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Gratitude

旅に出ると、ふと耳にした曲や昔からよく聴いている曲がその旅のテーマソングのようになる。そして、その曲を聴くたびに聴いていた場所を断片的に、ふっと思い出したりする。

今回の旅のテーマはBenjamin Francis Leftwichの“Gratitude”という曲。ケルン滞在中、本当によく聴いていた。幸運にも現地でライブを見る機会があり、もっとこの曲が好きになってしまった、というのが正しいだろう。​

彼の曲はシャッフルしていたSpotifyで “4AM in London”をたまたま聴いて初めて知ったのだった。仕事中にふと流れてきたその曲が気になって、アーティスト名をすかさずチェックした。その後、新しいアルバムを見つけ、作業中のBGMとして仕事をしながらよく聴いていた。とりわけ、1曲目の“Gratitude”が、CDジャケットにもあるような広大な情景が浮かぶようなメロディが心地よくてお気に入りだった。

ベルリンを旅行中、通りでふと見覚えのあるポスターを見つけ足を止めた。よく見ると、彼のライブ告知のポスターで、ヨーロッパツアーを行っているよう。ツアー日程には滞在しているケルンも含まれている。なんというタイミング。これは、行くしかない、と思ってベルリンから戻って即チケットを予約した。

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ライブ当日まで、泊まっていたスタジオでもよく彼の曲を聴いた。せっかく生で聴くのだから、曲を知って行きたいと思ったから。キッチンで料理しているときや、部屋にあったグランドピアノを机代わりに夜一人になってパソコンに向かっている静かな時間に聴くのが心地良いアルバムだ。

ついに当日、会場は本当に小さなライブハウスで、距離も近い。オープニングアクトが終わって、瓶ビールを握りしめ出番を待つ。照明が落ち、登場するときに流れていた曲(彼の曲ではない)がこれまたカッコ良くて、聴き入ってしまった。それもまたiPhoneのアプリで調べて保存した。

ライブは彼とサポートのミュージシャンのみ。とてもシンプルなセット。新しいアルバムの曲を中心にときにはアカペラで、時にはギターを弾きながら、濃密な時間が過ぎていく。お客さんも皆真剣に聞いている。

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MCで、ケルンに来る前はイギリスでツアーをしていたんだけど、みんな騒がしくて…こんなに真剣に聴いてくれて嬉しい、というようなことを言っていた。お客さんも笑ったり、なにか声をかけたりしている。

ライブも後半に差し掛かると“Gratitude”を演奏し始める。CDと違ってシンプルなアレンジ。大好きな曲がこの空間に響き渡り、なんだか今までのいろんな景色が頭の中に鮮明に広がった。

本編が終わると、アンコールで初めて知った曲“4AM in London”も演奏してくれた。聴きたい曲が聞けて本当に感無量で、ライブが終わっても興奮冷めやらなかった。物販で、レコードを買って、もしかしたら客席の方に出てくるかも、と思い会場内を落ち着きなく徘徊していた。すぐ帰ろうか、とも思ったけど、ここで帰ったらなぜか後悔する気がして、待った。しばらくしたら、案の定本人が出てきてくれた。

サインがもらいたい…だがしかしそんなに英語が得意ではない…けどこんな小さなライブハウスで見れて、話しかけられるチャンスがあるのにそれをしないなんてもったいないぞ…といろんなことを言う自分が何人も頭の中を駆け巡った。ドイツ人は、コンサートのあと直接その時の感想を伝えるのが好きだから、と知り合いの人が言っていたのを思い出した。それもあって、ここドイツだし、郷に入れば郷に従え精神で(?)感想を伝えなきゃ、と思っていた。

そうしているうちにお客さんも少なくなって、勇気を振り絞り、話しかけてみた。つたない英語で、今日のライブが最高だったこと、いま日本からケルンに来ていてたまたまライブを見つけて来てみたこと、日本で君の曲をよく聴いてたんだ、ということを伝えた。僕のぼろぼろな英語をじっくり聞き取ってくれて、何度もありがとう、嬉しいよ、と言ってくれた。

日本に来たことある?と質問したら、まだないんだけど今回のアルバムのツアーでぜひとも行ってみたいんだ、と言っていた。日本に来たら、絶対また聴きに行くよ、日本で待ってるよ。と僕は最後に言って買ったレコードにサインを貰った。写真もいい?とお願いして撮ってもらった(写真には緊張してこわばった僕の顔が写っていた)

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レコードを片手に、足取り軽くトラムに乗って帰った。絶対このレコード盗られたくない、と思ってがっちり抱きかかえて帰った。ライブを見に行って、こんなに心がいっぱいになって帰って来るのは本当に久しぶりだな、嬉しいな、と思いながらまた瓶ビールを飲んでその日はぐっすり眠った。

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ケルンを旅立つ前の日の夜、これまでの日々を振り返っていた。写真を見て、日記のように言葉を残して、あぁ、本当に人に恵まれた日々だったなぁとしみじみ感じていた。つながりやご縁があって、色んな人が助けてくれてここまで来た。今、また新たな出会いも生まれて、そして日本に戻る。途中、荷物がなくなったりとかもあったけど、みんな優しくて、暖かくて、友達や色んな人達がこの地で迎え入れてくれたんだ、と。

ふと、“Gratitude”が聴きたくなった。パソコンから再生して頭の中で日々を反芻する。そういえば“Gratitude”の歌詞ってどうだっけ?と思って調べてみる。歌詞を翻訳にかけて、なんとなく意味を見てみるとこの旅を示してくれているようだな、と勝手に受け取った。だってタイトルも“Gratitude=感謝”なのだから。

まさにこの旅を象徴するような曲と、言葉。ぴったりとしか言いようがない。静まり返った夜に、この曲を聴きながら訪れた場所や、出会った人たちの顔を思い浮かべた。きっと日本に帰ってこの曲を聴いたらこの旅の日々を絶対思い出すんだろうな、と思った。自分の中でそんな曲になった。

日本に帰ってからも本当によく聴いている。慌ただしく戻った日常で、あの日々は何だったんだろう、と冷静に振り返りたくなって、その時の気持ちを掘り起こすために聴いてみる。今もあのレコードを抱きかかえて、嬉しくって心躍らせながら歩いた帰り道を思い出している。こうして“Gratitude”がまた一つ大切な曲になり、これを書きながら今も聴いている。


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