または私は如何にして心配するのを止めてシガールを愛するようになったか

シガールが好きなんです。
と、言うとおおむねの人間はああおいしいよね、あのクッキーでしょ。薄く巻いてあるやつね。と言うであろう。
シガールは万人に愛されているのである。疑いようもない。ご進物、お歳暮、お中元に頻出するのが良い証拠で、彼らは高島屋から、伊勢丹から、阪神、阪急百貨店から我々のもとにやってくる。
そんなに有名? とか食べたことないなぁという人は、これからシガールと真剣に向き合う機会があるので幸いである。
そう好きでもない人はそんな奴もいるんだなあと笑ってくれ。
わたしは、シガールが好きだ。

しかし、とわたしは思う。
この「好きなんです」が、あなたの思う五倍、十倍重いとどうやって伝わるだろうか、と。

もともとクッキーに類する菓子が好きで、Twitterのプロフィールの部分を「ワイが浪花のクッキーモンスターや」にしていたことがある。
クッキーに貴賤はない。バターたっぷりのクッキーも、あっさりとした豆乳おからクッキーにもそれぞれの良さがある。しかしシガールは昔から別格と言っていいくらいに好きだった。バターの香気ある甘い香りがあの細長い空間の中に詰まっていて、前歯と唇であれをくしゃっとつぶすときの味わいは何にも代えがたいものだから。それでいて軽やかで、もう一本、一本とつい手が出てしまう蠱惑的な味わい。
だから、みんなが大好きだと思っていたのだ。

おかしいなと思いだしたのは、恥ずかしいのだがつい最近だ。以前、ギャラリーでグループで展示を行っていた時に、ほかの出展者さんがお茶うけにどうぞとシガールを持ってきてくださったのである。
私は前述のとおり、シガールがあればどんどん食べてしまうと思って、手を出さずにいた。
それなのに持ってきた方はどうぞ食べてくださいとおっしゃるのである。わたしは正直に言った。

「あればあっただけ食べてしまうので、わたしが居ないときに召しあがってください」
「そんなに好きなんですか、じゃあどうぞどうぞ」

そこまで言われれば食べる。おしゃべりもそこそこにつるつる食べた。喫食という表現があるがだいたいそんな感じで飲むように、しかし一本ずつ味わいながら食べた。久しぶりなのでおいしかった。

そして気が付くとそこにはシガールの皮が積みあがっていたのである。
「ほんとに好きなんですね」
と言われて気が付いた。完全にやってしまった。

そんなに? である。
そんな速さで? である。

ギャラリーシガール爆速喫食の件の後、わたしは反省した。
みんなでお茶うけに、といただいたものを一人でツルツル呑んでしまったのは、みなさん笑ってくれたとはいえどう考えてもよくない。

反省して、友達にうっかりそれを喋ったのが半年後くらいだった。
ちなみにシガールはその期間食べていない。

そう、わたしは結局自分のお金でシガールを買ったことはないのである。
ほどほどにいい値段の上一瞬で食べきることが目に見えているからだ。
自分のお金で買うのはカバヤ食品のカレームくらいだ。
(あれもあれでおいしい。値段を考えると最高だと思う。近所のドラッグストアで扱わなくなってしまい悲しい)

そうしたら、友達はひとしきり笑って、面白いからシガールをアマゾンウイッシュリストに入れなよ。送ってあげるねと言いだした。
晴天の霹靂だ。そうしてうちにシガールが届いてしまった。
箱で。

皆さんはシガール一箱をまんまと自分のものにしたことはあるだろうか。
あのヨックモックのうつくしいブルーの包装紙をバリバリと引き裂いて、その中のシガールを何本でも食べていい経験をしたことは?

はっきり言おう、天国である。
この世をばわが世とぞ思ふ シガールの欠けたることもなしと思へば なのである。

最高。わたしはその喜びをインターネットに書き、そしてウイッシュリストをそこに貼りつけた。WEBの善意と二匹目のドジョウを狙ったわけである。どうなったか? やってきたわけだ、見知らぬ人間からなぜかドジョウならぬシガールが。
わたしは喜んだ。まだ先のシガールがあるのにである。
シガールがなくなった時にはその悲しみを綴った。もちろんウィッシュリストを添えて……。そうしてさらにシガールはやってきた。一度食べてみたかったシガールの中にアイスが入ったものもやってきた。
バニラとチョコレートとマンゴーのアイスが詰められていて、端にそれぞれの味に合わせたチョコがかかっていて、普通のシガールより二回りほど太いものである。完全に優勝の味がした。
結構なボリュームがあるので、それは毎日ログインボーナスとして一本ずつ食べ、それとはまた別にプレーンのシガールをむさぼり食った。どんどん食べた。
シガールはまたやってきて、なぜか空港に友達の見送りに行ったとき、一緒にいた見送り人員の友人二人がさらに買ってくれ、家のシガール残りカウンターまでやってきて、シガール、シガール、シガールにまみれた夏をわたしは過ごしたのである。ひと夏で食べたシガールは百本を越えた。シガールをどれだけ食べてもいい夏はかなり素晴らしい夏だった。サマーを越えたサマー。サマエスト・シガール。なんの心配もなかった。シガールはそこにあるのだ。幸せだ。シガールのシはしあわせのシだ。もう一本食べてもいい。誰にもあげずに食べていいのである。

そうしてシガールと共に過ごした夏が終わっていった。
皆さんは知っているだろうか、シガールは基本は常温で食べたほうがシガール内の空気が輝くほど甘やかになるのでうまいが冷蔵庫で冷やすとパリシャク感がアップしてそれもそれでおいしいことを。わたしはこの夏でそれを知った。そして今、秋がやってきて、わたしの手元には残り二本になったシガールがある。もう一週間ほど食べていない、減っていくのが、悲しいから。

そろそろ自分の金でシガールを買って向き合うべきかと考えている。それはそうとしてウイッシュリストはこれです。

http://amzn.asia/41Hkrx1


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