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母親を支える。社会を支える。 ~ 子育てがわからなかった助産師が向き合った「地域と母親」 ~ さつき助産院 YUMEMURA 代表 西村 さつき 氏 (November 2023 Vol.009)

インタビューコンセプト

今回は「母親支援」のお話です。母親はどういう悩みを抱えているのか。どうやったらその悩みを地域や社会で支えられるのか。なぜ母親を支えることが大事なのかを伺いました。

インタビュイー紹介

西村 さつき ⽒
産後のケア(母乳や骨盤のケアなど)を提供する助産院を開院。「学・休・集・結」をテーマに親になることを応援するYUMEMURA を設立。仲間と共に生まれた直後から一生涯の子育てを応援している。
私生活では3人の子どもと夫の5人暮らし!

子育てがわからない助産師と、4か月で自死した母親

遠藤: 僕自身が子育てに悩む親として、今日は色々聞かせてください。最初に、西村さんが助産院、そして「子育て応援団YUMEMURA」を開設されるまでのお話を伺えますか。
 
西村: 私が一人目を出産した時まで話が遡りますが、当時は30歳で、大津市民病院に勤務していました。助産師の仕事が好きだったから、同僚にもすぐ仕事復帰すると言っていましたね。でも生まれたわが子と向き合うようになって、「子育て」というものが全くわからないことに気づきました。「わが子」とどう関われば良いのかすごく悩んだのですが、助産師のプライドが邪魔して他人に悩みを話せず、初めて経験する子育てで私は徐々に鬱っぽくなっていきました。そんな時とある保健師さんに出会い、はじめて「私」のことを気にかけてもらいました。今までは子どものことばかりが話の中心だったのですが、そこでは「あなたは大丈夫?」と聞いてくれました。そのとき、母親には母親自身を気にかけてもらえる場所が必要だと思ったんです。その経験から、いつかは開業して母親支援をしようと決意し、仕事に復帰しました。そこから10年間市民病院で働き続けた40歳の時です。お産は順調そのもので、ちょっと心配性かなと感じるごく「普通」の妊婦さんが、産後4か月で自死されました。旦那さんのサポートもあったし、一か月健診は実母と来てくれましたし、誰もがこんなことになるとは思っていませんでした。でも私は、初めての出産・子育てを経験する母親が鬱になりやすいことを身をもって知っていました。知っていたのに何もできなかった自分に歯がゆさを感じて市民病院を退職し、産後ケアを中心としたお産を扱わない助産院を地域で開設して母親支援を始めました。ただ助産院では母乳ケアがメインのため、授乳期間が終了すると母親とのつながりが無くなります。そこで、つながり続けられる居場所をつくるために地域でモデルハウスを借りて「子育て応援団YUMEMURA」をスタートさせました。

母親を支援する4つのアプローチ

遠藤: YUMEMURAではどういうことをされているんですか。
 
西村: YUMEMURAには4つのテーマがあります。「学ぶ・集う・結ぶ・休む」です。実は多くの母親にとって、「子育て」は誰からもきちんと教えてもらっていないという課題があります。そこで、「学ぶ」というスタンスで子育てに向き合い、子育てを楽しんでもらうことを目指して講座を行っています。主に学んでもらっていることは子どもの発達に関することです。例えば0歳の子どもはティッシュをたくさん引っ張り出したり、タンスの中の物を散らかしたりしますよね。大人 にとっては困った行動ですが、あの「取って出す」という行為は、彼らにとって成長なんです。そう思うと、「順調な成長をしてるんだな」と思えますよね(笑)。2歳ごろに「イヤイヤ」言い出すのは自我が芽生えてきた証です。この「成長の証」という認識がなければ、子どもの行動は親にとっては困ったものになってしまいます。一見困った行動でも、成長のためのプロセスだということを知っていれば渋い顔をしながらでも見守っていられます(笑)。だから学ぼう、知ろう、ということですね。次に「集う」ですが、子どもと一緒に参加できるランチ会やカフェを行っています。母親って育児中は外食もできないし、パンとかおにぎりを抱っこしながら流し込んでいる方もいるわけです。そんな状況はやっぱり体に良くないので、YUMEMURAで管理栄養士がつくった体に良いご飯を食べ、その間に子どもはスタッフが見守るという会をしています。カフェでは、夫以外の大人としゃべることがない子育て期間だからこそ、何気ない大人との会話を楽しんでもらっています。実はその管理栄養士もかつてはYUMEMURAを利用していました。その後母親たちを「食」で支えたいという思いから起業して、お弁当屋さんを始めたんです。「結ぶ」では母親が中心となってフリーマーケットを開催しています。家庭で使わなくなった服などを別の家庭でもう一度使ってもらって、そのやりとりのなかで母親同士のつながりをつくり、人と人を結んでいます。YUMEMURAが母親とまちを結ぶ拠点になれたらという思いを持って取り組んでいます。最後に「休む」では、数時間赤ちゃんのお預かりをしており、その間母親たちには自由に過ごしてもらいます。育児を休むことで、再び子どもと向き合う気力を養ってもらっています。
 
遠藤: 様々な角度から取り組まれているんですね。今思えば、発達の基本 を知らずに子育てするのって、ルールを知らずにスポーツしてるのと同じですね。
 
西村: 子どもの難しさは、常に発達し、成長することにあります。赤ちゃんの生長は著しく、8か月の赤ちゃんと9か月の赤ちゃんはまるで別物です!親はその都度子どもの発達を知ることが大切ですね。
 
遠藤: 僕自身も親として、どこまで学べば良いのか不安になってきました……
 
西村: 「この子は私とは別人格なんだ」と思えた時がひとつポイントになると思います。私は性教育が趣味で包括的性教育を学んでおり、そこでは「境界(バウンダリー)」と「同意」という概念をよく取り上げ、親であっても子どものプライベートに許可なく侵入しないことを学びます。私も子どもと関わるなかで、「私はこの 子を思い通りにしたいからこんなに苦しんでいるんだな」と感じたことがありました。子どもの境界線を意識し、子どもの成長をリスペクトできた時、子どもを尊重できるのだと思っています。
 
遠藤: 我が身を振り返っても、自分の思い通りにしたいがゆえの関わりをしているときはありますね……
 
西村: ありますよ、それは。でもそれも親になる一つの大事なプロセスだと思っています。それに気づけたことはすごく財産になったし、子どものためにともがいたこともそう。それも全部愛だと思うんですよ。親は子どもを愛しているがゆえに、自分の思う通りになってほしいと願うものです。でもそれをやり続けていたら、子どもの思いを無視した毒親になってしまいます。親がどこで気づき、線を引けるようになるかですね。でも小学校高学年くらいになったら思春期の反抗期で子どもから線を引いていきますけどね(笑)

母親の不安に寄り添い、どんな時でも支える

遠藤: 子育てをどこで学ぶか。どこでつながりをつくるか。ご飯をどうするか。そういう困りごとを抱えている家庭はいっぱいあると思います。現在の活動をされる契機となった、自死された母親の孤独感、不安感をもう少し詳しく伺えますか。
 
西村: 私が最後に関わったのは1か月健診のときでした。想像しかできませんが、「母親としての不安」が原因だったんじゃないかと思います。「こんな私が母親になっていいのかな」という不安です。私も自分が子育てをしている時は「こんな私が母親でごめんね」と思っていました。
 
遠藤: 多くの母親がそう思ってしまうのでしょうか。
 
西村: 「母親とはこうあるべき」を持ってしまっていたと思うんです。後から聞いたのですが、自死した母親も勤勉で真面目なタイプだったそうです。
 
遠藤: 「こうあるべき」が強いと、自分で勝手に「足りていない」と思いこんで、自信がなくなってしまいますよね。「自信がある」、「自分は大丈夫と思える」のはどういう状態なんでしょうか。
 
西村: 子育てが楽しいと思えている状態ではないでしょうか。子どもの成長を楽しめているときは大丈夫だと思いますよ。「自信」とはちょっと違うかもしれませんが、理想を追っているのではなく、今を見つめ満足できている証が「楽しい」だと思うのです。別の観点で 、母親の心の健康を保 つためにも大事にしているのは「食」です。産後鬱の原因は貧血と言われています。分娩後は医療が介入し、お産直後に貧血と分かれば治療ができますが、問題はその後です。母親たちに日常何を食べているのかを聞くと、パンとかお菓子なわけです。十分な栄養が取れていないうえに、母乳でどんどん赤ちゃんに栄養を与えていきます。しかし4か月健診の時に採血して母親の健康状態を確かめるわけではありません。貧血で鬱っぽくなっていると、普段ならば母親失格だなんて思わない些細なことでも、そういう風に感じてしまいます。それがちょうど産後4か月頃なんです。食だけでなく、内面に課題を抱えている母親も少なくありません。その場合、まずはしっかりと母親に愛を注いであげる必要があるんです。母親が満たされていないと子どもに愛を注げないですから。子どもを健全に育てるには、まず母親から。そういう思いからYUMEMURAは活動しています。
 
遠藤: 不安、鬱っぽさ、内面の課題。そういったことが一時にのしかかりかねないんですね。
 
西村: そうです。そして、そういった負担に耐え切れず子どもに手をあげてしまう母親もいます。でも、子どもはたとえ虐待されていようが、母親が大好きです。そういう子どもを見てきた元乳児院の保育士と、不登校や拒食症になっている子を見てきた教師がYUMEMURAで働いています。スタッフみんなに共通するワードが「母親」なんです。かつて母親は地域に支えられており、地域の人が子どもを見てくれていました。今はそれがなく、一人でがんばらざるを得ないがゆえに不幸が起こっています。その観点から言うと母親を責めることはできません。だから私たちは「どんな時」でも母親を責めません。それが私たちの合言葉です。

必要な時にゆるく結ばれるコミュニティをつくりだす

遠藤: 西村さんは少子化対策の本質は孤立だと言われていましたが、詳しく伺えますか。
 
西村: 人間が子孫を残せたのは集団育児ができたからと言いますが、本当にそう思います。他者に少し面倒を見てもらえるようなコミュニティがあったから4人5人と子どもが持てました。「集団の子育て」ができなくなったことが、今一番の少子化の原因だと私は思っています。だからと言って、昔ながらのコミュニティを今もう一度やっても社会には受け入れられません。
 
遠藤: その点が気になっていました。今求められているコミュニティや社会とはどういう形なので しょうか。西村さん自身、どういう社会・コミュニティをイメージされていますか。
 
西村: 母親支援をきっかけに「このまちに住みたい、このまちで子育てしたい!」という地域をここに作りたいです。子育てを通して改めて「集う」事や「結ぶ」ことの重要性を感じています。まずは母親と専門職である私たちが地域で結ばれることで、育児の不安を軽減します。次に母親同士が集い話すことで子育てに必要なコミュニケーション力を養います。そして地域社会と母親を結ぶことで、一人ひとりの母親にも役割を見出し、社会の一員であるという感情を持てるようにしたいです。それが母親にとって「社会における自分」としての自信を得ることにつながり、「孤独な育児」からの脱却につながると思っています。介護が社会問題として取り上げられ介護保険ができたように、「子育てを社会化する」ことが大切だと思っています。しかし、お金のみで解決する問題ではなく、人が育つためには、土台である家族や地域が重要な役割を占めます。そのために親となった方のために「学び」を提供する活動を継続し、地域においては「必要な時にゆるく結ばれるコミュニティ」をつくっていくことが、YUMEMURAが社会で果たす役割だと思っています。私たちは、たまたま子どもに選んでもらって親になっています。子どもは社会の宝です。親として選ばれた人も、子どもを授かっていない人も、気負わず背負わず、「いずれ子どもは社会に返すもの」という認識を持ってはいかがでしょうか。「みんなで育てる」という空気をつくるために、YUMEMURAはもっと年配の方にも利用してほしいですね。私の活動の原点は0歳児を育てる母親です。これからもそれは基本軸にしながら、そんな母親たちを助けたいと思っている人たちにとっての居場所もつくり、「あ、YUMEMURAって私にも必要だ」と思ってくださる方が増えてくれたら嬉しいです。

YUMEMURAの中。やさしく落ち着いた雰囲気です。

編集者あとがき

親として、発達について学ぶことがとても重要だということを今回のお話でようやく気付きました。また、母親を支えることの大切さも。ご家庭にもよるのでしょうが、子どもを育てるのは本当に大変です(我が家もめちゃくちゃ大変です笑)。子育てに悩み、疲弊する家庭にとってYUM EMURAの存在は大きいはずです。こういった取組が社会イン フラとしてどこにでもあってほしいと強く感じました。母親が少し助けてほしいと思った時に助けてもらえること。支える方も支えられる方も、それを「支援」とはあまり意識しないこと。そして、かつて支えられた人が次は支える側になること。そんなすてきなつながりと循環のきざしを感じました。今回もお読みくださり、ありがとうございました。

私信のようなもの

みなさんは「4歳の壁」という言葉はご存知でしょうか。脳が成長する過程で、「過去と未来」や「自分と他者の違い」がわかるようになり、それに混乱して不安定になるそうです。我が家の長男も絶賛その壁にぶち当たっているようです。でも僕が「4歳の壁」という言葉を知るまで、彼にとって不当な注意を繰り返していたかもしれません。その点まさに西村さんの言われるとおり、発達のプロセスを知ることで、渋い顔で耐えられることが(比較的)できるようになりました笑。

編集者紹介

滋賀県職員。予算経理に6年間従事し、その後児童養護施設を担当。多い時は年200冊読む本の虫。好きな作家は中村文則。

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