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いよわ インタビュー アバンギャルドでポップな新世代クリエイターが語る、「作り続ける」ためのマインドセット(Soundmain連載)

※2022年4月20日にSoundmainのサイトで公開された記事の転載です。

昨今のデジタル環境の進展は、個人制作のDTMでどこまでも理想のサウンドを追求できるようにした一方で、音楽家としての個人の「ドメイン(領域)」をいかに運用していくかという観点を、すべてのクリエイターにとって必要不可欠なものにしたとも言えます。当ブログを運営するSoundmainはそんな時代に、「音楽をつくり、届ける」プロセス全体をテクノロジーにより支援することを目的として、開発中のプラットフォームでもあります。

そこでSoundmain編集部は、音楽・アートなどについて学べる私塾・美学校にて「実践!自己プロデュースと作品づくり」の講師を担当する、入江陽さんをインタビュアーに迎えたシリーズを企画。本人名義のシンガーソングライターとしての活動をはじめ、今泉力哉監督『街の上で』などの劇伴制作、ボーカロイド関連のゲームに音楽監修として携わるなどまさに自身の「ドメイン」を多角的に運用されている入江さんと一緒に、様々な音楽クリエイターの皆さんにお話を伺っていきます。

今回お話を伺ったのは「いよわ」さん。2018年に楽曲を動画サイトに初投稿、すべての楽曲のイラスト・動画も自身で手がけるスタイルで活動する、新進気鋭のボカロPです。実は今回、編集担当が入江さんに猛プッシュしたのが取材のきっかけ。ポップさとアバンギャルドさを兼ね備えたその楽曲に入江さんもたちまち虜になり、お話をお伺いすることに決まったのでした。制作過程についての詳しいインタビューは今回が初。ボカロシーンの申し子とも言えるその遊び心あふれるスタイルには、デジタル時代の音楽クリエイターにとってのヒントが無数に見出せるはずです。

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鍵盤を「弾く楽しさ」がトラックメイクにも反映

入江 いよわさんの曲は、独特のアバンギャルドさもありつつ、ごく自然で気持ちいいグルーヴが一貫している不思議な印象もあり、すっかりファンになってしまいました。まずは初めて音楽を意識した瞬間から伺っていきたいなと思うんですが、そういった昔の記憶ってありますか。

多数の「歌ってみた」が投稿されている人気曲「きゅうくらりん」(feat.可不)

いよわ 幼稚園に入るか入らないかぐらいのときにリトミックという、「音楽で遊ぶ」みたいな教室に通っていて。ピアノの教室も兼ねていたので、その流れでピアノも習い始めたんです。もともと父親が音楽好きなので、その前から無意識では聞いていたとは思うんですが。

入江 お父さまはどんな音楽がお好きなんですか?

いよわ 洋楽メインなんですけど、昔のものだけじゃなく流行りのものもiTunesのランキングを上から順に聞いていくような、偏食せずいろんな音楽に触れていくタイプの人ですね。

入江 ピアノを習い始めてからは、長く続けられたんですか?

いよわ 続けた年数的には3,4年ぐらいです。引っ越しに伴ってやめざるを得なかったんですけども、ギャンギャンに泣きましたね。現在につながる技術的な面としては、やめてから家でキーボードを弾いて遊んでいた時間のほうが長いので、そっちで身につけた部分のほうが大きいかなと。

入江 好きな曲を演奏されたり、などでしょうか?

いよわ そうですね。小学校中~高学年ぐらいのときにはボカロの曲だったり、5つ離れている兄が聞いている音楽をちょくちょく聞いたりしていて、湘南乃風とかマキシマム ザ ホルモンとかを耳コピしていた気がしますね。

入江 いよわさんの曲を聴かせていただいた印象では、楽器を演奏する楽しさという要素が、曲作りに強く影響しているのかもしれない、と感じたんです。弾いていてテンションが上がるかどうか、というか。

いよわ それはめちゃくちゃありますね。リズムやコード進行を聞いて、楽しいフレーズを思いついたら一気に曲ができるみたいな傾向があって。弾きながら探る、みたいな作り方をすることは多いです。

「さよならジャックポット」(feat.初音ミク)

入江 バンド活動など、複数人で一緒に演奏する機会も多かったですか?

いよわ 高校の文化祭でコピーバンドとかはしていました。パートはやっぱり鍵盤で、大学でも軽音楽サークルに入ったんですけど、そこで人と演奏するのには向いていないかもしれないと思っちゃったんですよね。楽しくなかったわけではないんですけど、バンドって、ミスれない緊張感があるじゃないですか。それよりは、自分でいくらでも自由にいじれる作曲という工程のほうが、やっていて楽しいなと。

入江 なるほど! DTMでの作曲作業の中でも、手弾きをすることは多いですか?

いよわ というより、リズムトラック以外は基本的に全部手弾きで作っています。電子ピアノに入っている音をいろいろと変えながら弾いたやつをそのまま録っちゃって、曲を作るというスタイルでずっと作り続けているので、他の人よりも制作中に弾く量は多いかなと。

入江 リズムトラックはどのように作っているんでしょうか。

いよわ キーボードでドラムの音を出して録ることもあるんですけど、やっぱりちょっと音がチープになっちゃうので、最近はiOSアプリのGarageBandで作っていますね。エレクトリックなドラムの音がいっぱい入っていて、結構それで不便せずにやれるんです。あとはループ素材みたいなものを切り貼りしたりして、メインになるビートを先にアプリで組んでオーディオファイルとして書き出した後に、DAWの方にぶち込んで、さらにそれに合わせて楽器を録るみたいなこともしたり。スピーディーに制作を進めることができるので、このやり方が多くなっています。

入江 手弾きを取り入れていることも、曲から感じる生々しいグルーヴの源泉になっていると思うんですが、弾いた後に編集することは多いんでしょうか。

いよわ 結構しますね。難しいフレーズだとかなり細かく刻んで、それを編集して、ひとつの流れにすることもありますし。先に作ったドラムトラックを取り込んで、横で違うフレーズを鍵盤の指ドラムで打ち込んだりみたいなこともします。オーディオとしての素材を好き勝手やって、気持ちいいところを探すみたいな作り方は上物でもリズムトラックでも共通しているかもしれないです。

「アプリコット」(feat.初音ミク)

入江 リズムの独特のズレ感とか、音のぶつかり合いが不協和音スレスレになってしまいそうなところを縫っている感じがスリリングで、それが気持ち良いんですよね。これは偶然や即興の要素も大きいのでしょうか?

いよわ たとえば特定のフレーズを弾こうとして、指が違うところに触れて半音上がっちゃったりしても良いと思ったら採用するし、勢いでバーッと弾いて納得いかなかったら逆再生してみていいじゃん、って思ったらそれを採用するみたいなこともするし。そんな風に切って貼ってぐちゃぐちゃにこねくり回しながらいいフレーズを発見していくみたいな作り方を結構するんですが、こうするといい意味で自分の想定してないものを作れたりするんですよね。ガンガン、いっぱい数を録って、検証して面白いってなったものを選択してくるみたいなやり方です。

入江 うかがっているだけでも、すごく楽しそうな工程ですね。ちなみに、キーボードはどういったものを使っているんですか?

いよわ カシオのCTK-7200という、高校1年生のときに買ったものを今でも使っています。もう1台はノードのNord Electro 6で、これは大学1年生ぐらいの時に音楽活動で出た収益で買いました。ソフト音源をそんなに使わないので、自分の場合こだわるならキーボードだろうなと。今の制作は、その2台でやってる感じですね。カシオのほうは割と軽めというかキーボード的なピアノの音が鳴って、ノードのほうは本格的なグランドピアノ寄りの音が出て、という違いがあるので、用途に応じて使い分けています。

コード進行に対する考え方と、「コンセプト先」の曲作り

入江 音楽を作る上で、大きな影響を受けたと感じるアーティストはいらっしゃいますか?

いよわ 中学生の頃ぐらいに、ゲスの極み乙女。にドハマリして。indigo la Endとか他のプロジェクトも含めて、川谷絵音さんの曲のコード進行をひたすら耳コピしていた時期がありました。今自分で曲を作るときにもその好きなコード進行を使うことが多いので、その影響はかなり大きいと思います。

入江 確かに、根本的な和声の流れの親しみやすさなど、通ずるものも感じるかもしれません。

いよわ トリッキーな音使いをするにしても、それをその下でちゃんと支える強力なコード進行というか、ちゃんと感情に訴えかけるものが根本にないと崩れちゃうと思うんです。サビのメロディーも、素っ頓狂にするにしてもある程度流れを持った力あるフレーズを基礎にしないと、全体が破綻しただの気持ち悪い感じになっちゃったりする。その辺りの考え方は、川谷さんの楽曲から確実に影響を受けていますね。

入江  MVもご自身で作られていますよね。音楽とビジュアルは、どういった順番で作ることが多いでしょうか?

いよわ MVは曲が完成してからそれに合わせて作るという感じです。ただ、どういうコンセプトの曲を作りたいかは、作る前ぐらいから考えておかないと、途中で頓挫しちゃったりするんですよね。なので順序としては動画の前に曲があって、曲の前にコンセプトがあるみたいなイメージです。

「オーバー!」(feat.初音ミク・歌愛ユキ)

入江 そのコンセプトというのは、ストーリーとかキャラクターといったものでしょうか?

いよわ そうですね。たとえばMV全体の色味を何色にしたいだとか、出てくるキャラクターが幼いか大人かみたいな、そういうふんわりしたところをなんとなく頭で思い浮かべながらみたいな感じで作ると曲全体が作りやすくなったりするんです。

入江 ご自身の現実の生活が、曲のテーマになってゆくこともありますか。

いよわ かなり作品によって差がありますね。完全に頭の中で考えて、独立したキャラクターのストーリーで作ることもあれば、何か他の作品から影響を受けることもありますし、自分の気持ちと重なる部分みたいなのもあるし、その全部が入っていたりすることもあります。どこからでもインプットを持ってこれるようにしたいとは常に心がけていますね。

入江 ボカロを複数種類使われているのも、特徴のひとつだと思います。どのように使い分けているんでしょうか?

いよわ やっぱり声の種類はボカロごとに全然違って。実際にいろんなボカロに歌わせたデータを書き出してみて、トラックと合わせてこの声が一番合うなって決めたりすることもあるし、逆に今回はこのボーカル使ってみよう、だったらこのボカロに合いそうな曲を作ってみようみたいな作り方をすることもあります。いずれにしても、曲と歌声の相性はすごく意識しますね。

入江 楽器の音色として選ぶ、というのに近いでしょうか。

いよわ かなり近い感じですね。そういう意味で、いろんなボカロが世の中にあるのはすごくありがたいです。

「くろうばあないと」では初音ミク・flower・歌愛ユキ・GUMIという4種類のボーカロイドをデュエットさせている。

ボカロシーンの持つ「懐の広さ」を実現していきたい

入江 制作をしてゆくなかで生じる悩みや、それをどう切り抜けたかといったことで、印象深いことはありますでしょうか。

いよわ 作品がなかなか完成しなくて困るとか、そういうタイプの悩みはもう作り続けるしかないし、やることは結局変わらない。その辺りは割と切り替えられるようになったんです。それよりは、作品ってどうしても世に出す、それもネットで出す以上、何らかの競争の中に身を投じなきゃいけないというか……そういうものなので仕方ないとも言えるんですけど、競争というもの自体が自分は好きじゃなくて。自由にやりたいんですよ。部活で言えば練習は好きだけど、大会は嫌いみたいなタイプで(笑)。

入江 なるほど。

いよわ 競争の色が濃くなるのはちょっと鬱陶しいなと感じることはあって。それが決して悪い、間違っているという話じゃなくて、単に僕が嫌いなだけなんですけど。できるだけそこから距離を置いたところに自分の作品作りの価値観を保っておきたいという気持ちは常にあります。

入江 競争などのエネルギーを燃料にするのが得意な人と苦手な人、それぞれタイプがありそうですよね。

いよわ 嫉妬するのもされるのも、なんかできないんですよね。他人の成功を羨んで、嫌な気持ちになりたくないんです。人の成功は人の成功で祝福したいし、別に自分の成功は自分で喜べばいい話だし、という感じで。僕の場合は嫉妬とか競争心ってあんまり創作のモチベーションにはつながらないので。

入江 自分の作風を確立していく上で、特に支えになったことってありますか。

いよわ 今のスタイルに近い状態で作品を出し始めたときから、めちゃくちゃたくさんの人に刺さるというよりは、一部の本当に僕と似た感性を持っている方に深く刺さっている感じになっているなとは思っていたんです。そのきっかけになるような感想をいただけたりとか、手応えみたいなものは結構早いうちからあって。大衆ウケのようなものを無理して狙ったこともなく、その時々で自分が一番好きな自分に刺さるものを作り続けたら、それがたまたま評価していただける形になったので、かなり幸運なほうだなと思っています。

2019年に発表の楽曲「IMAWANOKIWA」(feat.初音ミク)

入江 ボーカロイド音楽の根本には、個性的なものを積極的に許容・賞賛していこうという文化があるように感じていて、それがとても素敵だなと思います。

いよわ 僕もそう思います。良い意味で「ヘンテコな人を見つけて嬉しい!」ぐらいの感じがある。自分自身もニコニコ動画とかを見ていて、面白い、新しいことやっている人が出てきたらめちゃくちゃワクワクしますし。そういう未知へのワクワクみたいなのが大きい界隈だからこそ、見つけてもらえたというのはずっと思っていますね。

入江 これからのボカロ文化に期待したいこと……200年後とかの遠い話でもいいし、直近の3,4年後でもいいんですけど、何か将来こうなったら面白いんじゃないかみたいなことってありますか。

いよわ ボカロシーンという括りの中でも、いろんなことができればできるほどいいと思うんです。最近のメジャーに進出していく傾向だったり、TikTokとかのSNSからドーンと受けてそれが話題になったり、いろんなボカロシーンへの光の当たり方が増えてきたと思うんですけど、その種類が今後もっと増えていけばいいなと。

今何かぱっと思いつきはしないんですけど、いろんな形で良さに気づくきっかけみたいなものがあって、ボカロを聞き始める人が増えていって、結果として人が増えていけば理想的かなとは思っていて。作風面でも、活動の仕方でも、いろんな個性がある場所みたいな認識が広がっていってくれたら僕としては嬉しい。さっきも言ったように、そういう懐の広さのおかげで自分もここまでこれたと思っているので。

入江 音楽を自由に作りたい人たちが、息苦しくならない場所というか。

いよわ 個人的なことを言えば、最初からバズ狙いで……みたいなスタイルは身体が受け付けないというのもあります。それもひとつの方向ではあると思うんですけど、「ボカロシーンでバズったら、メジャーデビューできて金も稼げるんじゃね?」みたいな認識だけが一人歩きしてほしくはなくて。自分と似た人が増えたら嬉しいし、そのわがままな気持ちを貫き通したいんだったら、傍から見ても「なんかこの人は面白いことやってるな」って思ってもらえるような活動をし続けていかないとなと。

それが後の世代にもし少しでも影響を与えられるんだったら、それだけで作品を作り続ける理由になるし。「こいつずっとこのシーンにいるけど、なんかいいじゃん」ってなってくれたら、それが一番嬉しいんです。これから先、もし作品があまり見られなくなっても同じ気持ちで作り続けられる精神構造みたいなものを、自分の中で育てていきたいなと今の時点から思っています。

入江 最後に、2ndアルバム『わたしのヘリテージ』についてもぜひお願いします。

2nd full Album『わたしのヘリテージ』全曲クロスフェード

いよわ 以前アルバムを同人で作ったことがあって(『ねむるピンクノイズ』)、その時は割とフィクションというか、自分の考えたストーリーを形にするみたいな部分の割合が強かったんです。でも今回のアルバムに収録されている曲に関しては、実際に曲に出てくるキャラクターというか、曲の人格と自分自身の人格の重なる部分が、割合として大きくなっていて。2020年から2021年の間に投稿してきた、そういう等身大といった気持ちで書くことが多かった曲が全部入っているので、自分の活動の軌跡にもなっているなと。それを新しいアルバムとして残せたことがまず嬉しいですし、できるだけたくさんの人の手に取ってもらって、同じような気持ちを持ってる人の支えになったり、その人にとって何か感じるきっかけになってくれれば嬉しく思います。……しゃべりすぎて照れくさくなってきちゃったんですけど(笑)、自信を持って送り出せた1枚です。

構成:関取 大(Soundmain編集部)

いよわ プロフィール

2018年より動画サイトにて合成音声を用いた音楽作品の投稿を開始。音楽とともにイラスト・MVも自らが手掛け、独自の世界観をもつ作品群を展開している。

入江 陽 プロフィール

いりえ・よう:1987年うまれ、新大久保うまれ・育ち。シンガーソングライター。映画音楽も制作し、近作は『街の上で』『最低。』『タイトル、拒絶』など。雑誌『装苑』『ミュージック・マガジン』では連載も。

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