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この地球から愛を飛ばしたの

1996年、わたしが5歳のころ、我が家に初めてのパソコンがやってきた。Windows95を携えたデスクトップパソコン。グレイのボディは木の机の上にどん、と置かれた。当時は父の存在が薄く、ほとんど母子家庭のような家だったから母だけの収入で暮らしていたのに、そういう大きな買い物をするのが上手な母だった。

パソコンが来たのと同時に、わたしは初めてインターネットと出会った。ペイントソフトの使い方を調べたように思う。思い出せるのは「nifty」というサービス名と、表示されたホームページのやたら小さな文字と、今となってはけばけばしく感じる黄色やピンクの背景。

けれど、このときはまだ、インターネットと本当の意味では出会ってなかったように思う。

わたしとインターネットの本当の出会いは中3の卒業式のあと、初めての恋人ができたときだろう。恋人は女性で、13歳年上で、そして教師だった。もちろん親に隠れて交際していたが、一度、自室にある電話の子機で喋っていたら、リビングの親機で母が聞いていたというドッキリをかまされて以降、別れたふりをしてメールのやりとりをしていた。当時、高校生はほとんど携帯を持っている時代だったが、わたしはまだ購入を許されていなかった。ここで活躍するのが、我が家のインターネットだ。

あのグレイのデスクトップパソコンはすっかり日光で黄ばんでいたが、OSを入れ替えられながら、まだわたしの自室で生きていた。そして、そのパソコンを使って彼女に愛のメールをするのだ。

思い出すのは、音。
インターネットにつなぐために珍妙な音が鳴る。
ぴーーーーーーーいーーーーーーいーいーーーーーーぎゃろぎゃろぴ。そんな感じ。FAXを送るときもそんな音がしていた。この音が母に聞かれると、自分がインターネットを使っていることがバレてしまうので、パソコンを布団で覆ったりしていた。
インターネットへの接続が済んだら、メールの受信。たった一通のメールを読むだけでも、今からは考えられないほどの時間がかかる。目の前の画面には地球の絵があって、そこにふぁさあああっと書類が飛んで来るのだ。これ、見たことのない人には全く想像できないかもしれないが、あの書類ふぁさあああを息を呑んで待った人には懐かしいだろう。わたしは正座して、書類が何度もふぁさあああ、ふぁさあああと地球に飛んでくるのを見つめた。

1分ほど待って、ようやく一通メールが読める。愛だ。愛がつまってる。そして即座にインターネットの接続を切る。信じられないが、当時は接続時間で課金されていたのだ。

そこでわたしも彼女への愛をメールにしたためる。そしてまた珍妙な音をさせたのちに、送信。ここでまた地球が登場する。地球から何度もふぁさああああと書類が飛んでいくのだ。すんごい断片的だけど、とにかく書類が飛んでいく。ああこの紙がわたしの愛の手紙なのだ、と思う。

あれがわたしとインターネットとの真の出会いだっただろう。
本気だった。わたしは本気でインターネットに愛をのせていた。

この書類ふぁさああはずっとは続かなかった。どうやら娘の同級生はみんな携帯を持っているらしい、と知った母が携帯の購入を許可したからだ。変な音をさせる必要がなくなり、インターネットのありがたみを感じることもなくなった。

その彼女とは4年後、2台目の携帯が古く感じ始めたころに、別れた。

初めてのインターネットとの出会いは、この地球に乗せた彼女との愛の思い出なのだ。

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