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【講演記録】第3回「10日間で作文を上手にする方法」(Part4-9:書き起こされた会話)いぬのせなか座連続講座=言語表現を酷使する(ための)レイアウト

承前

2-2.社会:プライバシー保護と戦争詩の制度
いざとなりゃ誰もが「個人」を捨てられた時代の急所、文体練習

 パーソナルデータ取引は、記録された個人のふるまいのかけらを集めて戦う「動員」のパワーゲームだ。貿易規制にまで舞台を拡げた国際競争であり、産学官の蜜月旅行であり、通信ネットワークのなかでなされる戦略シミュレーションでもある。
「ぼくらのウォーゲーム」はとっくに始まっている。戦況の気分はもう中盤かもしれない。そう見なすと、個人情報の提供に関する本人同意は、召集令状に手書きされた曽祖父たちの氏名と同じ役割を果たすと気づく。情報銀行は、集金と得票と興行のプロモーターとして、無難な社会で安全に機能できるかを試されている。
 いま、言語芸術に何ができるか、と問うのは簡単なこと。でも、注意しないと、87年前に日本が経験したという「いやな感じ」の繰り返しだ。問うべき生死は毎秒ごとに見つかる。詰問も、糾弾も、抗議も、ウェブでつながった「管理できる世間」のフラジャイルな暇つぶし。統治者はそう考えたがるし、そのイメージはある視点で切り取られた事実に正しく裏づけられるだろう。だから、問うべき問いをこんな風に変換したい。
 いつかじぶんでいられなくなることを、あなたはどこまで許せるか。


1.高村光太郎は太平洋戦争の何を崇めたのか

半透明のつま先が通りの雲からふり注ぐ火の手になって、水を含んだ青空にプロペラがこだまする(「帝都初空襲」)。地面の線が細やかに火に縫い取られ、網の目をつくって汚れをきれいに流していくあいだ(「勝このうちにあり」)、小屋のなかで月明かりにぬれた両手を見つめている(「月にぬれた手」)。朝のあいさつや、子守唄が押しつぶされて、絶え間ない土砂降りの音になって、あたりを包む。そのとき燃え落ちていくすべてはいらないもので、神さまがわたしたちの巨大な体を記念して、彼らの手を借りたのだと考えた(「薫風の如く」)。
――鈴木一平「高村光太郎日記」(いぬのせなか座「てつき」, 2018/11/25)

2.個人情報保護委員会によるGDPRガイドライン仮訳

「自由」の要素は、データ主体に真の選択と支配権限があることを意味している。一般的なルールとして、GDPR は、データ主体が真の選択をせず、同意を強制されたと感じる、又は、同意しなければネガティブな結果に直面すると感じるならば、同意は有効ではないと規定している。同意が契約条件の交渉できない部分としてまとめられている場合、それは自由に与えられたものとはみなされない。したがって、同意は、データ主体が不利益を被らずに同意を拒否し又は撤回できない場合には、自由であるとはみなされない。管理者とデータ主体の間の不均衡の概念も、GDPR によって考慮されている。
――第29条作業部会「同意に関するガイドライン」(個人情報保護委員会「(仮日本語訳)同意に関するガイドライン」, 2018)

3.心から日本を愛し信じている庶民

 大声が聞こえてくる。役人の声だ。怒号に近かった。民衆は黙々と、おとなしく忠実に動いていた。焼けた茶碗、ぼろ切れなどを入れたこれまた焼けた洗面器をかかえて。焼けた蒲団を背負い、左右に小さな子供の手を取って……。既に薄暗くなったなかに、命ぜられるままに、動いていた。力なくうごめいている、そんな風にも見えた。
 私の眼にいつか涙がわいていた。いとしさ、愛情で胸がいっぱいだった。私はこうした人々とともに生き、ともに死にたいと思った。否、私も、――私は今は罹災民ではないが、こうした人々のうちのひとりなのだ。怒声を発し得る権力を与えられていない。何の頼るべき権力も、そうして財力も持たない。黙々と我慢している。そして心から日本を愛し信じている庶民の、私もひとりだった。
――高見順「敗戦日記」(初出・凡書房新社「完本・高見順日記 昭和二十一年篇」(1959)、文藝春秋「敗戦日記」(1981), 文藝春秋「〈新装版〉敗戦日記」(1991), 中公文庫(2005))

4.ファイナンスのシステムを悩ませるアイデンティティ詐欺

たぶん考え方がずっと間違ってたんだと思う。これまでみんながやろうとしてきたことは、既存のアイデンティティ証明をデジタル化することだった。つまりパスポートや運転免許証といったものをデジタル化すればいいと思ってたんだ。でも、そこで本当にすべきだったのは、新しいデジタルアイデンティティを構築することで、それを誰もやらずに来たんだよね。間抜けなアイデンティティをデジタル化したところで、それは間抜けなままだ。スマートアイデンティティというものがどういうものなのか、どう実現しうるものなのか、もっとみんな真剣に考えるべきだと思うな。
――デイビッド・バーチ「バーチ先生の特別講義。銀行はいかにして生き残るか?そして、そのとき必要なテクノロジーとは?」(黒鳥社「NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える」, 2018/12/11)


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