【第12回】ウィスパリングと遠隔時代の通訳など


こんにちは。
さてさて先日3月28日、1月から始まった通訳塾最後の講義が行われました。最終回第12回のテーマは「ウィスパリングと遠隔時代の通訳」。受講生の栗がその振り返りブログを担当します。

ウィスパリングとは

まずはじめに、聞き手の耳元でささやく通訳のことをウィスパリングと言います。最大で2名の話者に対し通訳を行い、通訳者は話者の斜め後ろに座ります。同時通訳の一種ですが、1人の通訳者が15分以上訳すことも多いそうです。
ただ、ブースで訳すのとは違い訳す時間の他にも、以下のような特殊さ、難しさがあります。

① 聞き手との距離の取り方、通訳者の位置取り
繰り返しになってしまいますが、ウィスパリングの時は通常通訳者は聞き手の斜め後ろに座り通訳をします。この独特のポジションが、難しい。というのも、通訳ユーザーに対して訳する際あまり近距離で訳すと違和感や居心地の悪さを与えてしまいます。一方でその点に気を配って離れすぎると、通訳者が声を張らなくてはならず、喉を酷使してしまいます。また、通訳ユーザーが話す声が非常に聞こえにくい位置でもあります。

そのため、こちらに座ってくださいという指定がない場合、先に「こちらに座ってください」と訳す側から依頼するというのも一つの手とのことでした。

このようにウィスパリングはブースの中や周囲の音が気にならないような場所では行われないため、通常に比べ集中するのが難しく、その結果リテンションは低下してしまいます。なので、数字や固有名詞が聞こえたらすぐに反応し、メインメッセージを捉えた6,7割の訳出を目指すようにとのことでした。

② 音量ボタンはない
①と少し重複してしまいますが、ウィスパリングを行う場合スピーカーの声や周囲の音をコントロールできません。そのため、時に周囲の音と混ざる声の中から話者の声を聞き出し、訳者の声が聞こえるよう状況に合わせて通訳者は自分の声量を変えていく必要があります。この調整の結果、小さい声で長時間ウィスパリングをした場合喉に非常に負担がかかります。練習を重ねて自分にとっての最適な状況を見つけていく必要があります。

といった難しさのあるウィスパリングですが、コロナの影響で現在はほとんどみなくなったそうです。

遠隔時代の通訳

昨年から続くコロナ禍で、RSI (遠隔通訳)の機会が増えています。この遠隔通訳を行うプラットフォームとしては、現在Interprefy, Kudo, Interactio, InterpreteXなど様々なものがあり、演習で使用したZOOMにも同時通訳機能があります。
こうした遠隔通訳プラットフォームを使うにあたり、訳に加えて以下のことに気をつける必要があります。

① 交代にかかる時間の確認を
プラットフォームによりますが、交代にかかる時間を確認する必要があります。というのも、InterprefyやKudoを利用する場合、切り替わるまでに長い場合で1.5秒かかります。パートナーが話し終えたからといって飛び込んですぐに話し始めたとしても、最初の数秒間は誰にもその訳は聞こえません。

② 基本「ハードミュート」で
ZOOMで同時通訳を行う場合、普通に会議をする場合と同様に画面左下にミュートボタンがあり、これを押すとミュート状態になります。が、一定時間が経つとこのボタンは非表示になってしまいます。そのためミュートにする場合、その都度カーソルを動かしてボタン表示→クリックしなくてはいけません。
しかし!突然のアクシデント、例えば花粉症で急に鼻がムズムズッとなったりして、くしゃみ!ということは十分ありうるわけです。そんなコンマ数秒の発作の時、やれミュートボタンが消えているな、どっこいしょミュートボタンまでカーソルを動かして、なんてそんな余裕はないわけです。おそらく「ッヘェ!」(手をマウスorトラックパッドにおく)「クショォ!!!!」です。反動でカーソルはミュートボタンからはるか彼方へ。
と、花粉症ではなくとも常にベストコンディションで臨めるわけではありません。そういった不測の事態に対応するために推奨されていたのが「ハードミュート」でした。ハードミュートとは、外付けマイクについているボタンを使ったミュートです。通訳中は常に片手はボタンの上に置いておくことで、不測の事態でも一瞬でミュートに切り替えることができます。

③ 別回線を確保しよう
遠隔で通訳する際にパートナーとLINEなどを使った別回線でつないておくということを、別回線を確保する、といいます。ZOOMを使った通訳ではパートナーの声が聞こえないため、通訳塾の同時通訳の演習では常に LINEのビデオ通話という別回線を確保していました。
こうして別回線を確保することで、パートナーがどこまで訳したのかがわかり、かつ訳の重複を防ぐこともできリスナーフレンドリーになることができます。

④ カメラON/OFF問題
別回線にする場合、通訳塾の演習の際はパートナーとビデオ電話をつなげていましたが、いつ誰と組むことになるかはわかりません。その際パートナーになった方がビデオ通話はなしで、つまりカメラOFFでお願いします、と言われる場合も十分ありえます。
演習ではどうすればよりスムーズにバトンタッチできるか?を目標にしていたため、そういうパートナーを想定した練習をしそびれてしまいました。不覚です。

⑤ 非言語情報がない状況でのリスニング
遠隔通訳を行う場合、大抵の場ではカメラがOFFになってユーザーの姿が見ることができません。音声だけでは不十分なのか?と思われるかもしれせんが、身振りや表情といった非言語情報がないことで言外のニュアンスがとらえづらくなるほか、このあと何が続くのかと先が読みにくくなります。

⑥ デバイス環境を整える 
遠隔が増えそれに伴い資料もデジタル化の一途をたどっています。また、最近では訳すその場で資料がリアルタイムで共有されることもあります。そのためこれからは複数台数、最低でも3台のデバイスを揃える必要があります。2台でも可能ですが、それだと冗長性がなく心配です。
1台iPadやSurface Proといったデバイスがあると、より柔軟に対応することができます。

遠隔通訳の利点

と、これまで7つ遠隔通訳をするにあたり気をつけることについてあげました。しかし遠隔通訳にはいい点もあります。
その1つがチャットあるいはメッセージ機能です。この機能を利用して、例えば講演者に遅れてしまった場合、この機能を利用して「もう一度今の箇所お願いできますか」や「少しゆっくり話してください」とユーザーとコミュニケーションをとることができます。
加えて、訳す言語にチャンネルを切り替えて直接話しかけるということも可能になりました。

 自宅収録・スタジオ収録の仕事

遠隔通訳の時代、自宅収録・スタジオ収録の案件も増加傾向にあります。録画されたイベントや社内向けの動画などを自宅やスタジオで通訳し収録するという仕事です。
スタジオで収録する場合、編集したり一部録り直したりできるという利点がありますが、こういった案件の場合スクリプトがあったり構成が綿密に練られた内容であるため、情報の密度が高くかつ早いという特徴があります。そのため、編集できるとは言っても訳す際に落とせるところがほとんどないという難しさがあります。

新興エージェントの登場

遠隔通訳の機会が増えたことで、新しい通訳エージェントが続々登場しています。特に海外でこの動きが顕著で、レートの問題はありますが、駆け出しの人にとってはチャンスといえるかもしれません。


 マスクと声

コロナ禍でマスク着用がマナーになった現在、通訳をするにはマスクを着けた状態で発せられる言葉、発話にも慣れる必要があります。ですが、このマスクを着用した状態では英語を話すのも聞くのも難しくなる、とのことでした。
それはどんな音の時その傾向が顕著なのか?講義では轟美穂さんのブログから、以下の部分が引用されていました。

大きい声を出すだけで聞き取りやすさの問題は解決するのでしょうか? 
マスク着用により、音を作るときの空気の流れが遮断され、顎が下げにくくなることで、発音しづらくなる音があると専門家は指摘しています。(注1)(注2)
・高音がマスクの素材を通り抜けることができないために、マスクを着用すると「f」「s」「sh」「th」などの子音が聞き取りにくくなる。その結果、"wish"が"with"に聞こえてしまう。(注1)
・唇で作る音、「p」「b」「w」「f」「v」「m」が発音しづらくなる。またマスクにより顎を下げる自由度が制限され、広母音が発音しづらくなる("cat " "calm" など 。)(注2)

(注1) UNC Health talk, 4 Tips for Communicating While Wearing a Mask,May 25, 2020,
https://healthtalk.unchealthcare.org/4-tips-for-communicating-while-wearing-a-mask/
(注2)The Conversation, The science of how you sound when you talk through a face mask, July 2,2020,
https://theconversation.com/the-science-of-how-you-sound-when-you-talk-through-a-face-mask-139817

引用元:轟美穂(とどろきみほ)さん
2020-12-08 コロナ禍での話し方 その1
—―マスク着用時の聞き取りやすさを考える【通訳者と声】
https://thbook.simul.co.jp/entry/2020/koe6 より

思えばマスクをつけた状態での英語を聞く、英語で話す、といった機会は今の私にはなかなかありません。ですが、いざそういう状況になった時に備えて練習しておかなくてはと盲点だったところに気づきました。
ふと書いていて頭をよぎったのですが、近い将来ウィスパリングでマスク着用なんて事態にも遭遇する可能性もなきにしもあらずなのでは。

参考図書

また、今回の講義では他にも以下の本が同時通訳の参考図書として紹介されました。

Conference Interpreting Explained 
Consecutive Interpreting : A Short Course 
Conference Interpreting : A Student's Practice Book 
通訳の技術 


プチ情報:日本会議通訳者協会主催の夏の祭典「通訳・翻訳フォーラム」。今年も昨年に引き続き完全オンラインで開催されますが、そこで参考図書の著者の1人であるAndrew Gillesさんが公演されます。参加費は9800円。ただし会員になれば割引もあるほか、イベント終了後もアーカイブを無期限で見ることができます。
また、会員になるといっても通訳者として稼働してなくてはいけないという条件はないそうですので、ぜひ。
JACIのウェブサイトでは、通訳と専門性を掛け合わせた会員限定の記事も楽しめます。フォーラム割引以外にも特典盛りだくさんです。


最後に

というわけで、この日をもって全12回の講義が終了しこの通訳塾の全科目が終わりました。
講義と日英・英日同時通訳演習。授業後の勉強会や平日の勉強会。そしてこのブログ。全てを通して「こう表すのか!」と自分では思いつかなかった無数の表現や、考え方を知ることができました。自分だけが悩んでいるわけではないのだと励まされることも何度もありました。

また、通訳にも英語にもかすりもしないことですが、完全にオンライン開催だったため、それぞれがどこからか自分の身体だけではない自分の部屋の一部を持ち寄って講義を受けたことで、実際には行ったことのないどこともわからない光景が日常になっていくという非常に非現実的な感覚を味わいました。授業が終わった今も、これまで生きてきて感じたことのないこの奇妙な感覚がふわふわと残っています。この感覚、もう名前があったりするんでしょうか。

と、長くなりましたがこれにて第12回最後の講義ブログはおしまいです。
更新のたびチェックしてくださったり、いいねをくださったりと、これまでブログを見てくださった方、本当にありがとうございます。
いつかどこかでこのブログを読んでくださった方のために通訳するなんて素敵なことがあるかもしれません。あるいは通訳者としてご一緒する日がくるかもしれません。

そして最後になりましたが関根先生、タフで幸せな3ヶ月を本当にありがとうございました。

それでは、これにて!

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