大衆割烹と、砂の女
これはいささか偏見じみた持論だけれども、カウンターで
「お隣失礼します」
などと礼儀正しく挨拶する人は、まあ大抵県外から仕事で来た客だ。
割烹とはいっても、「蒼汰の包丁」の富み久のような料亭ではなく、あくまでも大衆割烹。この雑然とした店内の様相と、その「大衆」という響きが良い。
カウンターで瓶ビール、アサヒを手酌で。
いつものように、ネギマ。
「桜も満開になったな、お兄ちゃん」
だみ声のお姐さんが伝票をすっと曇ったガラスのコップに入れる。
今日は割と混んでますね、と言うと、
「前はもっと満員になっとったんだじぇ?」
と返すジブリ映画に出てきそうなアーリー昭和生まれのお姐さん達。
瓶ビールがいつの間にか空になっていたので鳴門金時をロックで。
お隣の県外から来たらしき方が
「ここに書いてある日本酒しか置いてないんですか?」と。
「うーん、だいたいやねえ」
竹村健一氏みたいなことを言うお姐さん。
「あー、ほかには
久保田があるわ」
ってなんで徳島に来て新潟の酒(しかも銘酒である)をわざわざ飲むんじゃ
こんなんやけん徳島は地元の酒消費量ワーストなんじょ、ジブリの竹村健一さんよ、とひとりごちる。
このお店はだいたい4品に1品くらいの確率で注文が通ってなくていつまで待ってもやって来ないというトラップがあり。
伝票を指差して、ねえ、これ通ってる?と聞いてみると、
例のだみ声のオネエサンが厨房担当に
「ウツボ唐揚げ通ってる?」と確認してくれるのだけれど。
当然ながら「は?通ってへん」と言われるので、まあ、キャンセル。
「え?いらんの?」
と厨房から言われるが、まあ、いらんよね。15分以上時間が過ぎると、食べたいと思って食べたいと思ってた気分も変わるのでね。
トイレに立ったら、キモ焼き食べながらカウンターで文庫本を一心不乱に読んでいる方がいた。
似たようなことをする人がいるものだ。
大衆割烹には紙の本が似合う。
普段は電子書籍しか読まないワタシも、ここでは『砂の女』(その後、2024年に漸く新潮文庫が安部公房作品を電子化した)とか三島由紀夫の『肉体の学校』なんかを頁をタレで汚しながら読んでた。
あの人は何読んでいたのだろうか。興味あるなあ。
オーダーを取りに来たアルバイトの男の子に、いいからそっち先に出してあげなよ、とカウンターの上に出来上がった皿を指差す常連が良いね、そういう粋でカッコいい飲み方をしたいよね。
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