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火花散る、角膜。

海沿いに引っ越して2ヶ月半が過ぎた。子どもたちは保育園に通い、夫は自宅から都内の会社にリモートで働き、わたしはというと専業主婦状態にある。

十代のわたしが知ったら言葉を失うだろう。多少賢い高校を出て、国立大学に入ったわたしが専業主婦?呆れてものも言えない。そう思うだろう。

それは昨年末、母の「大学まで行かせたんだから働いてほしい」という言葉ににじむ価値観そのまんまだ。

今のわたしは、毎日を以前より幾分か丁寧に暮らしていて、外部からの刺激や他人との衝突も減り、穏やかだ。多少つまらない、と感じることもあるけれど、深夜に映画を観ればその場ですぐに昇華できる程度のもので。

朝、子どもたちを保育園に送り届けて帰宅する。登園時にふたりがわあっと泣いた日には特に、落ち着いて丁寧に朝ごはんを作りたくなる。オリーブオイルたっぷりのきのこのソテーを作って、クレソンにのせたサラダ。油揚げと白菜のお味噌汁。もち麦入りのご飯にわかめの入ったふりかけを添えて。あとは納豆。

夫にも同じ朝食を用意する。関東にいた頃はわたしも夫もコンビニで朝食を済ませていた。片道1時間半の通勤のため、夫は働く時間に加えて1日3時間も電車に揺られ、人に揉まれていた。それが今は、朝ゆっくりめに起きても、パソコンを開けば出社できる。夫の生活は、精神的にも身体的にも健康になったと思う。

わたしはどうだろう。

6年半勤めた会社をやめて、毎日意識せずとも会話できる人がいなくなったことは、さびしさと切なさをもたらした。けれど、午前中に掃除や皿洗いを済ませて飲む紅茶はじんわりと身体をあたためてくれた。そして案外、細々とした雑事をこなす時間も悪くないと知った。

けれど。夕方は少しさびしくなる。午前中にはいろんなことがすいすいできるのに、お昼ご飯を食べると途端に使い物にならなくなる自分に出会って戸惑った。

TwitterとInstagramでぼんやりしているうちに日が暮れて、子どもたちのお迎えに行く。無為に過ごしたのは3時間程度でも、なんだか一日を無駄にしたような気持ちで車のハンドルを握ることになる。振り返ればそんなことないって分かるんだけど、とにかくお迎えに行く頃にはどんよりしがちなのだ。

そろそろ、じぶんと家族のため以外に時間を使いたい。

わたしの身体も精神も、人との繋がりを欲している。

わたしのすることが、じぶんだけじゃない誰かにとって喜びであってほしいと感じた。貢献、というと堅苦しいけれど、シンプルに。わたしは、周りのひとに笑ってほしい。笑ってほしいんだよー!

そう思って求人を見た。複数のサービスに登録して、三日ほど真面目に求人を眺めて気になる企業に「いいね」していく。

最後に、自分が「いいね」したお仕事を並べてみるとあら不思議。もうやりたくないと思っていたプログラミングを含むお仕事ばかり。いつの間にか「やりたい仕事」じゃなくて「雇ってもらえそうな仕事」を見ていたと気づく。

これじゃだめだ、と以前に友人に話して一緒に整理してもらった優先順位で仕事を見てみる。

見事に、見事にいいねをつけられない。

転職サービスからは「あなたのシステムエンジニア経験を見込んでスカウトしたい」的なメッセージがばんばん届く。どんどん無視する。

何も残らなかった。わたしの気持ちに引っかかる仕事が、見つからない。焦る。あの会社でこれがしたい、こんな会社すてき!というわたしの感性はもはや死んだのだ、ちくしょう。と悲観した。悲しくてその夜は缶チューハイをぱしゅっと開けてごくごく喉に流し込んだ。気分が悪くなった。

次の日は、もともと約束していたお見舞いの予定だった。

こんなぐだぐだな自分でいいのだろうかと思いながら見舞う。一つ前の投稿のとおり、見舞い相手の状況は複雑かつ困難で、わたしにしてやれることなんてあるんだろうかと悔しくなった。

彼女との会話に、わたしの本音が出ていたのだと、帰りの車で気づいた。

仕事はどう?と聞かれたわたしは

「就職して働くつもりだよ〜でも前とは少し違うことがしたいから難しいなと思ってて。でも、正直家にいるのも好きなんよね、家で働けたらいいなぁ」

これがわたしの本音だった。

家で働けたらなぁ。

同時に湧いて出る言葉は…

そんなの夢のようだなぁ。
自己管理のなってないわたしには無理だろうなぁ。
そんな都合よく働けるわけないよなぁ。
収入も下がるよねぇ。
そんなもんだよねぇ。

いくつもの言い訳がぽんぽこ湧いてくる。

それでも、今のわたしの「家にいる時間がすき」「周りの人に笑っていてほしい」という気持ちと、「やっぱり書いていたい」という信念のような怨念のような心もちをくっつけてみたら、サラリーマンにこだわらなくていいな、収入が減るだろうけど、いいもんねという結論が空から降ってきた。

朝ごはん、家で食べたいし。バリバリ働かなくてもいいもんね。お金がなくたっていいもんね。

そうして

こんなツイートをした。

うんうん、そうそう。納得納得。そう思ってたのに。

こんなコメントをもらって目の前で火花が散った。笑いながら急に泣き出したわたしを見て夫は驚いただろう。

そうだよね。いやほんとそうだよね。目から鱗というか、角膜から火花というか。涙がどわっとね。こうやって自分が自分で作ったルールにハマってしまってるんだと、気づいたこと自体に感嘆して涙が出たよね。悲しいわけではなくて。

ゆっくり朝ごはん食べたいなら食べたらいい。バリバリ働きたならそうすればいい。たくさん稼いでもいい。

朝ごはんをゆっくり食べて、家で過ごしながら、バリバリ働いてたくさん稼いでもいいんだと。そんなこと、気づきもしなかった。

わーーーーーーー!と叫びたい気持ち。

わたしはどうしたい?の自問自答スタート地点にすら立ててなかった!まじかよ。


面白いなぁ。こんなふうに思い込んで、ハマりこんで、うんうん唸って、答えを出した気になって、実は勝手に選択肢をせばめていて、それに納得しようとつぶやいたりして。

この記事を書き始めて、そして書き終わる頃にこんなに笑うと思ってなかった。

あー。すっきりした。

今年初めて、角膜から花火が散った。

どしどし働こう。ばりばりよりも、なんだかわたしに似合ってる気がするのだ。

どしどし行くぞ。

#エッセイ #とは #働く


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