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小説 青白い朝 1

 冷たい雨の降る1月7日、私は帰りの高尾行きに揺られていた。最寄りの立川まで約40分。私は中学時代に出会った友に影響され、鉄道ファンとなった。写真のために電車を停めてしまうような、どうしようも無い害悪ではない。普通の顔して車窓や音色を楽しむ「ただの乗り鉄」である。

 時間帯の割には人が少ない車内には車輪からのカタカタが響く。この音は電車が急にブレーキかけた時に車輪が削れることで起きる、とどこかで聞いたことがある。

 しかし、昨日事故なんてあっただろうか。乗り鉄にとって電車の事故は大きなニュース。スマホを取り出しXで検索。このXという名前なんとかしてくれ無いだろうか。

 「まもなく立川、立川、お出口は左側です。南武線、多摩モノレールはお乗り換えです。」

 気付くと30分経っていた。どうでも良い情報で溢れ返ったSNSに、せっかくの「鉄道通学」を奪われてしまった。急いで荷物をまとめて、Instagramのメールを開く。歩きスマホも悪い癖である。

 一通のメッセージ。
「今週の土曜日空いてるか?私の家で夜通し宴会でもしないか?」

 友から送られてきていた。今週の土曜は珍しく空いている。私は理系学生であって、いつも実験や講義で忙しいから、たまには1人で過ごしたかった。ちなみに私を鉄道ファンにした友では無い。中学時代の親友である。

 私はあまり気が進まなかった。正直、所属の研究室で先輩と夜通しお喋りすることも多い。そして決まって次の日を眠気で無駄にするのだ。

 ただ、彼から送られてきたメッセージにはどこか違和感を覚えた。どこがおかしいのだろうか。自分でもよく分からない。

 中学時代、彼は単純な男であった。頭はそこそこ良いものの、常識やデリカシーというものが一才存在しなかった。太ぶちのメガネをかけている(メガネを変えてから少しモテるようになった)、数学好きな運動オンチ。自信があるように見せて、1人でよく喋るくせにいざ陽キャに話しかけられればもじもじし出す。どこにでもいそうな、陰キャラであった。そういえば窓も割っていた……

 ふと尿意をもよおし、我に帰る。改札外のトイレは遠すぎる。仕方なく、ホームに戻る。トイレは人でごった返すホームにあるが、ここだけは静けさが広がっている。このトイレにはよく虫が出るから余計に不気味である。

人間観察

 冷蔵庫を開け、昨日珍しく自炊して作った野菜炒めを取り出した。私は昔から冷えたままの料理が意外と好きである。お茶を入れて、ラジオ代わりにテレビをつける。

 机上のスマホが震えた。Instagram「一件の新規メッセージ」。
 彼であろう。返信するのを忘れていた。私は既読スルーというものをしない人間である。

 メッセージを見ると、彼から「嫌か?」と一言送られていた。正直、嫌である。

 ただ、やはり今日の彼は何か違う。「ーか?」という口調、久しぶりに聞いたのだ。先から抱いていた違和感の正体はコレであったのだ。

 中学時代、彼は悩みを相談したい時「ーか?」と送ってきたのを思い出した。高校生になってからは聞かなくなった。
 しかし、大学生になった今、こう送られてきている。何か本当に話したいことがあるのだろうか。

 正直、今週の土曜は人と会いたくない。彼女からの誘いも断るほど私は疲れていた。ただ、直接嫌だと断る勇気もなく、一応理由を聞く。「なんでーな??」
 少し変に聞き返すことで、彼の様子を調べる。返事一つにも色々な工夫を施すことで、メールは面白くなる。これだからメールは面白い。

 するとすぐに既読がついた。そして、

「ごめん、嫌だった?たまには会いたいし、美味しい酒もあるし」「あと話したいこともあるしね」

 一通目だけであったら確実に断っていた。しかし、数秒の間をもって二通目が送られてきた。話したいこと、とは何だろうか。

 そして、「ーか?」口調をやめたのが、一番気になる。中学時代からの付き合いもあり、彼の癖を知っており、余計に気になってしまう。

 「わかった、いつ行けば良い?」と私は送ってしまった。私の悩みもついでに聞かせてやろう。気づくと私も行きたくなっていた。

1。了。








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