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テレポーテーション・マシーン

「あなたは今、自由に何処でも行けるとしたら、どこにいきたいですか?」

フランス出身でベルギー拠点のアーティスト、マリリン・グリマーの作品に参加するにはまず、上記の言葉からはじまる。

この質問から参加者は自分の行きたい場所を考え、簡易的な撮影セットの組まれた写真ブースに立って写真を撮る。写真ブースは屋外に設置されているが背景はただの緑の布。そこに「行きたい場所」はない。そう、参加者はあたかもその場所に行っているかのような演技をし、写真を撮る。最終的に合成技術を使ってまるで瞬間移動したかのように行きたい場所を背景に合成するのだ。

作品の名前は「テレポーテーション・マシーン」想像する事で、今一番行きたい場所に連れて行ってくれる。

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マリリンの滞在の初め、この作品を制作するにあたって松戸の街に出て撮影機材を持ってアポなしで街の人にどんどん声を掛けていった。歩いている人、ベンチに座っている人、農作業をしている人、松戸の市民の方に(しかも初対面)いきなり「あなたは今、自由に何処でも行けるとしたら、どこにいきたいですか?」と聞くのだ。

今の時代、こんな質問を道ばたでされたらもの凄く怪しまれる、というのは容易に想像出来る。もちろん、怪訝な顔をされる場合もあったがお話をすると面白がってくれて、撮影に快く応じてくれる方も多くいた。素晴らしき懐の広さ!さすが「暮らしの芸術都市、松戸」である。

一人一人、行きたい場所となぜ行きたいか、を聞くと面白いことが浮かび上がってきた。実際「自由に、どこでも」といっても、この問いにすっと答えられる人は、なかなかいなかった。そして、自由にどんなところでも、と言っても回答が多分その人の想像できる範囲の自由(世界)だったのが興味深かった。

合成技術なので、空想の世界でも実は何でもありだ。だが現実には宇宙に行きたい、とかそういったことはなかった。あと撮影した日は6月というのに真夏のように暑かったので、沖縄とか、ビーチなど、夏の景色を答える人が多く、マリリンが少し困っていた。(アーティストとしてはやはり作品としていろんな景色を望んでいるのだろう)

自由って思っていても無意識に季節や、天候や普段見ているその人のものに引きずられるというのが、今回の大きな発見だった。捉え方も年配の人ほどやれなかったことをやりたい、行けなかったとこに行きたいという感じが強い。子供のほうが意外に想像して!といっても恥ずかしがり、顔がこわばっていた。何でもいいよ、といっても普段見てるものから来ていて、スカイツリーのてっぺん、富士山のてっぺん!などだいたい他の友達の意見に似ている。「自由」というのは現実にはもしかしたら私たちが思っているよりとても不自由な言葉なのかもしれない。

撮った写真の中で少し印象的なエピソードがいくつかあった。

農家のお父さん

農業やってて、畑を見ないといけないから家族と遠出ができなかった。だから能登に行ってみたい。温泉に浸かりたい。

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農家の奥さん

北海道の一面のラベンダー畑が見たい。自宅の庭にもラベンダーが植えてある。(のちにマリリンの提案でフランスにあるラベンダーの有名な景色になる。)

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西口公園の奥様。

香港。夜景が見たい。韓流も流行ったから韓国もいいかな。海外には一度も行ったことない。

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後日このプロジェクトで、松戸中央公園で聖徳大学と地域が連携し展開しているアートプロジェクト「アートパーク9」にも参加した。その日は主に子供たちが多く集まるイベントで、たくさんの家族連れの方に参加していただいた。いざ撮影するとなると、やはり行った事のない場所を想像するというのは子供にとっては難しい。メリーゴーランドに乗ってるみたいに!といっても背景はただの緑色の布。子供はメリーゴーランドなんてないじゃん!と言う。確かにそうだ。そのプロセスを理解するのはやはりある一定の年齢以上でないと難しい。そこは今回大きな反省点だった。マリリンもあんまり子供が小さ過ぎるとこのプロジェクトの意味が分からないから、小学生高学年以上じゃないと大変だ、と言っていた。

アートパーク9での写真
「ピクニック」
お昼休憩の聖徳大学の学生さんは大きな木の下でのランチタイムに
テレポーテーション。

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想像する事とは、大変な事だ。アートに関わっている私たちは比較的その免疫がある。しかし、それはもちろん他の人にとってはとても難しいことだ。でも想像力は物事を変えていくような大きなきっかけでもある。今回、想像をして頑張って撮った写真が時間を超えて見た時にどう思うのだろうか?もちろん、楽しい思い出でも良いし、記念写真のように思ってくれても良い。一つだけ望むなら、その日考えた想像を実際の現実に向けて動いてくれる人がいたらもっと嬉しいということ。

行きたい外国に行ってみる、空を飛ぶにはどうしたらいいか考えてみる、海の中の景色をこの目で見てみる…

マリリンの住むベルギーは今年、テロがあったばかりだ。そしてフランスで起こったテロの実行犯が潜伏していた地域でも彼女は活動をしている。また、ヨーロッパではイギリスがユーロを離脱したりと多くの問題で揺れている。日本でもこの夏は選挙などさまざまな問題がある。

想像は自由だ。生きている私たちの社会は不自由かもしれない。でも、想像した事から現実に動いていく事は出来る。アートはいまを生きる社会の事を考えさせられるきっかけのひとつにもなる。今回の体験は個人的にそういった側面を感じさせてくれるプロジェクトだった。

完成した写真は以下サイトで一部ご覧頂けます。参加者のみなさんが行きたいと思った場所はどこでしょう?想像しながら是非ご覧になって下さい。
http://www.marilynegrimmer.net/postcards_matsudo1.html
http://www.marilynegrimmer.net/photo_postcards_matsudo2.html




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