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【完結小説】「クロス×クロス ―cross × clothes―」

連載小説「クロス×クロス ―cross × clothes―」全14話を通しで読めるようにまとめたものです。まとめるに当たり、設定の微調整に伴う加筆、誤字の修正をしています。(執筆後記はこちら

前編

ミーナ

「好きです! 付き合ってください!」

唐突に告白され、頭の中が真っ白になる。思わず後ずさると、返事を迫るかのように相手が近寄ってくる。

「あんた、本気なの……? 冗談キッツー……」

「冗談なんかじゃ……。ずっと前から好きだったんです!」

その顔があまりにも真剣すぎて笑えない。目の前にいる子は、正真正銘、私と同じ女の子なんだもの。

「……キモっ」

過去のすべてが一瞬にして崩れ去っていくような気がした。それは告白されたからではなく、私の放った一言によって、だ。ソフトボール部の後輩として可愛がっていただけに、悲しい気持ちになる。

今となっては、女扱いしていいのか分からないけど、彼女は表情を失い、うなだれて去って行った。その後ろ姿を見て戸惑う。

(なんて言えば良かったんだろう……。)

その時ふと、過去にも同じような発言をしたことを思い出した。

――――――

「ねえ、塁……。私、ちょっと引きそうだよお……。話には聞いてたけど、塁のお兄さんって本当に……フツーじゃなかったんだね」

――――――

忘れもしない。昨年の冬、当時付き合っていたるいのお兄さん(同性愛者)に偶然会ったとき、私が言った台詞だ。女子中高生が好む癒しグッズに身を固めた男性を見れば、私でなくても「この人はフツーじゃない」と感じるに違いない。だからといって、仮にも恋人のお兄さんに、それも本人の目の前で思ったことをそのまま口にするべきではなかった。当然のことながら、後になって「あんな言い方はなかっただろう」と説教され、最終的に別れ話を持ちかけられてしまったのだった。

私ってば、いつもこう。人前でつい常識人ぶっては誰かを傷つけてしまう……。大切な人であればあるほど、遠慮のない発言をしてしまう……。このままでは、みんな私から離れてく……。ひとりぼっちの自分を想像したら、急に、どうしようもなく寂しくなった。

(今ごろどうしてるのかな……。)

学校が違うこともあり、あれ以来、塁には会っていない。だけど、フラれた側としてはなかなか忘れられないのも事実で、いまだ連絡先はスマホに残っている。

もし、私が部の後輩から愛の告白をされて戸惑っていると知ったら、塁はなんて言うだろう? 自業自得だって笑う? ざまあみろってののしる? ……まあ、そう言われるならまだマシかもしれない。完全無視が一番辛いもの。

より、、を戻したいわけじゃない。でも、今はなぜか無性に話がしたかった。私はスマホの電話帳を開き、塁の番号を探し始めた。

***

オレの姿を見たら、ミーナの目玉は飛び出すだろう。でも、オレはその反応が見たい。そして思い切り笑うんだ、ドン引きするミーナのことも、こんな姿、、、、をしてるオレのことも。

待ち合わせ場所は近所の公園だ。ミーナとは同じ中学の同級生。だから、すぐの呼び出しでも、お互いに会おうと思えば会えてしまう。一方で、高校は別だから、会おうとしない限りほとんど出くわすこともない。別れてからは尚更、同じ地区に住んでることすら忘れかけていた。

少し待っていると、ミーナが公園にやってきた。辺りをキョロキョロしている。まさかベンチに座っている人間が元彼だなんて気づいてもいない様子だ。

オレも気づかないふりをする。あくまでも向こうが気づくまで、オレは黙っているつもりだ。

五分ほど待ってみたが、まだ気づかないらしい。ミーナは、いっこうに現れない元彼にいらついているのか、連絡のないスマホをチラチラと見ている。さすがにその姿が滑稽すぎてこらえきれず、大声で笑ってしまった。直後にミーナがこっちを見る。そして予想通り、大きな目をさらに見開いて近づいてきた。

「あ、あの……。人違いだったら済みませんが……橋本塁はしもとるいさん……ですか?」

「そうだよ。びっくりした?」
 にやりと笑うと、ミーナは一瞬ほっとしたように息を吐き出したが、すぐに眉根にしわを寄せた。

「全っ然、気づかなかった。……何、その格好。どうしちゃったのよ?」

「その反応が見たくて。あー、面白かった。ミーナを驚かせる作戦、大成功」

そう。今のオレは、ミニスカートとハイヒールを穿き、頭にはロン毛のカツラ、付けまつげと入念なメイクを施した、いかにもな女の出で立ちをしている。まあ、白昼なら野球で鍛え上げた肉体のせいですぐにバレていただろうが、夜の外灯下のお陰でなんとかごまかし通せた。

ミーナは黙ったまま、オレを見下すような目で見ている。笑い飛ばして欲しかったのに、こんなにも無言だとさすがに気が滅入る。

「……やっぱ、引いてんの? まあ、お前は人を見た目で判断するようなやつだもんな」

「……塁、変わったね。……違うな、私が変わってないんだ。うん、そうだよね、きっと」

もっと馬鹿にされるかと思ったのに、意外なことを言ったので驚く。別れたオレに「今すぐ会いたい」だなんて連絡をよこすくらいだ、きっと何か思うところがあったに違いない。

「それで? 呼び出した理由ってのは?」
 ミーナの深刻そうな顔に合わせて、こっちも一度、呼吸を整えてから問う。

「聞いてくれる? 実はね……」

そう前置きしたミーナは、今日、学校で起きた出来事を詳細に語った。話を聞いてようやく、オレに会いたがったこと、変わってないのは自分の方だと言ったことに納得がいった。

「まさか、塁まで女装が趣味になってるなんて想像もしてなかったけどね。……いったい何があったのよ? お兄さんに感化されたの?」

話してすっきりしたのか、気づけばミーナはいつもの調子を取り戻していた。オレはどう答えたものか少し迷ったが結局、一から話すことにする。

「えーと、事の発端は兄ちゃんの恋人なんだ。……覚えてると思うけど、兄ちゃんに会ったとき、突っかかってきたあの女の人が、兄ちゃんの今の彼女」

ミーナが兄ちゃんをけなしたとき「見た目で人を判断した上に冒涜ぼうとくするなんて、サイテーな人間のすることよ!」と言い放った強者である。オレ自身、あの一言には衝撃を受けた。あれほどまでに相手を思いやる発言が出来る女と一緒にいる兄ちゃんに対する嫉妬心と、平気で人を傷つける言葉しか言えないミーナと一緒にいるオレの惨めさをいっぺんに感じた瞬間でもあった。

「あれ? お兄さんって同性愛者じゃなかったの?」
 聞いていた話と違うと思ったのか、ミーナは首をかしげた。オレも「うーん」と唸りながら応える。

「そこがよく分かんねえんだけどな。ま、それはともかく……。その彼女さんが最近、男装を趣味にし始めたんだよ。真面目そうな人だから意外だったんだけど、どうやら真面目がゆえに兄ちゃんをもっと理解したいって気持ちがあっての男装らしい。そしたら、兄ちゃんも面白がっちゃって、こっちは女装だよ。二人とも全然似合っちゃいないんだけど、男装デートの日、女装デートの日ってのを作っては、同性の格好で出かけてるんだってさ」

「……やっぱり変わってるわ」

「オレも最初はそう思ってたよ。でも、その二人がめっちゃ楽しそうにしてるわけ。そんな姿を見たら、何だかオレもやってみたくなっちゃって。一種の変身願望ってやつ?」

「あー、それで今日の、この格好なのね……。その……どんな感じなの? 男の塁が女に変装するって言うのは」

「何だか自分じゃなくなったみたいに感じるな、特に鏡を見たときは。同時に、見た目変わっても、オレはオレなんだなとも思う。うーん、とにかく不思議な感覚で、これがまたやみつきになるって言うか」

「そうなんだ……」
 ミーナはそういうと、しばらく黙り込んだ。

気づけばオレは、女の格好をしていることを忘れ、足を広げた状態で座っていた。慌てて姿勢を正し、膝と膝をくっつける。やれやれ、清楚な女を演じきるにはまだまだ修行が必要そうだ。

「私もやってみようかな、男装……」
 ミーナがぽつりと呟いた。

「今の自分を変えたい。見た目で人を判断しちゃう、どうしようもない自分を変えたい。……もし、服装を変えるだけで別人になれるのだとしたら、やってみる価値はあるかも……。塁を見てたら、何だかそんなふうに思えてきた」

「へえ……。自分のこと、変えたいんだ。意外」
 ミーナはムッとした。「冗談、冗談」とすぐに返すが、彼女は怒ったままだ。どうやら本気らしい。

「ごめん。そこまで意志が固いとはな。よし、そんならオレにいい考えがある。次の週末、空いてる? 兄ちゃんのとこに連れてってやるよ。そうしたら、彼女さんに男装の仕方を教われる」

「えっ、いいの?」
 乗り気のオレにミーナは再び目を見開いた。表情がコロコロ変わるところは相変わらず見ていて面白い。

「別にぃ。お前とは喧嘩別れしたけど、昔のことを反省して生まれ変わりたいって言うなら、手助けしてやろうってだけの話だ。それに……」

「それに……?」

「ミーナの男装見てみたいから。上背うわぜいあるし絶対、似合うぜ?」

「……あんた、この状況楽しんでるでしょ?」

「もちろん。楽しまなきゃ、損、損」

「…………」

「あのな、言っとくけど、このくらいの気持ちがないと、異装なんて出来ないぜ? オレがこの格好で三十分もここに座ってて恥ずかしくないと思う?」

ミーナはハッとして、改めておれの女装を見た。望んでしていることとは言え、凝視されるのはやっぱり気恥ずかしい。上から下まで一通り眺め終わると、ミーナはクスッと笑った。

「よく見たら、全っ然、女に見えない。塁にしか見えない。なのに私ったら、なんで五分も気がつかなかったんだろう? 笑っちゃう」
 
 ミーナの笑顔につられてオレも笑う。
「そうなんだよぉ。どうしたらもっと女っ気出せるかなあ? もっと研究しねえと」

「まずはその、筋肉隆々の腕と足を隠した方がいいよ」

「やっぱり? 兄ちゃんのアドバイスは参考にならねえな……」
 そう言うと、ミーナは呆れたように両の手のひらを天に向けた。

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