因数をちゃんと持っていることを条件にします。すなわち、

素因数分解に現れる素数が全て手札にある場合、それらを直接捨てることによって合成数を場に出してよい。

これが合成数出しのルールです。例えば、348 = 2^3 × 3 × 29なので、手札に2、2、2、3、2、9、3、4、8の九枚が揃っている場合には2、2、2、3、29を直接捨てることによって348を出すことができるというわけです。このとき、n枚出しのルールに則って、場に例えば223が三枚出しで出ている時に348は今述べた方法で出したりできます。

このルールは「素数の性質をルールに反映したい」という私の欲求に見事に応えてくれます。素数以外の数にもゲーム中に出会えるわけで、より嬉しくなります(素数以外も大好きなので)。素数大富豪は、これを通じて数学(算数)力を高めてもらいたいというような教育目的のゲームでは決してないのですが、そのような観点で遊ぶことも考えられます(約数大富豪は教育目的で作られたゲームだった気がします)。その際、素数を覚えられる以外の教育的観点は一つには割り算の暗算練習にあると思います。というのも、素数か知らない数を出す場合にも出来るだけ割り切れないか確認すべきだからです。しかし、合成数出しを試みる場合は掛け算の暗算練習にもなります。

合成数出しは場に出る枚数以上に手札を消費できるので、頻出はしませんがゲームに緩急が生まれます。何よりも合成数出しが決まると気持ち良く、遊戯王でいうところの生け贄召喚に似たかっこよさがあります(ただ、「生け贄」という言葉は相応しくないということなのか遊戯王ではある時から「リリース」という言葉に変換されたようです)。最初のルールでは邪魔でしかなかった2や5の使い道も増えました。

このようにグロタンカットと合成数出しの二大ルールが付け加わり、とりあえず素数大富豪というゲームは完成しました。

後は、ローカルルールを様々に設定していただくのはプレイヤーの自由です。私自身も幾つかのローカルルール案を初期に提唱していますが、当時の「双子素数縛り」の「縛り」の部分を無しにして、単純に「(同じ枚数出しの)双子素数は大きさの順に同じターンに連続で出してよい」というルールが面白そうだなと思っています。

Ludzieでkタロスに対して合成数出しを決めた図:

画像2

第22回整数論サマースクール

そうして、夏休みに私は肘でガラケーを破壊します。次の日から小豆島で合宿のため、急いで機種変しに行きました。さっさと用事を済ませたかった私は「料金がそこまで高くならないのならばあなたのオススメするスマホで構いません」とテキトーにスマホを購入。このことが素数大富豪に革命的な利点をもたらします。そう、「素数判定アプリ」を簡単に導入できたのです。これがあればもう暗黒通信団の素数表を持ち歩く必要はありませんし、かなりの公平性を保った上で素数判定員がいなくても素数判定できるようになりました!

整数論サマースクールは毎年整数論の研究者が集まって行われる合宿形式の研究集会で、夜はフリーであることが多いです。そこで、夜お酒を飲む部屋に行き、素数大富豪を宣伝することにしました。すると、それなりの人数の数学者が遊んでくれたのです。まずまずの盛り上がりを見せ、このゲームは本当に面白いんだなといよいよ確信を持ちました。

この際に印象に残っているのは、ある先生が3の倍数を何度も出したことです。3の倍数判定は非常に簡単なため数学者がこのようなミスを連発することは意外ではありましたが、あのグロタンディークも3の倍数を素数と言ったのです。こういうお茶目なミスをしたからといって数学の能力が低いわけではありません。むしろ、このような際に笑いが生じるという一面があることも分かりました。

もう一つは同期の石川君が繰り出した素数2468Jです。これはJという奇数一枚で邪魔な偶数を四枚も消費でき、なおかつ覚えやすいという優れもの!石川定石と名付け、歴史的には最古に知られた偶数消費型素数です。その後、自分で発見した246810QAが気に入っています。後に大会で私が出した際の動画

ちなみに、この集会で数学以外で一番思い出に残っているのは、加藤和也先生に「先生!オリジナル素数Tシャツを作りました!」と披露したところ、「最高に狂っている!!」という最上級の褒め言葉を頂いたことです。

関西すうがく徒のつどい&公式ルール

初期に素数大富豪を宣伝した場として記憶に残っているのが第5回関西すうがく徒のつどいです。つどいには「ルール追加型大富豪」という文化があるので素数大富豪をあまり宣伝する気はなかったのですが、懇親会のときに素数大富豪をさせていただくことになりました。

このとき、二、三人ではなく十名近い大人数でプレイしたのが間違いでした。皆んなが長考したりペナルティを受けまくると全然終わらないということが判明したのです。所謂泥沼試合というやつです。

将棋のタイトル戦なんかは何時間もかけて戦い抜くわけですから、素数大富豪もハイレベルな試合は長考してもよいと思っているのですが、大富豪のもつ「人が集まった時に手軽にやるゲーム」としては時間がかかりすぎるのは困ります。

なので、この頃から「一ターンに制限時間を設ける」ことや「初心者は予め偶数を半数程度抜いておく」ことを推奨するようになりました。偶数を抜いてもよいのは山札を作るときと同じ理由です。これで偶数地獄を味わう確率を減らせます。強い人は偶数消費型素数をどんどん覚えるようにします。このようになってくると、素数大富豪で強い素数という概念が生まれますが、それはそれで副産物としてよいと思っています。一番は二枚出し最強素数QK=1213ですね。このゲームに出会ってから1213という素数のことを愛しています。

あと、プレイ数が増えて知っている素数が増えてくると泥仕合も減ってきます。ただ、非初心者の冒険ほどワクワクするものもありません。

つどいの際に「素数大富豪のルールを公表しないの?」と先輩に言われ、6月に書いた記事も既に内容が古くなっていたこともあって、公式ルール(現状のものではない)としてまとめました。

この際、出来る限りルールの完備性を意識して書いており、例えば山札がなくなってしまった場合にペナルティが発生した場合の対処なども書いてあります。

そして、twitterでルールを公表するに至りました。

[加筆] 現状の公式ルールについて

その後、公式ルールには二つの新しいルールが追加されました。

一つ目は菅原響生氏考案のラマヌジャン革命です。ラマヌジャンのタクシー数と呼ばれている1729を場に出すことができると大小関係が逆転する革命状態になるというものです。

二つ目はおのりん氏考案の指数表記出しです。彼の言葉を引用すると

例えば32を場に出す場合、32=2^5なので、3, 2, 2, 5 で出すことができる。88であれば88=2^3*11なので、8, 8, 2, 3, J や 8, 8, 2, 3, 1, 1で場に出せる。

というルールです。これらについては公式ルールに入れるべき優れたルール案だと思いましたので、お二人の許可を取って公式ルールに取り入れました。

また、より抽象的に素数大富豪を厳密な視点で捉えたものが抽象的素数大富豪になります。

昨年には素数大富豪Lv. 0として梟老堂様が製品化されました。また、素数大富豪研究会も開催されました。今年に入って大学の素数大富豪サークルが増えてきたのではないかと実感しています。

これからも素数大富豪をよろしくお願いします!

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