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咲-saki-、ワールドトリガー、仮面ライダー響鬼の近似性 〜セリフ1つで広がる世界観〜

一昨年は西東京の宮永照 去年は鹿児島の神代 そして天江衣

咲-saki-2巻 第7局より

黒江が11秒 木虎が9秒 緑川なんか4秒ですよ?

ワールドトリガー4巻 第33話より


自分が好きな漫画作品から、大好きなセリフを抜粋した。

1つ目は、「咲-saki-」第7局より、藤田靖子プロのセリフ。藤田プロが牌に愛された子を挙げるシーンだ。

2つ目は、「ワールドトリガー」第33話より、堤大地のセリフ。入隊時テストで好成績を収めた者を引き合いに出すシーン。

今回はこの2作品+後述する特撮番組「仮面ライダー響鬼」の類似点と、これらのセリフの良さを語る。


セリフの持つ意味

さて、冒頭で挙げた2つのセリフには共通点がある。
それは、セリフの時点で作中未登場のキャラクターの名前が含まれていること。
読者の知らない情報でキャラクターが会話しているのだ。
そして名前を出すだけ出して、そのキャラクターについての詳しい説明は一切しない。

未登場のキャラがセリフに登場すること自体は、他の漫画でもたびたびあることだろう。「こんな凄い人がいるんだよ」と紹介して、直後にそのキャラを登場させるという新キャラに箔をつけるためのものだ。
上記のセリフで言うと、咲-saki-では8話後に天江衣が、ワールドトリガーでは緑川駿が6話後に本格登場する。
だが、これらのセリフは直後に登場する新キャラに箔をつけるためだけのものではない
なぜなら、箔をつけるだけなら咲-saki-の「神代」やワートリの「黒江」は必要ないからだ。

これらのセリフの本質は、「神代」や「黒江」にある。
未登場キャラの名前を出すことで世界観を広げることにあるのだ。


これらのセリフの良さ

「この漫画は作者が作ったものではないのでは?作品の世界は本当にあり、作者はその世界を覗き見ることができる。作者は覗いた世界の一部を切り取ってこちらに教えてくれているのでは?」
未登場キャラの名前が出された時、そんな考えが浮かぶ。そう考えてしまうほど、これらのセリフには盤石な世界観を構築し、リアリティを演出する効果がある。

そしてバランス感覚も絶妙だ。知らないキャラの中に登場済みの木虎や照を混ぜ込むことで、読者を完全に置いてけぼりにはしない。
葦原先生も小林先生も、このようにセリフ1つで世界観を広げることが上手い漫画家なのだ。
自分は咲-saki-を先に、ワートリを後に読んでいる。ワートリの読み味は咲-saki-に限りなく近かった。「黒江が11秒〜」のセリフは、まさに咲-saki-の味だ。だから、世界観にのめり込んで読むことができた。


他のセリフ例

似たセリフとして、
咲-saki-には
「ニーマンやブルーメンタール姉妹」
「沖縄の銘苅」
「ハロゲイトのアリス」などが、

ワールドトリガーには
「今候補に挙がってるのは8人 加古さん 佐伯 生駒っち 片桐 雪丸 弓場ちゃん 鋼 そんでおまえだ」
「トロポイの自律トリオン兵」
「太刀川さんや風間さんやカゲに勝ち越してから言え」などがある。


咲-saki-の「沖縄の銘苅」もまた良い。これは、

巴「沖縄の銘苅はご存知ですか?」
初美「知りませんー」
霞「ほらあの子 ニライカナイの……
初美「あぁ」

咲-saki-10巻第84局より

という流れで名前が出る。
もちろん、この時点で未登場(なんなら現時点でも未登場)
銘苅の見た目も、ましてや能力であろうニライカナイなんて読者にはなんのことか全く分からないのに、作中キャラ同士ではこの会話が成り立つ。「ニライカナイ」だけで通じてしまう。作中世界では有名なのだろう。
こういったセリフは、基本的に読者を置いてけぼりにしようとする。だが10巻も読む頃には咲-saki-のそんな性質の虜になっているはず。
未登場キャラのいる世界に浸れる、良いセリフなのだ。

ワートリの「今候補に挙がってるのは8人 加古さん 佐伯 生駒っち 片桐 雪丸 弓場ちゃん 鋼 そんでおまえだ」は、一気にたくさんの名前が出てくる。
まだ見ぬ敵(かつ仲間)はたくさんいて、彼らの強さは漏れなく隊員たちに知れ渡っていると分かる。とてもワクワクしませんか?


作者のこだわり

他にも共通点として挙げられることといえば、作者の小林立先生も葦原大介先生も、こだわりが強過ぎることだろう。
例えば、咲-saki-の小林先生。

登場人物は家族構成と両親の職業や若い頃に何をしていたかとか
帰宅してから就寝するまで何をしてるかは大体決まってます。今宮女子くらいだとちょっとあやしくなりますが大体は。

小林立先生ブログ dreamscape
14.05.21より


と、咲-saki-のキャラクター設定はガチガチだ。スピンオフ作品の「阿知賀編」や「シノハユ」も本編と並行して自分でネームを書いている。

ワートリの葦原先生も、公式キャラクターブックのBBFでキャラクターの家族構成のみならずトリガー装備構成を、なんと未登場キャラの分まで用意している。
これらのことから、自分のキャラクターに愛着を持ち、設定にもこだわっていることがよく分かる。

ワートリはQ&Aコーナーからもこだわりのようなものを感じる。
葦原先生は回答で時々「〜だと思います」「〜のようです」という言い回しをする。まるで、自分が作った設定でないような言い方だ。これは意図的なものだろう。この言い回しのおかげで作品世界のリアリティは高まるのだ。

仮面ライダー響鬼と髙寺P

そしてこれに似た、こだわりの強いクリエイターとして、自分が大好きな仮面ライダークウガや仮面ライダー響鬼のプロデューサーだった髙寺成紀氏についても触れたい。
髙寺氏はプロデューサーであって脚本家でも漫画家でもないので同列に扱うのもおかしな話かもしれない。
しかし作品の舵取りには深く関わっており、明らかに氏の作風・意図を感じるので、ここでは例に挙げさせていただく。

髙寺Pのこだわりも相当なもので、徹底的に法則やリアリティを追求した作品を作っている。
そんな髙寺氏が手がけた作品として、今回は「仮面ライダー響鬼」を挙げたい。クウガにも共通点はあるけれど、響鬼の方が戦闘要員キャラが多いと言う点で咲-saki-やワートリに近いので。

響鬼もセリフ1つで世界観を広げることが得意分野だ。
自分が特に印象に残ったセリフは以下の2つ。

「一番最近現れたのが…えと去年の11月の青森で、その時はカチドキさんが倒したんだよね」

仮面ライダー響鬼 三之巻より

「ザンキさんが魔化魍にやられました!」

仮面ライダー響鬼 五之巻より

1つ目は、立花香須実のセリフ。主人公ヒビキがヤマビコという敵と戦うにあたり、情報交換をしているシーン。

「カチドキさん」はこのセリフ以外で今後一切登場しない
まず前提として、響鬼にはライダー(作中では「」と呼ばれる)がたくさんおり、日本各地の支部でシフト勤務で怪人退治が行われている。
響鬼の担当である関東だけでも11人の鬼がいる。
セリフから察するに、カチドキさんは東北支部の鬼なので、関東支部がメインの響鬼にはあまり関係のない人なのだ。

ならばなぜそんな人物の名前が出てくるのかと考えたら、このnoteで再三言い続けている「世界観を広げるため」だろう。
このセリフがあるだけで、詳しく説明されなくても「鬼は全国にいる」、「怪人の出現記録は組織がまとめている」などの世界観が分かる。
視聴者への情報を説明セリフにせず日常会話に落とし込むのが上手い。

2つ目は、立花日菜佳のセリフ。仲間の1人であるザンキが敵にやられたことを伝えるシーン。
このザンキさんは、例によってセリフ時点では未登場だが、カチドキさんと違い後の話でちゃんと登場する。
セリフだけ聞くと弱い人なのかと思うけど、実際は超かっこいい。
でもこのセリフ時点ではどんな人かは全く分からない。初見では「鬼が負けるなんて強い敵なんだなあ」、見直すと「ザンキさんが負けるなんてよっぽどのことがあったんだなあ」になる、面白いセリフだと思う。

また、3名は筆が遅いことも共通している。
牌譜まで作る、体調不良と戦いながらの連載、脚本家へのリテイク指示とそれぞれの形はあるが、「こだわり」が根底にあるのは間違いないと思う。
筆の遅さは矛盾のないガチガチの世界観形成には欠かせないものなのだろう。

余談だが、自分の大好きな「語ろう!555 剣 響鬼」という本で、井上伸一郎氏が「小さな積み重ねで世界観が広がっていく快感」と響鬼について語っている。
圧倒的に自分より言語化が上手いので興味のある方は是非。

まとめ

まとめると、咲-saki-、ワールドトリガー、仮面ライダー響鬼は
「作者の強いこだわりによって世界観が固められている点、未登場キャラの名前を出すセリフによって世界観を広げていく手法が取られている点」で似ている。

そして何より言いたかったのは、自分はそんな素晴らしい作品たちが大好きなのだということでした。
読者・視聴者を振り落とすようなセリフには、そこからしか得られない味がある。

自分の知っている他の作品だと、ワンピースも近い部分があると思う。「白ひげ」「金獅子」に並んで未登場の「銀斧」や「王直」が出てくるところとか。
これらに似た作品をご存知でしたら是非教えてください。

読んでいただき本当にありがとうございました!!

おわり

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