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#11 『お客様の中に』

セントレア発ヘルシンキ行きの空の便が多くの日本人を乗せ今テイクオフした。フィンランド出身の有名デザイナーと一緒に街を回るツアーに、全国から30名が参加。私もそのうちの1人だ。

出発前に何名かの方と軽く自己紹介をした。新婚、デザイナー、医者、バイヤー、老夫婦など様々。みんな北欧デザインが好きという共通点があるので会話も弾み、この旅はとても楽しいものになることを確信した。10時間超の長いフライトもあっという間だろう、そう思っていた。

テイクオフして1時間経ったくらいだろうか、なんと、ドラマでよく見かけるあのシーンに遭遇したのである。

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!」

本当にこんなことが起こるとは…不謹慎だとは思いつつも少し笑ってしまった。どうやら乗客の一人が急に体調が悪くなってどうにもこうにもいかない様子であった。

機内が一瞬にして静まり、緊張が走った。

しかし私は安堵していた。なぜならこの機内に医者がいることを知っているからだ。そうこうしているうちに、搭乗前に軽く挨拶を交わした同ツアーの医者がすっと席を立ち、急病人のところまで行き、しばらくしてから指でOKサインをしながら笑顔で自分の席へ戻っていった。

その表情を見て乗客から歓声と拍手がわき起こった。

楽しい。すでに楽しい。こんなシーンに遭遇できるなんて。これだけでもツアーに参加した甲斐があったと言えよう。満面の笑みを浮かべながら目を閉じていた私の耳にまたCAの声が入ってきた。

「お客様の中にマッサージ師様はいらっしゃいませんか!」

コントかよ!と思わず突っ込みそうになった。気圧の関係か、足の浮腫みの異常を訴える方がいるみたいだ。しかし、そればかりは自分で揉んでどうにかするしかないだろと思っていたが、なんと私の席の隣の方が、マッサージ師だったのだ。

私はもう笑いをこらえ切れなかった。


マッサージ師の方も半笑いで席を立ち、患者?さんのところへ向かった。30分後くらいに笑顔で戻ってきて、私にこう囁いた。

「まさか機内で私の仕事が役に立つとは(笑)。1万円いただいてしまいましたよ」

足もみ30分1万円。なかなかオイシイ仕事である。この時ほどマッサージ師に憧れたことはない。

ユーラシア大陸上空。まだ目的地にも着いていないのに、こんなにも面白いことが起こる旅はそうそうないだろう。

1回目の機内食を食べ終えしばらくした頃、ファーストクラスの方から、子供の愚図った声が幾度となく聞こえてきた。低学年の少年だろうか。長時間フライトの退屈さ加減にしびれを切らしてしまったのであろう。仕方ない。多少騒いだって私は気にしない。

その後も少年の愚図り声はたびたび聞こえてきた。愚図り声のあとに、母親らしき人が落ち着かせる声も漏れてきた。

「映画観たり、ゲームで遊んだりすればいいでしょ?」

「やだ!あきた!つまらない!つまらない!つまらなーい!!」

機内にこだまする「つまらない!」が徐々に乗客を苛立たせ始めた。これから楽しい旅が始まるというのに、「つまらない!」はいけない。母親もなんとかなだめようと必死だった。

「しりとりは?しりとりしよっか?」

「すぐ終わっちゃう!!やだ!」

「じゃあ何がしたいの?」

「ベイブレード!」

「べ、ベイブレード!?おもちゃは持ってきてないから…」

「じゃあベイブレードの漫画が読みたい!コロコロが読みたい!」

「それもお家に置いてきたでしょ…」

これ以上、騒ぎを大きくしたらまずいと判断したCAがこう叫んだ。

「お客様の中にコロコロコミックをお持ちの方はいらっしゃいませんか!」もう私は、自分がコロコロを持っていないことに腹を立てたくらいだ。ここで持っていたらどんなにオイシかったことだろう。万が一他の乗客が持っていたら悔しくてたまらない。そんな気持ちで他の人の反応を待っていたが、どうやら誰もコロコロコミックを機内に持ち込んではいなかったようである。

ホッとしたと同時に私は激しく後悔した。今度からコロコロは肌身離さず持ち歩こう…そう決意した。あぁ、CAの「お客様の中に」シリーズもこれで終わりかと思った瞬間、再びCAの声が機内にこだましたのである。

「お客様の中に漫画家さんはいらっしゃいませんか!」

来た!ついに私の出番が来たのである!コロコロがないのなら漫画家に漫画を描いてもらおうと判断したのだろう。それなら容易いご用である。

私はすっと右手を上げ、ファーストクラスの方へゆっくりと歩んでいった。これで少年の愚図りが止む。機内からは拍手とともに歓声が上がっていた。
本当に漫画のような旅である。こんなにも面白いことが起こるなんて、乗客も一連の出来事を楽しんでいるようだった。私もそんな役に立てて光栄であり、少年の横で得意のギャグ漫画を描いて見せてあげた。

その後、少年の愚図りは止まず、乗客の歓声はブーイングに変わり、残りの5時間が悪夢のようだったことはさらっと触れて終わりにしたい。

最後にひとこと言いたい。

「お客様の中に私を助けてくださる方はいらっしゃいませんか!」

100円くらい意志雄にあげてもいい、それすなわち、隠れイシシタン!