見出し画像

中国の思い出

中国での思い出を話そうと思う。

2018年の9月は、2週に渡って3連休があった。

となると、どちらか一方くらいは変わった使い方をしてみたくなる。

と、いうことで以前モロッコで出会った中国人の知人を頼りに3日間中国を訪れることにした。東京から上海まで、約3時間。東京から新大阪までとさして変わらない上に、なんと金曜夜22時発の便があるじゃないか。土日月フルで使える。行くしかない。


ということで、バックパックを背負って出社した金曜日。終業後、いつもの旅行サンダルにトランスフォームして向かうは成田。ここで「モロッコで出会った知人」について補足しておく。

・2017年秋のモロッコひとり旅中に、3日間の砂漠ツアーに参加した。参加者10数名いた中のひとり。
・夫婦で来ていたが、旦那さんの方が特にファニーで仲良くなった。中国語しか話せない。簡単な英語も通じない。(「OK」しか通じない。)なんやかんやツアーの3日間以外にも、もう2日くらい一緒に行動したりした。
・中国でパイロット?をしているみたい。迷彩服着てる写真見せてくれた。モロッコで軍の何かに反応してたし、軍の人っぽい?

どう読むか分からなかったけど「夏」という字が苗字に入っていたので夏さんと呼ぶことにする。


夏さんとは、コミュニケーションがオールジェスチャーになる。会うまでのやり取りは、Google翻訳を駆使してなんとかなったけど会ったらどうするのか。というかすでにどうにもなっていない。気づかないようにしていたけど、金曜日の昼の時点で

「空港着いたよ!」

と連絡がきていた。おい。あれだけ土曜日の朝に空港でと言ったじゃないか。「OK😄」じゃない。ぜんぜんOKじゃない。念のため何度も確認したのに。

「寝てるから大丈夫」

金曜夜は空港内のホテルに宿泊する予定だったので再三確認しあってきたスケジュールをもう一度確認すると、上記のような返答があった。「あぁなるほど落ち会うのは土曜の朝だけど空港近くのホテルかなんかに前乗りしてくれているのね」と理解。無事、深夜1時ごろに上海の空港に着いた。明日からどんな冒険が待ってい……え!おじさんいる!出口出た瞬間から分かるブンブン手振ってる!!しょうり〜ん!て言ってる!

※苗字が「小林」なので旅中ずっと「ショウリン」と呼ばれてた。

うわこの人話通じないやつだ…と一気に不安になる。

荷物を持ってくれたけど、もはや荷物がこう、人質的なポジションに移行してしまったとしか感じない。不安と疑心と、僅かな期待を胸に空港内のホテルへ向かう。そこでまた恐ろしかったのが、夏さんがどうやらホテルをキャンセルしようとしていること。「OK😄」じゃない。え?もう深夜だけどどうすんの?どっか行くの?と聞いたら「心配ない😄」と。いやいやいや!!

身の危険を感じホテルフロントのお姉さんに事情を説明し、とりあえず「今夜はここに泊まる」それだけは譲れないことを伝えてもらう。夏さんはフロントのおねえさんと何やら言い争った後(言い争いに聞こえたけど中国の人みんな声でかくて怒ってるみたいな話し方するから多分ふつうの会話だったと今になって思う)「朝5時にここでまた会おう😄」と告げて去っていった。すでに時刻は1時半を過ぎている。もうどうにでもなりたまえ。


ドンドンドンドンドン!ショウリ〜〜〜〜ン!

ホテルのドアを叩かれる音と、名前を呼ばれる声で起きた。早朝5時。もはや怪しいという気持ちよりもナチュラルに寝坊したことに対する焦りが勝る。脳は一度に多くのことを処理できないことを体感する。念のため大使館の連絡先を携帯に準備しながら歩くこと数分。キャンピングカーの登場。

正直「終わった…」と思った。

これあれだ、中には他にも人がいて手足を縛られ声も出せないようにされどこかへ運ばれ売りに出され内臓を切り売りされ…とか色々考えた。コンマ数秒の間に。いよいよ右手にいつでも大使館へ発信できる体制を構え、ゆるくかけていたサンダルのかかとの紐を掛け直し扉を開けたそこには

イッヌ…!!!!!!!

おま…!!!!!!!!!!

キュート…!!!!!!!!!




「次の場所まで5時間くらいかかるから、ショウリンは後ろで寝てていいよ。シーツとタオルも綺麗なのに変えておいたよ。」というジェスチャーを受け(まじでジェスチャーしか使ってないけどこんぐらいは伝わるもんだね。)しばらくは疑い過ぎたことに対する自己嫌悪に押し潰されそうだった。けど、ほんの少し、「着いたらヤバイとこだったらどうしよう…」という気持ちもあった。結果、がっつり寝た。

夏さんは、言語の壁以上にちょっと話が通じないだけで、本当に親切で優しい最高のおじさんでした。そんなおじさんとの3日間の記録スタートです。


DAY1 「君はこれから空を飛ぶ😄」


午前8時、出発から2時間半程度で目的地へ到着。(5時間かかるんじゃないんか〜い)

どうやら着いたのは、アクティビティをいろいろと楽しめる総合案内所のような場所。一体ここで何をするのか?聞いてみるも「君はこれから空を飛ぶ😄」としか返ってこず。もう、いい人なのは分かったし聞いても納得いく答えが返ってこないことも分かったから全て委ねようと思いここから3日間は、ほとんど次に何するか、どこ行くかは夏さんに質問しなかった。人間は環境に適応する能力に長けていたからこそ今日まで生き残ってきたのだろう。

朝食を近所の食堂で。めちゃウマ。

夏さんのTシャツから検索したらこんなサイトでてきた。こういう空のアクティビティやる協会とかの人なんかなぁ。

結論から言うと、パラグライダーさせてもらいました。むっちゃ楽しかった。


施設を運営している人が友人らしくく、施設内でキャンプのようなランチをいただく。

草の上でフライパン振るから燃えるんだよなぁ。芝が。気にしないんだよなぁ。誰も。写真にはいまいち写ってないけど、フライパンガンガン振るから周りに色んなもの飛び散ってるし。中国という大地が育てた人々のおおらかさを感じる。


詳細は省くけども、こんな感じだったもんだから、腹下しのリスクを考えて最小限の食事をいただこうと決意。

決意も虚しく、出来上がったものが美味しそうすぎてお腹がはちきれそうになるまで食べた。全部食べた。最高に美味しかった。

レストランとかで食べた料理もとても美味しいのだけど、やっぱり現地の方に作っていただいた家庭料理は思い出も相成ってものすごく記憶に残る味になるね。枝豆ひとつぶひとつぶをトイレの水で洗ってた時はいろんな意味でゾッとしたけど、この枝豆ときゅうり的なものの甘酸っぱい炒め物最高でした。


お腹いっぱいになった後は、みんなでプールに入ったり犬やヤギと遊んだり。そして夏さんに加えて王(ワン)さんという、当時同い年26歳の男性も一緒に行動することに。彼は私と同じくらいのレベル感(戦闘力5)で英語を話せる人だったので、本当にありがたかった…。蘇州へ向かいます。


つづく!!!!



サポートしていただいた内容は次のチャレンジに繋げます。