「自己愛の時代」の治療者

10代の頃、私にはヘンな「口グセ」がありました。

厳密には、声に出してはっきり言ってはいなかったので、
「口グセ」というのもおかしいのですが、常に頭の中にあり
小さくつぶやいていた言葉、
という感じ。

それは

「わたしの人生は、まだ始まっていない」

というものでした。

思えば小学生の頃から、10代後半くらいまで
10年間くらいでしょうか。
いつも頭の中で
つぶやいていたのです、
この不思議な呪文を。

誰かに向かって言うことは決して無く、
自然と頭の中でつぶやいていたので、自分ではなかなかヘンだと気付けなかったのですが

17歳の夏、わたしは急に気づきました

「あれ…?
わたしの人生っていつ始まるんだろ…?

17歳って、二度と再びない“青春”(笑)
のはずなのに、
わたしの人生が始まってない、ってどうして…??」


そう気づいた時から
わたしの「格闘」が始まり、各種依存症だったわたしの「回復」の過程が始まるわけですが

依存症からの回復についてはこちら→
https://note.mu/ishikawa1002/n/ne0e213b62328

人生は当たり前に、生まれ落ちた瞬間から始まっています。
なのに
「まだ始まっていない」
というのは、どういうことか。


今のわたしには全てわかっています。

10代までのわたしは、誰にも興味を持たれていませんでした。

両親も祖父母も、わたしに興味がありませんでした。

ひとりっ子のわたしは5人家族で、両親と、
父方祖父母と同居でしたが

家の中で、
いつもわたしは
「ひとりぼっちだ」と感じていました。

「身を切られるような寂しさ」を感じながら生きていました。

友人はそれなりにいましたが
「根源的な寂しさ」が埋まることはありませんでした。


少し専門的な説明をしましょう。

人の心の成長は「二者関係」から
始まります。

「二者関係」とは、根源的な「母子関係」からなるもので
唯一無二の緊密な他者(母的存在)からの、愛情(肯定的関心)による深い繋がりです。

「二者関係」における愛情(関心)の欠乏は
圧倒的な不安と寂しさの感覚を生み、
その欠乏は
「三者関係」(社会的な対人関係)では満たされません。

わたしの人生が
「始まっていない」と感じられたのは
この欠乏のためでした。

わたしは
人生を始めるためのエネルギーとなる、
人生初期の愛情(肯定的関心)がまったく足りていなかったのでした。

だから、ものすごく人に注目されたい、
関心を得たいと欲していました。

20代のわたしが「舞台女優」をやっていたのは
そんなわけだからです。

できるだけ多くの人の注目を。
できるだけ多くの関心を。

でも実は、わたしが欲していたのは
「二者関係」でしたから、
たった1人の大切な人から愛されただけで
満足だったのでした。


今のわたしは
「わたしの人生はまだ始まっていない」
と嘆いていたあの頃から遥かに遠く
わたし個人への興味関心など、
もはや、どうでもよろしいです。

そんなことより、
わたしがあなたに関心を持って見続けていることが、あなたに伝わっているだろうか。

わたしのあなたへの関心があなたに届き、
あなたの心の支えになることに
エネルギーを注いでいます。

わたしは成長し
「注目されたい人」ではなく
「注目する人」になりました。


インターネットの時代、
誰もが「発信する時代」です。

何か「発信」しなければ、誰からも「注目」されず、関心を持たれず、
この世にいないも同然、
という強迫観念が、すでにわたしたちを覆っているような気がします。

自分が人から
「関心を持たれているか否か」
に心を砕き続けるなら、
それは二者関係を求める幼児的自己愛の世界に留まり続けることを
意味するのではないでしょうか。


そこから成長することは可能です。

たった1人の、大切な人に出会うこと。
その大切な関係を、恐れないこと。

この続きはまた。


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