花束贈呈係について

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From: 総務課××

To: 営業部◯◯

> ◯◯さん
> 来週の送別会で、△△部長への花束の贈呈をお願いをしたいのですが,如何でしょうか。良い返事をお待ちしています。

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こんなメールが届くたびに絶望してしまう人、一体どれくらいいるんだろう。

絶望、と言われてピンと来ない人の方が圧倒的に多いかもしれない。


私の勤め先は従業員およそ100名くらいで、男女比は9:1から8:2くらい。女性が圧倒的に少なく、私はその少ない方に入る。年度ごとの人の入れ替わりが比較的頻繁で、その度に大小様々な規模で送別会や歓迎会が開かれる。

そこで都度誰かに依頼されるのが「花束の贈呈」だ。私も過去に何度か引き受け、何度か断り、何度かは断ったにも関わらず結局やることになった。依頼文句にははほぼ100%「花束はやはり女性に渡していただくのが良いかと思いまして...」という旨の一言が添えられる。

新人の頃は、ほとんど関わりのない上司や先輩への花束贈呈の依頼に「何で私なんですか?」と尋ねることもしなかった。ふと疑問に思っても「ま、そういうもんだろな」「面倒臭い奴だと思われたくないし」という思いが勝った。だって、花渡すだけでいいんでしょう?

そうやって過ごしていた頃、女性の先輩方と食事する機会があり、花束贈呈の話題になった。

その日の食事に誘ってくれた中には、勤続15年ほどになる大先輩もいた。先輩が勤め始めた頃、この職場には多い時で3名ほどしか女性はおらず、花束贈呈係はいつも彼女の役割だった。その中で一番若かったからだ。

ある日、年下の女性職員が入社した。その年の終わりの送別会は、その新人が花束を贈呈した。すると先輩に声をかけてきた男性上司がいたそうだ。

「あ〜あ、お役御免になっちゃったねえ〜」

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私はその場に居合わせたわけではないので、男性上司の声色や表情を知る由もない。だけど、その「お役御免」という言葉は私の頭の中に響き続けた。

そしてある年、私への花束贈呈依頼が「(退職する上司)も若い女の人にもらった方が嬉しいだろうから」というセリフとともにやってきた時、その残響が大音量になったような気がした。

退職する上司は長年会社に貢献し、多くの功績を残した人だった。柔和な人柄で決して語気を荒げることはなく、部下や同僚達からの信頼は絶大だった。部署も違い挨拶程度のやりとりしかしたことのなかった私すら、尊敬の念を抱かずにはいられない偉大な先達だった。

そこに「若い女の人に是非」と花束係の依頼が来たのだ。立ち止まって考えずにはいられなかった。

彼への最後の労いを、よく知りもしない「若い女」が花を渡すことにしてしまって良いのだろうか?

彼の長年の功績や築き上げた人間関係を振り返った上で讃えることをせず、彼を「若い女に花をもらったら喜ぶ人」として扱うのか?

尊敬する相手であるからこそ、「若い女」であることを理由に選ばれた自分が花束を渡す訳にはいかない、と思った。勇気を出して「他にもっと親交の深い方や業務で関わりの深かった方のほうが良いのではないでしょうか?」と言ってみた。でも、

「他にいい人いないんだよね」

と一蹴されてしまった。

送別会当日、公私ともに上司と親交が深かった人たちはわんさか出席していた。

送別会最後の写真撮影では、酒で頬を上気させた別の上司が、私を含む女性数名に「ほらほら、xxさんの隣に行って!最後なんだから両手に花添えてあげてよね!」と、私たちが不義理だとでも言いたげに急かし立てた。

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嫌なら断ればいい、と思われるかもしれない。でも断りづらい要因が多数あることは想像に難くないはずだ。

「祝いの席に水を差すようなことは言わないでよ」「オジサンが花渡すの変じゃん」「これも新人の仕事だから」「えっ、△△さんのこと嫌いなの?」「花束くらいで大げさな」「むしろ栄誉じゃないの?若くて可愛いって言われてるようなもんじゃん」

「若い」「女」にやらせる仕事だからこそ交代の日が来たら「若くない女」の烙印を押されたことになり、本人がそのことをどう思っているかに関わらず、嘲笑混じりに憐れまれる。

そして男性職員たちは、花束贈呈係を選定する時、まるで自分たちが女性に「若さ」という勲章を与えて賞賛しているかのように振る舞う。

それは、自分が人と人を比べ、選び、批評し、消費する側だと信じきっているからだ。

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私は、お世話になった先輩になら、それが女性でも男性でも最後に自ら進んで花束を渡し、労いの言葉と感謝を伝えたい。贈呈する相手のためにも、その場所を「若い女」「若い男」のものにはしたくない。そしていつか自分が退職する時も、きっと「若い異性に花を渡されて喜ぶ人」として見られたい、とは思わないだろう。

性差を元にした不文律に異を唱えれば即刻「ある種の思想を持った人」とカテゴライズされ、結果身動きが取れなくなりがちだが、私が「若い女であるという理由で任命される花束贈呈係」を拒否したいのは、大きな理念あってのことではない。単純に目の前の一つ一つの出来事に違和感を覚えて、その違和感を解消したいと感じているだけに過ぎない。そういうささやかな抵抗を試みることが、性や年齢を問わず自然な振る舞いであると認められる社会であれば良い。

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