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2020年12月27日 今年最後の週末

誕生日が来るとその1週間後にクリスマス、その1週間後は年越し。
毎年のことだけど、クリスマス一色だった街やお店は26日の朝にはすっかりお正月モードに切り替わっている。一晩寝て朝起きただけで全く違う世界に来たような、ベルトコンベアーに乗せられて強制的に運ばれているような不思議な気持ちになる。

夕飯の支度をしている時、調理の途中で洗い物が溜まったのでコンロで揚げ物を続行しながら洗い物をする。
コンロの様子を気にしながらの洗い物、シンクの洗い桶の泡に隠れた包丁で指を切ってしまった。思いの外ざっくり切れて血があふれる。傷の部分でドクドクと脈拍を感じるような切り傷。
生きる方向に動いている身体にその方向を逆撫でることが起きた時の痛み。生きるために、傷から流れ出ている血を止めなければと思わせるための痛み。こんな小さな切り傷でもこんなに血は溢れドクドクと痛みを感じるのに。

夕飯の支度の前、WOWOWのアプリで「三浦春馬」と検索をかけた。すると、1月10日の深夜(日付でいったら11日に変わった後)の「コンフィデンスマンJP ロマンス編」の一件しか表示がされない。
これまで「ダイイング・アイ」全6話の再放送や「SUNNY」「罪と罰」「銀魂Ⅱ」「アイネクライネナハトムジーク」と春馬くんの作品の放送を楽しみにできる状況が続いてきたけど、1月10日で一旦それも区切りがついてしまう。
名前で検索をかけても放送予定がないことなんて珍しいことではないと思うけど、「検索結果 該当数:0件」の文字を目の当たりにする日が近づいてきていると思うと胸の奥でザワザワと気持ちに波が立つ。

それから、毎年この時期になると必ずWEBに掲載される「今年亡くなった著名人」、日付順に今年亡くなった人を振り返るあれ。
今年のそれは記事の内容よりも写真だった。お年を召した方々の中で1人場違いな黒髪と笑顔の春馬くんの写真。
この記事に取り上げられなければ取り上げられないで思うことがあるのだろうけれど、目を細めて笑うあの顔がこの記事に結びつけられることのアンバランスを改めて突きつけられた。

「ブレイブ−群青戦記−」、「太陽の子 GIFT OF FIRE」。
2021年この二つの映画が上映されそして終わっていく。
その時私はどんな気持ちでいるだろう。
テレビ番組の検索にも映画館にも情報誌にもWEBにもどこにも春馬くんの名前がなくなってしまったら、私はどんな気持ちになるんだろう。

そんなことを思いながら台所に立ったら、ざっくりとやってしまったんだ。
指を切ったら血が流れて痛みを感じて、目が覚める思いだった。
色々整ってきたと思っても、ほらこの通り、ちょっとのきっかけでグラグラと揺らいでしまう。
それも本当のことだから。今の自分の全部だから。仕方ないからここに置かせてもらおう、目の覚めるような今年最後の土曜日の青空と一緒に。

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