大学発ベンチャーの特許戦略

 今回は、スタートアップの中でも、大学発ベンチャーにフォーカスして、そもそも大学発ベンチャーとは、という点を確認し(1項)、特許戦略を構築する上での大学発ベンチャーの特徴と留意点(2項)を検討してみようと思います。

1.大学発ベンチャー及びその関係者

そもそも、大学発ベンチャーとは、経産省の定義によれば、以下のいずれかにあてはまるものとなります 。

○研究成果ベンチャー:大学で達成された研究成果に基づく特許や新たな技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立されたベンチャー

○共同研究ベンチャー:創業者の持つ技術やノウハウを事業化するために、設立5年以内に大学と共同研究等を行ったベンチャー

○技術移転ベンチャー:既存事業を維持・発展させるため、設立5年以内に大学から技術移転等を受けたベンチャー

○学生ベンチャー:大学と深い関連のある学生ベンチャー

○関連ベンチャー:大学からの出資がある等、その他大学と深い関連のあるベンチャー

 また、大学発ベンチャーを語る上では避けては通れないのがTLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)です。
TLOとは、大学の研究者の研究成果を特許化し、それを企業へ技術移転する法人であり、産と学の「仲介役」の役割を果たす組織です。TLOは、大学発の新規産業を生み出し、それにより得られた収益の一部を研究者に戻すことにより研究資金を生み出し、大学の研究の更なる活性化をもたらすという「知的創造サイクル」の原動力として産学連携の中核をなす役割を担っています。

2.大学発ベンチャーの特徴及び課題
(1)研究の方向性

 大学発ベンチャーの大きな特徴の1つとして、大学において研究活動を行う大学教授等による高い技術力が挙げられます。そのため、大学発ベンチャーの場合、特許戦略の重要性が相対的に高くなってきますが、大学の技術は、あくまで主として学術的な価値の追求のために行われるものであって、必ずしも大学発ベンチャーが目指す「プロダクト/サービスのユーザーの課題に対する解決策」と直結しているとは限りません。大学発ベンチャーとしては、「できること」をプロダクト/サービスにするのではなく、「ユーザーの求めるもの」をプロダクト/サービスにする必要があるため、この点に留意した上で、事業を成功させるために必要な特許戦略を構築していく必要があります。

(2)技術者が「研究者」であること

 大学発ベンチャーとして留意すべき点の1つは、対象技術を発明した者が研究者であることです。このことによる特徴はいくつか挙げられます。

 まず、対象技術の発明者は研究者であり、大学から退職して起業しているケースでなければ、あくまで本業は研究活動や教育活動です。そのため、発明者が事業のために割ける時間はどうしても少なくならざるを得ません。しかしながら、対象技術をベースに、「プロダクト/サービスのユーザーの課題に対する解決策」として役立つ特許権を作りこんでいく上では、発明者が有する知見やノウハウが重要になってくるため、発明者にも主体的に「事業」に関わってもらう必要があります。
 したがって、発明者を事業に主体的に関わってもらうべく、ストックオプション制度や職務発明規程で発明者にインセンティブを与えられるように工夫すべきといえます。なお、実際にストックオプション制度を導入する際には、経済産業省「大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き」等が参考になります。もっとも、そもそも大学教員の兼業や大学発ベンチャーの株式保有に制限が課されている場合もあるため、大学発ベンチャーとしては、大学教員の兼業や大学発ベンチャーの株式保有制限等に問題がないか確認する必要があるといえます。

 また、以上の点にも関係しますが、発明者が研究者である以上、発明者にとっては、「研究成果の発表>事業に役立つ特許の作りこみ」となってしまう場合が多いです。すなわち、弁理士・弁護士との知財戦略の構築のためのミーティングに時間をあまり割くことができず、研究成果の発表期限前に、研究論文の下書き等を用いて特許出願をすませてしまう、といった場合も少なくありません。
したがって、この点を踏まえ、スケジューリングや関係者との打合せを行い、「プロダクト/サービスのユーザーの課題に対する解決策」として役立つ特許権の作りこみを意識する必要があり、また、既存の特許権のライセンスを大学から受ける場合は、特許が事業に適した内容になっているか否かを特に留意しながら特許の内容を精査すべきといえます。なお、最善を尽くしてもなお研究発表のために満足のいく明細書を作りこめなかった場合や出願が間に合わなかった場合には、国内優先権(特許法41条)や新規性喪失の例外(特許法30条)の活用により可能な限りフォローすることも考えられます。

(3)長期の研究開発期間と多額の研究開発費

 特にバイオ系の大学発ベンチャーは、研究開発が長期にわたり、研究開発費用も多額にわたる場合が多いです。特に、創薬系は、以下のように製造販売まで極めて長いプロセスを経るため、より一層このことがあてはまります。

基礎研究等→前臨床→臨床研究・治験→申請→承認審査→承認→保険適用→製造販売

 そのため、特許の国内優先権の期限である1年間よりも後にプロダクトが改良される場合も少なくなく、分割出願を活用した戦略の重要性が他分野よりも相対的に高い分野といえます。

 また、このように、最終的なプロダクトをローンチするまでの間、長期にわたり多額の資金を調達しなければならないものの、基礎研究の成果が技術的に事業化に耐え得るか不透明なフェーズにおいては、VCから多額の資金調達を行うことは容易ではありません。バイオ系の大学発ベンチャーに限らずとも、一般に、大学の技術は、基礎的であり製品化までの道のりは遠いことが多いため、契約時の一時金であるアップフロントロイヤリティは、それほど高価にならず、活動当初は赤字が膨らむ構造となります。
 この点、欧米では、ギャップファンドが組成され、このフェーズの資金調達面をサポートする体制を整えています。例えば、欧州ではNatural Motion社がOxford大学のギャップファンドより2万5,000ポンド(約430万円)のシード投資を受けた例があり、米国でも各大学がギャップファンド制度を設けています。これに対して、日本ではギャップファンド制度を設けている例は全体の2%ほどしかありません。そのため、ギャップファンドによらずに資金調達を行う術を考える必要があります。
 そのため、特にバイオ系の大学発ベンチャーの場合、森田先生もご指摘なさるように(森田裕「バイオ分野のスタートアップのための新しい特許戦略」パテント2019 Vol. 72 No. 1 )、最終的なプロダクトをローンチするまで、段階的な戦略を構築する必要があります。すなわち、プロダクトの製造販売に認証・認可等が不要なプロダクトをまずローンチし、マネタイズを図り、最終的なプロダクトの開発資金とする等の手法を考える必要があります。

(4)大学との契約
(a)成果物に関する権利の帰属

 現状の産学連携における共同研究契約の多くは、共同研究の成果に関する権利の帰属を原則共有とする規定を使用しています。しかし、大学発ベンチャーにとって、成果物に関する権利が共有となってしまうことは、非常に都合が悪いものといえます。すなわち、例えば特許権を共有にする場合、当該特許発明の実施は、契約で特段の制限をかけなければ各共有者が自由に実施できる(特許法73条2項)ものの、当該特許ライセンスは共有者の許諾がなければ原則としてなし得ない(特許法73条3項)からです。そのため、当該第三者に共有特許をライセンスする必要が出てきた場合、大学からライセンスの許可を採らなければならず、学内の決裁に時間を要することで事業のスピードが低下したり、そもそも大学からライセンスの許可が下りず、計画が頓挫するといったリスクを抱えることになります。また、共有特許に係る共有持分の譲渡についても、共有者の同意が必要になるところ(特許法73条1項)、例えばM&AによるEXITを目指す場合、M&Aのスキームによっては、当該特許権を個別にBuyer側の企業に譲渡する必要が出てくる場合がありますが、この場合に大学に譲渡を拒否されてしまうとM&AによるEXITにおいて大きな支障になりかねません。
 したがって、スタートアップとしては、文部科学省の「さくらツール」 において公開されている、産学連携共同研究の研究成果の帰属を複数のパターンで明確に規定した種々の契約書のひな型のうち、企業側に成果物の権利が単独で帰属する類型のひな型(類型4~6)を積極的に活用する等して、自社への成果物の単独帰属を主張することが考えられます(もちろん、自社単独帰属にする場合には、大学に自己実施及び第三者への再実施許諾をする権利等を与える等、大学にとって不都合がないように配慮する必要はあります)。
 

 また、大学から特許ライセンスを受ける場合、大学が当該特許発明を創出する際に外部企業と共同研究契約を締結し、ライセンス条件等に制限が付されている場合があるので、事前に確認し、その対応策を検討する必要があります。

(b)成果物に関する利用・公表権

 大学においては研究活動等の成果物を利用・公表する必要があるのであって、成果物に関する権利を大学発ベンチャーに単独帰属させた場合においても、この点の利用権や成果物の公表権を大学に認める必要があるものといえます。
 もっとも、無制限に第三者にオープンにされてしまうと、大学発ベンチャーが事業を行うにあたって、参入障壁等を適切に設けることができなくなるおそれがあるため、成果物を利用・公表する際には、秘密保持義務等を課す等の措置をとる必要があるものといえます。

(c)ライセンスフィー

 大学から特許ライセンスを受ける場合について、大学は対象技術の研究開発はもちろん、その特許権の取得維持にも一定の費用を支払っているため、大学発ベンチャーに対しても一定の金額のライセンスフィーの支払を求めることがあります。
 しかし、大学発ベンチャーが、プロダクト/サービスのリリース前に大学からライセンスを受ける場合、その時点で資金に余裕がある場合はほとんどないものと思われます。そこで、大学発ベンチャーとしては、料率やイニシャルフィーを下げる交渉をすることや、ライセンスフィーについて、現金ではなく、代わりに株式又はストックオプションによってライセンス料を支払うことを提案したいところです。ライセンス料を株式又はストックオプションで支払うということは、大学にとって自社の成功を「自分事」にさせ、その後も継続的なサポートを受ける契機にもなりうるため、大学発ベンチャーとして積極的に検討したい選択肢の1つになるものと考えられます。

3.小括

 以上、大学発ベンチャーの特徴や留意点を挙げてきました。大学発ベンチャーの特許戦略について、スタートアップの知財戦略においては、ペプチドリーム、ユーグレナ、Spiber等の著名企業が取り組んできた特許戦略の分析等も紹介していますので、もしよろしければご笑覧いただけますと幸いです。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」

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