曽水に生きて 成瀬正成編 上

2 城務め

用意した生活必需品を持って正一と小吉の2人は、浜松城に向かった。大手門の前には約束通り大久保忠隣が待ち構えていた。忠隣が正一と小吉親子の姿を見た途端、正一に一礼をして「成瀬殿、お待ちしておりました」と言った。そして小吉には「こちらに参れ。詰所に案内する」と言った。その言葉を聞いて、小吉は正一に向かって「では、父上行ってまいります」と挨拶をして、城の奥へ消えていった。その姿に正一は今生の別れでもないのに、息子を手放す寂しさを感じ、言葉を失っていた。
そのあと正一は甲州に戻るため、家康公のところに顔をだした。上段の間に顔を出した家康公は大そう機嫌がよく、正一に「吉右衛門、大儀大義」と言って、労をねぎらった。正一は改めて「何といっても倅の小吉はまだ幼く、殿に迷惑をかけるのではないかと、心配しております」というと、家康公はうなずきながら、近くにいた小姓に「小吉はもう詰所に入ったか」と尋ねた。その小姓たちにはわからず、そのように答えると、家康公は「そうか。そうか」とまた楽しげに腕組みをした。余りの正一の心配げな顔を察してか、急に家康公は真面目な顔になられ、「吉右衛門、小吉のことはわしに安心して任せておけ。そなたの代わりにしっかりと教育する故」と言われた。その言葉を聞いた正一は、安堵したのか表情を穏やかにして、家康公に「ありがとうございます」と言い、甲州に戻る旨を告げ、その場を後にした。
正一は先ほど小吉と別れた大手門を出たところで振り返り、改修中の浜松城の天守を見上げながら「小吉、頑張れよ」と心の中でつぶやいた。

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