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私たちはいつになったら電子書籍を”買う”ことができるのか

ebookjapanが燃えていた件

2019年2月28日にeBookJapanがYahoo!ブックストアと統合された件について、旧eBookJapanの利用者の不平・不満がTwitterに熱量高く溢れていた(婉曲的表現)。

もちろん、サービスの刷新時には必ず発生する「前の方が好きだマン」や、ある種もはやファンと言っても良い「ヤフー絶対許さないマン」も結構いるのだけれど、多くの人が旧eBookJapanの本のコレクション機能と閲覧機能を愛していて、それがスポイルされたことに憤っているように見受けられた。

ちょうど先日、「私たちは本を"消費"しているのだろうか」というnoteを書いたのだけど、そこで挙げたフローとストックの対立軸がそのまま形になって現れたような感がある。利用していなかったから肌感は分からないけれど、旧eBookJapanは明確にストックを志向していたサービスのように思える。僕は新ebookjapanから使い始めてみたのだけれど、フロー消費がメインに推されているのは確かに随所で感じた。例えば続巻を買っても、「すぐ読む」のオプションしかなく、ストックとしてそれをダウンロードするというオプションがその場にはない、とか。

実は私たちは電子書籍を買ってはいない

そもそも現在、ほとんどの電子書籍ストアで書籍を購入したとしても、それは一般的に想定される「購入」とは程遠い。もし本屋に行って、書籍を手に取り、お金を払って出て来たらその書籍はあなたの物だが、電子書籍の場合は違う。あくまで閲覧権が貸与されているだけなのだ。例えばKindleであれば利用規約に

該当のKindleコンテンツを回数の制限なく閲覧、使用、および表示する非独占的な使用権が付与されます。Kindleコンテンツは、コンテンツプロバイダーからお客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません

と明記されている。BookLive!では

会員は、会員によるコンテンツ購入後、「My本棚」に当該コンテンツが保存されてから、My本棚から対応端末へダウンロードする方法又はストリーミングする方法のいずれか、あらかじめ運営者の指定する方法で、当該コンテンツを閲覧することができます

eBookJapanでは

ダウンロードしたコンテンツデータの権利は著作権者が会員に譲渡するものではありません。会員は所持する記憶媒体にデータを保管し所持しますが、コンテンツデータの所有権その他すべての権利およびコンテンツデータに含まれるすべての知的財産権は著作権者に帰属するものとし、会員は本サービスを利用することにより、コンテンツデータを閲覧する権限のみが許諾されるものとします。

となっている。いずれも明瞭、あるいは不明瞭に「所有権の移転は行っていませんよ」と記されている。

正直な気持ちを言えば、こういった電子書籍サイトが「書店」のメタファを利用して営業しつつも閲覧権しか貸与していないのは欺瞞に近いと思う。実態としては貸本屋かマンガ喫茶といった方が適切だ。紙の書籍と同様の対価を支払って、紙の書籍と同様にアセット(資産)として所有したつもりが、実は手元には何も残っていなかったことを、電子書籍サイトにサービスを畳まれて初めて知るという悲劇は少し前に何度か繰り返された。もっと初期の段階でこういったサービスに「書店や本屋と名乗るな」と言えていれば少しは状況に変化があったのかも知れないが、今となってはもう遅い。

電子書籍を買えるサイトもあるけれど

もちろんちゃんとデジタルアセットとして電子書籍を販売しているサイトもあって、例えばエンジニアにとって代表的なところとしては技術評論社だろう。執筆時点で2326冊の自社出版物を、DRMフリーのEPUBやPDFとして購入できる。バックアップも取ることができるし、マイページにアクセスすればいつでも再ダウンロードが可能である。実に素晴らしい。

ただ、この方式の問題点は、購入と閲覧の体験が完全に切り離されていることだ。購入したデータをどう閲覧するかはユーザー任せであり、適切なEPUBやPDFリーダーを検討・調達するところから始めなければならない。ストアに接続されているわけではないので購入履歴も見られないし、漫画の複数巻を自動的にまとめるといった機能も期待できない。再ダウンロードもアプリ内から透過的に行えるわけではない。

つまり私たちは暗黙の内に読書体験に本屋(購入)、本棚(アセット管理)、書見台(閲覧)の3要素を求めており、EPUB/PDFを購入してダウンロードができるだけでは、総合的な読書体験として既存のワンストップの電子書籍サービスに遥かに及ばない。もしDRMフリー(ソーシャルDRM含む)のEPUBがスタンダードになっていれば、様々なアプリが開発されてこの辺りの事情も大きく改善されていたのだろうけど、規模が小さく競争が激しくないためかあまり進化が見られていないのが残念だ。

コンテンツオーナーシップメントとライツロッカー

そもそも現代社会でこれだけデジタルネットワーク上でのアクティビティの比率が高まっているのに、デジタルアセットの管理は全く追いついていないというのが様々なトラブルの根本原因のひとつだ。誰がどんなデジタルデータを所有している、というコンテンツオーナーシップメントの情報はもっと積極的に(かつ当然ながら安全に)運用してくれよ、というのはごく自然に発生する要求だと思う。

そのために著作物の使用権を管理しようというのがライツロッカーと呼ばれる概念だが、残念ながら電子書籍についてはまだサービス横断的に使えるオープンなライツロッカーは存在していない。いや電子書籍に限らず、映像の分野ではUltraViolet(【2012年1月19日】【AVT】“ポストBD”の本命? UltraVioletの理想と現実)や、DSAA(【2012年2月24日】【AVT】Disney Studio All AccessとUltraVioletの違い)といったチャレンジも行われてきたけれど、本当にオープンなライツロッカーというのは知る限り未だに出現していない(それどころか今UltraVioletのサイトを見たら"ULTRAVIOLET WILL CLOSE ON JULY 31, 2019"と書いてあった。何てこったい)。

では理想のライツロッカーとその周りのシステムというのはどんな感じなのかと考えてみると、各方面の「諸般の事情」は置いといて、期待する流れというのはこんな具合じゃないだろうか。まず、所持していない書籍を購入するとしたら:

0) 著者は契約したストアに販売する本のデータを納品しておく
1) ユーザーがストアに本の購入をリクエストする
2) ストアはユーザーのライツロッカーに所有ライセンスの有無を問い合わせる
3) ライツロッカーから「持ってない」というレスポンスをもらう
4) ストアは著者に所有ライセンスの発行を依頼する
5) 著者は本の所有ライセンスを1単位発行し、ストアに移転する
6) ストアがそのライセンスをさらにユーザーに移転する
7) ストアからユーザーへ実際のコンテンツデータが納品される
7') あるいはサービスへのアクセスが許可される

また、もし購入したのとは別のサービスで書籍を利用したくなったとする。例えば旅先で唐突にKoboを衝動買いしてしまったとか。その場合はこんな感じになるはずだ:

1) ユーザーがストアに本の利用をリクエストする
2) ストアはユーザーのライツロッカーに所有ライセンスの有無を問い合わせる
3) ライツロッカーから「持っている」というレスポンスをもらう
4) ストアからユーザーへ実際のコンテンツデータが納品される
4') あるいはサービスへのアクセスが許可される

複雑に見えるが、ライセンスと実際のベネフィットを分離することで、物事はむしろシンプルになる。例えばレンタカーは、運転免許証が有効であればどのレンタカー屋でもクルマを借りることができる。これがもし、レンタカー屋が免許証も発行していて、Hertzの免許証ではAvisでクルマを運転できないとか言われたらどれほど面倒なことか。

それがまさに現在の電子書籍サービスであって、同様の図にすると以下のような具合だ。見ての通り、全てがストアの中にロックインされている。著者すらもはや関係無い。だから別のストアに移そうとしたらプロプライエタリな顧客データのマイグレーションが必要になるし、普通どこのストアも顧客が逃げるための機能を丁寧に実装はしたがらない。ラインナップやサービス内容に変化があったとしても、せいぜい不満を表明するか、これまでの投資を諦めて立ち去ることしかできない(今回のebookjapanの件だ)。もしKindleが快適なのだとしても、それはその井戸が泳いでも泳いでも岸に行き着かないほど広く、わりといつも凪いでいるからというだけであって、いくら海に見えたところで結局井戸の中の蛙でしかないのだ。

実現できるの?

で、この机上の空論は本当に実現できるのかという話だが、技術的には問題無いはずで、上記の図の所有権の移転はブロックチェーンでの署名の連鎖の概念そのままだ。社会的・市場的な制約の方がむしろ大きく、要は「誰がこれをやりたがるのか」「誰が利益を得られるのか」という点を解決しないといつまで経っても実現しないだろう。

まず、ユーザーには明らかに便益がある。次に、既存の大規模ストアにとってはほとんどメリットはない。なぜなら現状のまま囲い込めば囲い込むほど自サービスの競争力は高まるからだ。むしろ可能性が高いのは2番手、3番手あるいはもっと後方で泡沫プレイヤーに甘んじている小規模ストアで、ユーザーの便益をレバレッジに一気にメインプレイヤーに躍り出る、というのは特にサービスの分野ではいくつも例がある。

出版社にとっては・・・微妙かもしれない。ライツロッカーは直接的に市場を広げるものではないからだ。100部しか売れなかった本をすぐに10000部売れるようにしてくれるわけではない。ただ、この仕組みが機能するようになれば、ユーザーは少なくとも「どこで買う=どこのストアにロックインされる」ということを判断する必要がなくなり、より気軽に、目についたストアで買えるようになる。そのため、アフィリエイトの仕組みもより影響力を持つようになるはずだ。おそらくアフィリエイト専門のプラットフォームが出現して、個人がごく小規模の本屋として機能するようになるだろう。今でも「この人が勧めるマンガならノールックで買う」といった友人をSNS上に持つ人もいたりすると思うが、キュレーションの成果に正しく対価が支払われるようになれば素晴らしいことだと思うし、そういう活動が盛んになればタッチポイントが増えて、100部しか売れなかった本が本来の潜在顧客である1000人に届くようになるかもしれない。

この事情は著者にとっても同様で、金銭的な意味で言えば究極的には出版社やストアの中抜き無しで直接読者に販売することも可能だ。もっとも、前述の図のような一連の流れを実際に完遂するためには、ライツロッカーの他にも決済であったりデータをストア・配信するためのストレージやCDNが必要となってくる。創造活動以外のことはしていたくない、という一般的な著者がそこまで手を伸ばすとはあまり思えず、自前でやるとしたら赤松健さんや佐藤秀峰さんくらいだろう。そうなると、そういったレイヤを担う出版社の役割はむしろもっと重要になっていくかもしれない。でも、Gumroadとライツロッカーを組み合わせたらもしかして以外と簡単に著者→読者ダイレクトが実装できてしまうのかも。

タイトルで言いたかったこと

マテリアルと不可分である紙の書籍と異なり、コピーがいくらでも可能なデジタルアセットにおいて、本当の意味での購入とはそれを所有する権利の購入であり、それを第三者に提示・移転できるようになって初めてデジタルアセットの市場が本当に花開くのだろうと思う。電子書籍に限らず、例えばもっと瑣末なところで言えばゲーム内のアイテムなどもそうだ。もしライツロッカーに管理されていれば、「SAOから移籍しませんか!SAO内のアイテムは、同等価値の装備に交換しますよ〜」といったトランシジョンが可能になる。

もっともそうなると証券化や債権化とも表裏一体で、金融まで含んだ領域に入っていくことになってしまいかねないのだが、現在のような有象無象のサービスロックインの集合体がデジタルライフの未来だとはやはり思いたくない。僕が買った本は僕のものだし、彼が100万円突っ込んだSSRのキャラもやはり彼のものであるべきなのだ。

【追記】3/6/2019

色々ご意見や質問を頂いてるので、それらを受けていくつかフィードバックを。

そもそもデジタルデータは所有するのに向いていないのでは。諦めてフローだけで消費しとけ

まず、私的所有権を得られない以上、現在の電子書籍ストアのサービスは本質的にすべてフローでしかない。皆、サービスが永続するという曖昧な期待を担保にストック的に利用しているだけであり、またサービス側も暗黙にそのように売り込んでおり、そしてもちろん永続性は担保などされていないから季節の変わり目で阿鼻叫喚がしばしば捲き起こる。

それはつまりデジタルデータが所有に向いてないということじゃないかという指摘なわけだが、ある意味でそれは正しい。自分の意思で自由に使用・移転・破棄出来て初めて私有財産と言えるけど、DRMフリーのデジタルデータは確かにこれを満たす一方で、マテリアルと異なって移転処理が本質的に複製であるために、著作者の複製権と根本的なレベルでコンフリクトする。つまり「所有に向いていない」のではなく、「著作権を侵害しないように所有するのに向いていない」のだ。

それでも私有財産の要件を満たす以上、それをストックしたいと考えるのはごく自然であり、このコンフリクトをどうにかして解消できないだろうか、諦めないでいろいろ考えようぜ21世紀なんだしさ、というのがこの記事で言いたかったことである。


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