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「27歳サラリーマン男性」の僕が1ヘクタールの山を買ったわけ

1.林業をあきらめた山主さんの口ぐせ


山林を所有している人のことを一般的に「山主:やまぬし」と呼びます。僕が住んでいる神奈川県山北町は面積の9割が山林でできていて、1000人ぐらいの山主さんがいらっしゃいます。山主さんがお金を出し合ってつくった森林組合という組織で雇われの職員をしている関係で、僕は地域の山主さんと関わる機会が非常に多いです。

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意外に思われるかもしれませんが、ほとんどの山主さんは自分が所有している山林にあまり関心がありません。なぜなら山主さんは、林業をやって稼いでいく難しさを知っているからです。実際に今、日本で取引されている丸太の価格はピーク時の3分の1~4分の1ぐらいになってしまいました。

この状況で林業をやって稼いでいくのは簡単なことではありません。(山主さんたちの山林を整備している森林組合としても、踏ん張らなければならない局面に立たされていることも間違いありません。)一部の意欲ある山主さんでさえ、林業できちんと稼げているかというと必ずしもそうではなく、意欲があるがゆえのジレンマを抱えては歯がゆい思いをされています。

憤りと諦めの気持ちをいっぺんに吐き捨てるように、「こんな木は燃し木にしかならねえ。」と言う山主さんもいます。それは、カミキリムシが巣食ったことで空洞やシミができ、建築の材料としての値打ちが下がってしまったスギの木を指してのことで、口ぐせのようになってしまっているのです。

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でも正直なところ僕はそこで、

「燃し木にはなるんですよね!?」

って考えちゃいます。燃し木がいかにも値打ちのないものとして扱われている気がしますが、実は馬鹿にならないと思います。

例えば、1㎥のスギ丸太から作り出せる燃し木の数は、規格にもよりますがだいたい80~100束で、仮に一束500円で売ったとしたら40000~50000円の売り上げになりますよね?

これは今、上等なスギ丸太1㎥が取引される金額の3倍以上にあたり、並以下のスギ丸太と比較すれば場合によっては10倍以上にもなる金額です。もちろん、燃し木を作るにはコストがかかりますが、山主自身がタイムコスト(時間)とフィジカルコスト(体力)をかければ人件費をかけなくても作ることは可能です。だから、燃し木にしかならない木をはじめから値打ちのないものとみなしてしまうのは単純に機会損失だと思うのです。

それから、そもそも「本当に燃し木にしかならないのか?」

という疑問は山主さんである以上は常に持っておいた方がいいような気がするのです。生意気かもしれませんが純粋にそう思っています。(ちなみに今更ですが燃し木ってのは「薪」のことです。)


2.山がほしくなっちゃった


僕が林業の世界に飛び込んだ理由は単純に、木を伐ってみたかったからであり額に汗して働きたかったからです。今となってはその願いも叶い、好きなことを仕事にできているので本当にありがたいことだと思っています。

一方で、それまで知識としてはなんとなく理解していた日本の森林・林業が抱える問題が、より身近なものとして感じられるようになりました。先の「燃し木」の話でも分かったのですが、今日本の山主さんは、自分が所有している山林を愛することができていない状態なのだと。

そして、山主さんが発信するネガティブな情報を聞くにつけ、「自分がその立場だったらどのようなふるまいをするだろうか?」と考えるようになりました。

また、山主さんが自分の山林を愛している状態があちこちでできれば日本の森林・林業が抱える問題の大部分は解決できるはずだとも考えました。

山主さんが自分で木を育てて、伐って、売ることを地道にやっていけば、副業としての林業は十分成り立ち、結果として自分の山を愛することができるのではないか、という仮説を思いつきました。

この時に僕はもう完全に山がほしくなっちゃっていました。


3.コンビニには売ってない


では、どうすれば山が手に入るのでしょうか。

当時の僕はそれがコンビニには売ってないってことぐらいしか知らず、マジでそのレベルからのスタートです。

んb

調べたら、今ではネット上で売りに出ている山林の情報を公開し、売買を仲介してくれるサイトがあるようです。(山林売買.net 山いちば 山林バンク など。)しかし、僕が山林を買いたい理由は自分で木を育てて、伐って、売ることなので自宅から簡単に行ける距離でなければなりません。これらのサイトは画期的でめちゃくちゃ有益なものだと思いますが、ここから理想の物件を見つけることはできなかったので、別の方法を考えることにしました。


4.「先祖代々の土地」


僕は普段の仕事の関係上、地域の山主さんと関わる機会があるので色々な方にお話しを伺ってみることにしました。

その中で印象的だったのは、

「先祖代々の土地を簡単に手放したらお墓に入れてもらえなくなる。山林を所有していても得することはないかもしれないが、特段損もしないのであれば売るという選択肢はない。」

という内容のご意見でした。そのような価値観で山林を所有している方がいることを全然知らなかったので僕は純粋に驚きました。なるほど、確かに山林を活用して稼いでいくのは簡単なことではないけれど、税金等の維持費はほかの宅地等の地目と比べればとても安く済むわけだから、どうしても売りたいという山主さんはそう多くはないようなのです。

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また、貸すのはいいけど売りたくはないという方も一定数いらっしゃるようでした。なかなか難しいものですね。これでは、一人ずつお話を伺っていても時間と手間がかかりすぎると感じたため、また別の方法を考えることにしました。


5.ついに僕は山主になった


次に考えたのは不動産屋さんです。

「宅地や建物は扱っているだろうけど、山林はな…。」とあまり期待していなかったのですが、結論から言うとこれが正確でした。

ある不動産屋さんを訪ねて色々と相談してみたところ、一件の山林を紹介していただくことができました。そこは、十分僕の生活圏内にあり、木の搬出もしやすく、雑草やかん木等の有象無象がはびこっていて非常にやりがいがありそうな山林でした(苦笑)。面積は、約1ヘクタール。売主さんは遺産相続の関係で不在村者となり、遠くに住んでいました。とても管理しきれずどうしても売りたかったのか、比較的安い金額が提示されました。

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何度か現地を見に行った後、僕は買い付けの申し込みをしました。さらに後日、準備が整ったところで不動産屋さんの事務所で売主さんと初めて対面し、取引が行われました。

ちなみにその時の流れは以下の通りです。
①売主さんとご対面
②不動産屋さんより重要事項の説明を受ける
③売買金額を売主さんに現金で支払う
③売買契約書を交わす
④売主買主双方が仲介手数料を不動産屋さんに現金で支払う
⑤あとからやってきた司法書士さんに、不動産登記代行の実費および手数料を現金で支払う
⑥雑談
 
という具合に、僕はものの30分で山主になってしまいました。正直に言うと、自分史上最も巨大な買い物だったので、お金を払うときは一瞬不安になりました。

でも、取引を終えた今は大きな荷物を背負った感覚ではなく、むしろ精神的に解放された感じがしています。「やりたかったことができるかもしれない。」という前向きな展望がより現実に近づいたからです。

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また、雑談の中で分かったのですが、今回のように不在村者が土地を処分したがっているケースは、それが目に見えないだけで少なくないとのこと。これから土地を管理する世代が代わるにつれてそのような物件はどんどん増えてくるかもしれません。


6.山を買うときに気を付けたいこと


今回はたまたま自分の希望と物件の内容がマッチしたので即決できたのですが、こんな巨大な買い物をノリと勢いだけで決めてしまうのはたとえ金額が安くても危険です。

そこで僕が感じた山を買うときに気を付けたいことをざっくりとまとめてみたいと思います。

①活用方法を明確にイメージできているか
これは言うまでもないような気がしますが、その山で何がしたいのかが決まっていなければなりません。僕の場合はもっぱら、林業経営でした。

②維持費がどれぐらいかかるのか
山林を所有すれば当然維持費がかかります。初年度は不動産取得税。毎年の固定資産税。農道や林道に面していればその管理組合に入る必要もあるかもしれません。定期的にある清掃活動に出られなければ出不足金を徴収されることもあるでしょう。逆に、電線や電柱がかかっていれば電力会社からの補償料が入ってくる場合もあります。

③現地に行ってきちんと状況を確認する
どのような状況なのか自分の目で確かめて、その山林を活用するイメージが実際に湧いてくるかということも大事だと思います。今回のケースでは、良い木も結構立っていましたが、一部非常に荒廃した場所もありました。それでも時間をかけてきれいに整備していく過程を想像したら無性にワクワクすることができたので納得して決めることができました。

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④自分自身に活用するノウハウがあるか
山林の資産価値は、道路からの距離や地形地質、生えている木々の状態等で判断することができます。それを見極めることはもちろん重要ですが、それよりも自分自身にその山林を活用するノウハウがあるかどうかはもっと重要だと思います。例えば、どんなに立派な木が生えている山林でも自分自身に伐採技術がなかったり、信頼できる伐採業者を知らなかったりすればその木を利用することはできません。また、補助金の上手な使い方や、費用の抑え方、木の売り方など、知っておかなければならないことはたくさんあると思います。

もっとも、このあたりのことは山を買った後でも勉強することはできると思いますが。僕自身も絶えず勉強していかなければいけないと思っています。

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⑤どのような規制があるか
例えば特定の公益目的を達成するために国や都道府県が指定する「保安林」となっていれば伐採規制があります。やりたいことがあっても、そもそもその場所でできるのかどうかはあらかじめ調べておく必要があります。


7.やっぱり山仕事はたのしい


好きなことを仕事にすることができているので、林業事業体の従業員としてやっている普段の山仕事はもちろんたのしいです。

ところがひとりの山主になって、週末に自分の山でのんびりとする山仕事は震えるほどたのしいです。

「のんびりとする」ってのは、体力的に十分余裕をもった状態でできるってことと、一つ一つの作業に十分時間をかけられるってことにつながります。普段の仕事で身につけたことをそこで実践したり、新しいことにも自由にチャレンジしたりできるので、きこりとして飛躍的に成長できる環境を手に入れてしまったような気がします。

 また、自分で伐った木が少しずつですが売れ始めています。これは本当にうれしいものです。山主が自分の身体を動かして地道にやれば、副業としての林業は成り立ち、結果として自分の山を愛することができるのではないか、という仮説はいまのところ大きく外れていないと思います。少なくとも僕は今、自分の山を愛しています。


8.まとめ


僕はできれば林業をあきらめたくないので、今回手に入れた山で色々なことにチャレンジしていきたいです。

まずは、「燃し木」づくりから。

他にも10000本/ha植えの超密植の植林をやってみたり、伐採した木で丸木舟を作って湖に浮かべたりするのも面白そうです。

林業体験もぜひ企画してみたいです。補助金をあえて1円も使わずに林業経営をやってみて、30年後どのように評価されているのか検証する、という愚かなことも山主ならできるはずです。

いまのところ資金が潤沢にあるわけではないので時間と体力を使って地道にやっていきたいと思います。

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