《伊勢市クリエイターズ・ワーケーション滞在記》寺本愛

伊勢市のクリエイターズ・ワーケーションに参加した。
クリエイターズ・ワーケーションは「新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済対策」として2020年度に実施された事業だが、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令によって度々受け入れができなくなってしまったため、2022年度まで期間が延長された。わたしも何度か滞在スケジュール組む度に上記の理由で延期になってしまった。だんだんと世の中がコロナ以前の速度・頻度に戻りつつあると同時に、わたし自身もそれと関係あったりなかったりの慌ただしい日々が戻り、事業終了が迫る直前の2023年3月に駆け込むように滞在した。これはその滞在記です。


2023年3月6日 月曜

昼ごろ、東京駅から新幹線の自由席に乗り込むと車内はすぐに満席に。デッキにも人が溢れている。海外からの観光客も多く乗っていて、わたしの隣にはインド系の6歳〜8歳くらいの小さな女の子が座った。名古屋で降りる時に女の子の大きなスーツケース (親のものだろう)を少し移動させないと出られなかったので、「エクスキューズミー」と言うべきかなと思いながらも「すみません」と日本語で話しかけ、会釈をしてスーツケースを動かし、元の位置に戻し、また会釈をした。女の子は無言で、大きな瞳でわたしを見ていた。

夕方、伊勢市駅に着く。
待ち合わせの時間より少し早く着いたので、スーツケースを引きずりながら駅からすぐの場所にあるスーパー「ぎゅーとら TRY mart.八間通店」に行く。品揃えと価格をチェックし、見切り品の白菜1/4だけ買う。(滞在先は自炊のできる宿にしてもらった。)
晩御飯について考えながら駅に戻ると、しばらくして白の軽ワゴン車が到着する。ドアには丸ゴシック体でこぢんまりと「伊勢市」と書かれている。運転しているのはワーケーション事務局の三宅さん。助手席には2年前にこの事業を立ち上げた立花さん(現在は別部署)が乗っている。挨拶をして、後部座席に乗り込み、5分もかからずに河崎地区にある滞在先の民泊施設「たらちね」に到着。
宿の前で「たらちね」オーナーの橋本さんと挨拶。橋本さんは舞台女優のような優雅さと力強さを感じる方で、シルバーヘアをラフに束ねた姿がかっこいい。最近目の手術をしたらしく、目ん玉を取り出して、チューッと何かを吸ったか入れたか(どちらか、もしくはどちらも)したらしい。部分麻酔だから何をされているのかわかるの、と言っていた。
4人で「たらちね」に入り、まずは橋本さんから宿の利用についての説明。宿は2階建の元商店兼古民家で昔は牛乳屋だったらしい。1階の和室には、中央に模様が彫り込まれた重厚感のある赤い立派な座卓があり、滞在中はこの座卓でご飯を食べたり制作をしたり、ほとんどここで過ごした。キッチンには塩胡椒など調味料も少し置いてあったのだけど、橋本さんが追加で白だしを持ってきてくれて、これがものすごくありがたかった。毎晩白だしで鍋を食べた。宿の説明が終わったあとは三宅さんと立花さんから事業の説明を聞く。その流れで、明日わたしの書籍を以前から扱ってくれている「水色レコード」に行くことを伝えたら、立花さんが別件で「水色レコード」とやりとりしているとのことで、車で連れていってくれることに。

二人が帰った後、荷物を整理し近所の入浴施設「みたすの湯」に行く。ありがたいことにワーケーション参加者は滞在中無料で使わせてもらえる。シャワーよりも断然湯船に浸かりたい派なので嬉しい。「みたすの湯」の隣に大きなスーパー「バロー ミタス伊勢店」があるので、先に食材を購入する。「みたすの湯」を堪能し、帰宅し、白菜、えのき、豚肉、豆腐を、橋本さんがくれた白だしを使って鍋にして食べた。その後少し作業をしたのだけど、移動の疲れと先日引いた風邪をまだ引きずっていてあまり体調が優れず、1時頃就寝。

2023年3月7日 火曜

寝室のロールカーテンを閉めずに寝たら、朝、寝室に入る日差しがとても綺麗だった。
家から持参した米を炊き、納豆、卵、味噌汁の朝食。洗濯をし、radikoで三重のラジオを聴きながら絵の制作。三重では岐阜や愛知のFMも聴ける。今週末に名古屋で開催予定のウィメンズマラソンの話題を何度か耳にする。

昼、近所のベーカリー「プラティニ」へパンを買いに行く。小さな店で、2人も入れば満員になる広さ。目の前のショーケースから選ぶスタイルで、奥が工房になっている。ハード系のパンで、甘いものから惣菜パンまで品揃えが豊富。迷うわたしに店員さんは「決まったら声かけてくださいね」と優しく声をかけてくれる。後から入店した常連らしきお婆さんが「先にごめんなさいね」とショーケースの中段右端のなにかを注文し、「迷っちゃうわよね。わたしはいつも同じの買っちゃうけれど…若い人は何を買うのかしら」と店員とわたしに話しかける。迷いに迷って、わたしはオレンジとバナナのパンと、小豆が練り込んだパンに桜あんとバターがサンドされたものを購入。ハード系のパンでイチジクとクルミの組み合わせはよくあるけれど、オレンジとバナナの組み合わせは初めて見た。バナナのねっとりした甘味と食感がイチジクの役割に近い。ものすごくおいしかった。桜あんとバターのサンドは口の中が驚いていた。今週から全国的に気温が上昇し、三重も春の陽気で、口の中もぽわぽわした。桃源郷、贅沢な味だった。

午後、立花さんが宿に車で迎えにきてくれて「水色レコード」へ向かう。道中、立花さん達が話す伊勢弁について訊く。関西圏の言葉ではあるけれど、大阪とも京都とも確かに違って、もっとやわらかくて、もう少しなにか別のニュアンスを感じはするけれど、どこがどう違うのかと訊かれると答えられない。立花さんも「伊勢を舞台にしたドラマなどはいろいろあるけれど、伊勢弁はみんな苦労するらしく、なかなか習得できている人は少ない」と言っていた。

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2017年の11月に「水色レコード」の德丸さんから書籍を取り扱いたいとのメールをいただいてから、これまで数回の事務的なやりとりしかしていなかったこともあり、わたしにとってはどこか謎めいたお店だった。実際に行ってみると、服飾品や食器、雑貨、ZINE、CD等が空間のほとんどを占めていて、レジのあるカウンターの横にドーナツをメインとした手作りのお菓子が並ぶショーケースがあった。なので書籍の取り扱いについては腑に落ちたのだけど、腑に落ちてから、そのバラエティに富んだ品々と密度に一瞬「何のお店だっけ」とわからなくなる。「ZINEとかを扱い始めたら、どんどんそういうの作ってる人集まってきて。伊勢にもいろんな人おるんですよ」と德丸さんが言っていた。
伊勢に来たら訪れてみてほしい。德丸さんは子育てをしながらの営業でオープン日が不定期なので、instagram等で事前の確認を。

アイスコーヒーをいただきながら、ワーケーションのこと、お店のこと、伊勢のこと、いろいろ話す。いま「たらちね」に泊まっていることを伝えたら、以前オーナーの橋本さんが経営していたワインバーで徳丸さんも働いていたという。なかなかの偶然だけれど、二人が同じ場所にいるのはなんとなくしっくりくるものがあって、あまり驚きはなかった。
ピスタチオドーナツとクリーム入り米粉ドーナツと、徳丸さんが「なにかの映画で見たやつだ」と思って仕入れた、車のシガーソケットに繋いで使用するレトロな電気ポットを購入した。

帰宅して今日も「みたすの湯」へ。サウナにも入ったりしていたら、気がついたら2時間半も滞在していた。湯に浸かりすぎて逆に疲労を感じる。帰宅して鍋を作って食べて、少し作業をして就寝。


2023年3月8日 水曜

昨日から薄々気付いていたけど、花粉症の症状が出ている。毎年薬を飲んでいたけど、もっと時期が遅かったような気がして油断していた。しかも症状が、去年と比べ物にならないほどに重い。目も痒い。朝ご飯を食べた後、「たらちね」近くの「ウェルシア」で抗アレルギー薬を購入。
(「たらちね」はスーパー、ドラッグストア、コンビニ、銭湯が近いという点でもおすすめの宿だ)

午後、三宅さんが車で宿に迎えに来てくれて、「菊池パール」という、真珠の加工から販売まで行っている店に向かう。今日はここで真珠取り出し体験をさせてもらうことになっている。
「真珠」は今回の滞在の一番の目的でもあった。以前から真珠に興味があり、真珠産業が盛んな伊勢志摩をいつか訪れたいと思っていたので、このワーケーションは絶好の機会だった。わたしは昔から真珠を絵に登場させることが多く、その意味合いは時期や作品によって少しずつ変わっているのだけど、モチーフとして自分にしっくりくるものがあり、長い間描き続けている。

以前、海外のあるファッションショーでモデルが半円の真珠(フェイクパールだと思う)を顔に直に貼り付けていた姿に衝撃を受けた。肌に張り付いた真珠は気味悪さと美しさが混ざり合っていて、10代の頃から皮膚疾患に悩んでいた当時の自分は、その真珠に「吹き出物」を重ね合わせた。
ダイヤモンドなどの鉱物と違って生物から生まれる真珠は、その過程を知るほどわたしは不気味さも感じ、より引き込まれる。真円にならなかった歪なかたちの真珠や十分に真珠層を形成できずに取り出されたものを見ると、それをより実感する。

今回のワーケーション事業では、事前に滞在にあたっての希望を伝えられるということで、滞在スケジュールが決まった時点で早速三宅さんに相談する。具体的な希望としては以下の3つ。

①核入れの作業を見学したい
②貝から真珠を取り出す作業を見学したい
③貝から真珠を取り出す作業を体験したい

しかし三宅さんによると、伊勢市では真珠養殖はほとんど行われておらず、実際に養殖を行っているのは鳥羽市や志摩市になるらしい。ただ真珠販売については伊勢市内にも多くの事業者がいるとのことで、伊勢市内でも探してもらいながら、養殖関係については志摩市役所にも問い合わせていただくことに。そして三宅さんは三重県真珠振興協議会の副会長さんにまでたどり着いたのだが、ちょうどわたしが滞在期間を終える日が浜掃除の日で、その週は準備で慌ただしいとのこと。また核入れは4月中旬から8月頃まで、真珠を取り出す作業は12月頃なので、その時期であれば相談可能との返事をいただく。結果的に③のみの実現となり、紹介してもらったのが「菊池パール」さんだった。三宅さん、本当にありがとうございます。

「菊池パール」に着き、建物を入るとすぐに取り出し体験のスペースがあり、その奥にアクセサリーショップがある。ショーケースに所狭しと並ぶ真珠のネックレスや工芸品が蛍光灯の下でぬめぬめと輝いていて興奮する。
それらを眺めて少し待つと、店員さんから「準備ができたのでどうぞ」と声をかけられ取り出し体験は始まる。赤い容器を渡され、建物の外にある水槽へ向かい、アコヤ貝をトングで掴み容器へ移す。建物に戻り、先ほど通り過ぎた体験スペースに移動し、座り、貝を持つ手にビニール手袋をはめ、利き手に持ったナイフを貝の口に差し込み、貝柱を切るとパカッと開くと真珠があった。「大きい方よこれ」の声。ここまでで1分半くらいだと思う。
もう店員さんも珍しくもなんともない光景だと思うけれど、わたしは静かに感動していた。海水をまとったぷよぷよの内臓の隙間に、つやつやの真珠の一粒がぽつんと居る。このままずっと見ていたい美しさだった。真珠を取り出し、水を張ったボウルでぬめりを取り、再び容器に入れ、アクセサリーショップで金具を選び、「じゃあ加工しますね」と店員が加工室に持っていき、20分後ネックレスになって帰ってきた真珠は一丁前に「アクセサリー」の顔をしていた。

加工を待っている間、「遅くなってすみません」と営業部次長の菊池剛士さんが到着する。それからたっぷりと時間をいただいて、真珠の生成の仕組み、真珠貝の種類、養殖の過程、養殖技術の変遷(技術革新と商品価値の絶妙なバランスも興味深い)、海外含め真珠産業の現状まで、真珠に関するあらゆる話を伺えたのはとてもありがたく、楽しい時間だった。卑弥呼やクレオパトラの真珠にまつわるエピソードも教えてくれて、菊池さんは「歴史が好きでつい喋りすぎちゃうんですよ。前に社会科見学で来た小学生相手に話したら、みんなポカーンとしちゃって」と照れていたのがかわいかった。

「菊池パール」から帰る途中、車窓から見えた下校中の小学生の集団がみんな白いヘルメットを被っていて、それが真珠に見えるくらいにはどっぷり浸かった一日だった。


2023年3月9日 木曜

数年前から日記を付けている。この日は日記を書いたので引用する。

伊勢滞在中。午前は絵の制作、午後に鳥羽のミキモト真珠島に行く。
道中、電車内で近藤さくらさんの『視線の標本』を読んで、ほんとうに良くて、耐えられない気持ちになる。Vol.6に書かれている夫婦生活についての文章は、函館でさくらさんから貰った直後に読んで瞬間的にその場でもくらったのだけど、今日また読んで、やっぱりくらう。
『わざわざ「ずっと一緒にいる」というサインをして それからお互いを自由にする練習です。』
…これを読んで最近考えることをこの後に書き連ねたけれど、函館から伊勢と体調を崩しながらの滞在で、考えることがあまり健康的ではないので消した。

真珠島は2時間半ほど滞在、何度か休憩しながら博物館をじっくり見て、帰る頃には疲労で頭痛。
併設のミキモトのお店には数十万から百万越えのネックレスはじめとするさまざまな装飾品が並んでいた。真珠が連なるネックレスの堂々とした姿は制作過程も知ったことで貫禄を感じたけれど、装飾品になった真珠にはどうにも興味が湧かなくて、一応一通り見て店を出る。これはデザインの問題が大いにある気もする。若年層向けの安価な淡水パールのアクセサリーもあるけど、デザインは時代が止まっているように感じる…。
そしてミキモトはやっぱり真円の真珠こそ、というところがあるんだろうか、バロック(いびつな形の真珠)を使用したものはなかったような。「一流」を維持することの難しさ。
真珠は金具との相性も難しい気がした。真珠がなぜかチープに見えてしまう。いや、これもデザインの問題かもしれない。博物館の2階で展示されていた天然真珠を使用したアンティークジュエリーはうっとりするものがいくつもあったが、これと同等に考えるのは違うか…。

装飾品になった真珠よりも、昨日、菊池パールでの真珠取り出し体験でアコヤ貝にナイフを入れて貝柱を切って開けてぐにょぐにょの内臓の間に挟まった真珠を自分は美しいと感じる。とても惹かれる。
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「たらちね」の近くの「つたや」で伊勢うどんも初めて食べた。話に聞いていた通りやわらかい。白玉よりもやわらかくて消化に良さそう。いまの体調に合っている気もする。やわやわな食感だけどつゆ(タレ?)は甘っ濃くて、そのバランスも好みかも。

寺本愛 - 生活

帰ってから、午前中描き上げた絵をあらためて見て、サインをして完成。その絵にも真珠を描いている。

2023年3月10日 金曜

朝起きるといよいよ花粉症の症状がひどく、朝一番に「たらちね」近くの「河崎クリニック」に行く。「千葉から来ているの?」と訊かれ、仕事で滞在していると説明。耳鼻科は流れ作業的な診察をする病院もあるけれど、ここはとても丁寧な診察で、処方してもらった薬もよく効き、これを書いている今(3/13)はまったく症状がない。3日前が嘘のよう…。

クリニックから宿に戻ってすぐに薬を飲み、再び外出。バスで20分ほどの伊勢神宮内宮へ。本来は外宮→内宮の順序が正しいようだけれど、スケジュールの都合で内宮→明日朝に外宮へ行くことにする。ただ体調があまり良くない上に日差しによって偏頭痛もしはじめて(ボロボロ)とりあえず参拝したぞ、という感じであまり書けることはない…。ただ、参道脇に生えていた大きくて太い木の幹を触ったのは覚えている。
それからバスで伊勢市駅へ戻り、立花さんから教えてもらった伊勢和紙館で未晒し純楮紙を購入。「伊勢和紙」は伊勢神宮をはじめ、全国の神社で御札等に使用される和紙だそうで、それを製造しているのが伊勢和紙館を経営する大豐和紙工業。この紙を使ってなにか描いてみたい。

伊勢和紙館を出て宇治山田駅方面に歩いていき、途中にある喫茶店「モリ」で休憩。窓際の席に座ると風が通って気持ち良い。スパゲッティが有名らしく、スパゲッティとバナナジュースを頼む。スパゲッティは鉄板で出てきて、ナポリタンの周りに卵が敷かれている。真ん中に赤ウインナーとグリンピースがトッピングされている。おいしい。名古屋の喫茶店文化は有名だけど、伊勢もかなり喫茶店が多い気がする。

本を読むなどして休憩。体調を回復させ、「モリ」から徒歩5分ほどの場所にあるシルクスクリーン・リソグラフの工房「MOLE FACTORY」へ。そもそも水色レコードでわたしの書籍を扱うことを德丸さんに提案したのが「MOLE FACTORY」の店主の水谷さんだったらしく、それなら会いにいかなくてはと、水色レコードから帰った晩に水谷さんにメールを送り、すぐに快いお返事をいただき、今日に至る。
入るとすぐにカーブを描いた階段があり、のぼると作業スペースになっている。右手のカウンターにはたくさんの印刷物、左手に大きなシルクスクリーンの機械があり、鮮やかな青色のスウェットにエプロンを着けた水谷さんが作業をしていた。部屋の壁いっぱいにシルクスクリーンでアートワークを刷ったTシャツやリソグラフのポスターが貼られ、棚にもまだ刷られていないTシャツやトレーナーが山積みになっている。中央のテーブル(ここにもあらゆる印刷物が山積み)に置かれた大きなスーツケースには、伊勢在住で様々なバッググラウンドを持つアーティスト達が「MOLE FACTORY」で作ったZINEが詰め込まれていた。さらに水谷さんの私物の、海外のアーティーストのリソグラフのZINE(水谷さんからリソグラフの仕組みを教えてもらいながら読むと、より面白さがわかる)も見せてもらう。工房、良いな。自然となにか作ってみたい気持ちが湧いてくる。「MOLE FACTORY」はパブリックスペース的な場所でもありたいと水谷さんが言っていた。土日はシルクスクリーンのワークショップをやっていて、この場所をきっかけにZINEを作り始めた人もいるそうだ。なんて良い場所なんだ。德丸さんも言っていたように、こういう場所があると様々なかたちでそれを求める人が自然と集まる。「お絵描き」が好きだった小学生のとき、友人関係に悩んでいた中学生のとき、美大の存在を知った高校生のとき、自分の家の近所にこんなお店があったらどうなっていただろう。

2023年3月11日 土曜

滞在最終日。10時にチェックアウトなので、その前に外宮に行く。昨日の昼に行った内宮に比べて、朝の外宮は人が少なくて静かだった。空気もひんやりとして気持ち良い。伊勢神宮は早朝に行ったほうが断然良いということを学んだ。今度また伊勢に来る機会があればあらためて早朝に内宮を訪れたい。

玉砂利が敷き詰められた参道を歩き、案内板に従ってまず正宮へ、そのあとに別宮の多賀宮、土宮、風宮を参拝する。別宮はひとつひとつの距離が近く、短い間隔で「拝む」「祈る」を繰り返すと少しへんな気分になる。どう「へん」なのか書き表すのが難しいけれど、祈るとき、身体から自分の意識が離れていくような感覚になる。祈り終えると意識が身体という器にまた収まる。それを短時間で繰り返すと、収まるときにちょっとだけ「ずれる」ような感覚になる。すぐに元に収まるのだけど。でも「ずれ」たときに、何かしら「落ちて」いる気もする。憑き物が取れる、ということなんだろうか。普段は身体にべったりと張り付いている「意識」に対して、時々こうして揺さぶりをかけることは良いことだと思った。

参拝する人々を眺めながら、みんな拝むとき、どんなことを祈っているんだろう。お賽銭を入れ二礼二拍手したあと手を合わせる。あっさりと顔を上げる人もいれば、長い時間拝んでいる人もいる。わたしは拝むときは心の中で伝えたい内容を文章にしようとする。とてもシンプルな内容で、直前までは伝えたいことが明確なのに、拝む瞬間なぜがいつもガチャガチャと文章が崩れてしまう。特に今回はそうだった。

参拝後、ちょうど営業を始めた「赤福 外宮前店」で赤福を食べ「たらちね」に戻る。10時、向かいのお店にいる橋本さんに鍵を返しに行き、挨拶をして別れる。特急に乗り名古屋で新幹線に乗り換え東京へ。車内ではこれを書いて過ごす。
伊勢を発って5時間半後には帰宅。室内は生暖かい空気が滞留していた。今週急激に上がった気温が関係あるのかわからないけれど、行く前はなんともなかった冷蔵庫から異音がしていた。



本来であれば最大2週間滞在可能なところを6日間のみの滞在となってしまったのはとても惜しいけれど、旅先で絵を一枚描き上げるというは初めての経験で、小さな達成感を感じる滞在になった。自炊ができる宿にしてもらったのが本当によかった。今回は橋本さんの白だしに助けられたけれど、普段の自炊を考えれば油(米油・ゴマ油)、醤油、酢、顆粒出汁、塩胡椒あたりは今後持参したほうが良いと思った。(今回、滞在後半でごま油を買って鍋の「味変」をした)あと乾燥わかめ、デカフェのコーヒー豆も持っていきたい。画材もなにか持ち運びやすいセットをつくりたいな…。
なるべく普段の生活リズムを崩さないまま、家から持ってきた絵の続きを描き、近所を散歩するような気楽さで観光する。1ヶ月くらいがっつり滞在するなら新しい絵を描いてみたいけれど、短い期間だと制作の比重が大きくなって家に篭りたくなってしまうので、制作と観光が無理なく両立できるバランスで。旅先での非日常感を求めながら、同時に出来る限り抗うのは楽しい。


寺本愛 (Ai Teramoto)アーティスト
aiteramoto.com

【滞在期間】2023年3月6日〜11日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)