見出し画像

小説 青白い朝


 土曜。目が覚めると、机には実験室にあるような、ガラス製の器具が乱雑に置かれていた。私は昨夜、ウイスキーを「ビュレット」という器具で薄めて飲んでいた。私の最近の楽しみはこれである。

 スマホを手に取り、9:00に設定していたアラームを解除する。そして、何気なくInstagramを開いた。彼からのメッセージが一通。

「今日はいつ来てもいいよ♪」

 中学時代のトゲトゲしい彼の性格からは想像もできないような、女くさい書き方である。

 時刻は7:40、予定よりはだいぶ早起きだが、平日よりも約1時間半の遅起き。とりあえずインスタントコーヒーを入れ、いつものようにパソコンを開いた。珍しくレポート課題も終わらせてあり、テストの対策も十二分にやっつもりである。だから開いたところで特にやることはなかった。人間疲れていると休日が欲しくなるが、いざ休日になるとやることも中々思いつかない。

 「失敗した、彼女の誘いを断るんじゃなかった。」と強く思った。高校1年生の頃、私は地元の最寄駅でいつも見かける中学1年に恋をした。純粋に可愛い、と思ってしまった。ただ、高校生が中学生に告白した、なんてのを誰かに見られたらひとたまりもない。年齢の差からして、叶わぬ恋であった。ただ、私は何故か今彼女と付き合いを持っている。私は大学4年生、相手は大学1年生。別に手を出しても良いだろう。

 「やっぱ映画行こか」なんて今更言う勇気を私はもっていなかった。もう、どうしようもないのだ。次、彼女と遊べるのはいつなのだろうか。いや、彼女の容姿からして、別の男に取られてしまう気もする。不安とも焦りとも悲しみとも言えそうな、えもいわれぬ気持ちの悪い暗雲が、にわかに私の心を覆った。

 頭が痒い。それもそのはず、昨日は酒の調合をして寝てしまったのを思い出した。

 こんなこと考えていてもしょうがない、そう無理やり言い聞かせて風呂場へと向かった。

 風呂から出て、すぐさま着替える。休日はとりあえずパジャマから着替えろ、これが私の父からの教えである。コーヒーをセットし、私のお気に入りの音楽 Nevada Remix をかけながら、目玉焼きを焼く。

 ウインナーを2本と水を少々、そして蓋をした。今日何しようか、とまた考える。いっそのこともう彼の家に行ってしまおうか。あっ、そうしてしまおう。彼にご飯も奢ってもらおう。

DM

 「…折り返し、9時46分発、中央特快 東京行きと なります。次は…」

 いつもと同じ、立川駅の放送ではあるが、今日は高揚感に包まれている。グリーン券も持っている。数ヶ月前から、中央線も二階建てのグリーン車が走るようになった。今日はその、グリーン車というものに乗って彼の住む大宮まで行くのだ。

 点字ブロックの外側を歩くオバサンに向け、警笛を鳴らしながら、オレンジ色の電車が入線。ピカピカのグリーン車が私の前に止まる。そして、なんとびっくり誰も乗ってない。

 「この電車は、中央線、中央特快 東京行きです…」これまたいつもと同じ放送であるが、やはり特別な放送に聞こえる。同じ車両にはちょび髭を生やした可愛いおじさんが1人。

 いつもと違って見える車窓をにやにやしながら見つめていた。一駅、二駅、三駅、と次々に駅を飛ばしていく。わたしは二階建ての電車に乗った時絶対二階に乗るようにしている。眺めがよく明るい、事故っても死ななそう、ホーム上のヒトが目に入らない。

 何分たっただろうか。ぼーっと車窓を眺めるのとSNSを見るの、どちらも同じ感覚でいられるほど、私は「乗り鉄」なのだ。

 しかし邪魔が入った。胸ポケットのスマホがブルっと震えるた。スマホの電源を落としておけばよかった。

 一瞬迷った挙句、スマホを手に取る。

Instagram「新規メッセージ2件」

 意外だったのは、2件であること。少しワクワクしながら、Instagramを開く。彼と例の彼女から一件ずつ。期待した私がバカだった。

 彼の方は「家で焼肉しない?」、と一言。焼肉か。前、研究室の先輩と食べに行った気がする。

 そして、問題はもう一方。「新規メッセージ2件」。せっかく時間があったのに、映画を断ってしまった後悔、彼女に対する申し訳なささ、そして何より、彼女にフラれる恐怖。全てが一気に押し寄せる。朝と同じではないか。

「次は、神田、神田、お出口は…」

 よし、神田に着いた瞬間に開こう。そう決心した。今まで名残惜しいほど短く感じた車窓が、恐ろしく長く感じる。

 「まもなくー神田に到着です…」

 少し生意気な車内放送が流れた。今朝の彼のメールのような、気持ちの悪い放送に励まされ、後押しされた私は電車が止まる前に彼女のメッセージを開いた。


 「ねね、今度ボウリング行こ!」
「あと、私の大学の学祭来てくれる??」

 なんとも、平和なメールであった。安堵して、ニヤニヤしながらスマホを見つめる私はさぞかし気持ちの悪いものであっただろう。

2.了



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?