コンプレックスを知らんぷり

コンプレックスを知らんぷり

小川たまかさんのコンプレックスについての記事を読んだ。

>>「私のコンプレックス、何だと思う?」 3人の友だちに聞いてみたら…

ハフポストさんは今、「コンプレックスと私の距離」という特集をしているらしい。

たまかさんの記事は私の思うことと共通するところがたくさんあった。

「私ももちろん、劣等感とかあるいは嫉妬とか自分自身の嫌いなところは腐るほどある。でも、自覚して人に話したり文章に書くことができる時点で、その劣等感とか複雑な感情の半分ぐらいはケリがついてないだろうかと思う。」

という部分。そう、ある程度解決していたり、実は「私自分のこういうところがコンプレックスで・・・」と言いつつ本心ではそこまでコンプレックスだと思っていない、むしろなんならそのコンプレックスがいいとこやん!と思っているようなこと(つまりコンプレックスじゃない)はここに書くこともできれば気軽に友達にも相談できる。

自分や人のおかげで解決してきたコンプレックスたち

ハフポさんのコンプレックスに関するアンケートにもあったのだけど、数多くあったコンプレックスの中で解決したこともある。どうやって解決したかというと、大体が「コンプレックスをなくすことを諦めた」だった。そうやって自分の嫌なところをなくそう、改善しようとすることを諦めることによってなぜか解決されたり、そもそもコンプレックスに思う必要がなかったんだな、むしろこれ長所だったじゃん!と思うようなことはたくさんあったし、そうやって乗り越えてきた。そうやって強くなってきた。(大げさ)

それは例えば声が低いので写真で見てても実際に会ったらがっかりされるとか、性格が可愛くないので顔だけ見てた人は喋るとがっかりするとかの逆ギャップ系とか、芝居が下手なこととか、しょっちゅう病んでフェイスブックに病み病み投稿をしてしまうこととか、人との会話をポンポンできないこととか気の利いた面白いことを言えないこととか(バラエティ的な仕事とか苦手すぎた)、基本的に暗いこととかテンションが高くないこととか、思い返したらたくさんあったのだけど今はどれもなんとも思っていない。

これらはさっき言った通り「別にこのままでいっか」と思えたこととか、むしろ人に「それが良いのだ」と言ってもらえてその言葉を私も信じてみようと思えたことをきっかけに解決されたのだと思う。

いまだに自分にとって解決していない、本当のコンプレックスは文字にするどころか考えるだけで心がうにょうにょするのだ。うにょうにょとは、心が拒否する感じを文字に表したものである。

心の中のもう一人の私が、「それは言わないで!」「それには触れないで!」「考えたくない!」と言ってくる。

向き合おうとすればするほど惨めになるし、自分を責めるしかないし、可哀想だし、自分には価値がないと思わざるを得ないから。

じゃあ、ここに書けないコンプレックスを今日は勇気を出して書いてみようと思う。自分の中で何かが変わることを期待して。

誤解されたくないコンプレックス

そのコンプレックスをここに書きたくない理由は、きっとバカにされると思っているからだと思う。

きっとミソジニーなやつらから「クソフェミだからw」だとか「淋しい女だなw」だとか言われるだろう、みたいな。

それに加え、それによって望んでいない好意が来そうで気持ち悪い、というのもある。

私のコンプレックスは、「自分が好きになった人に好きになられたことがほとんどない」ということだ。

こうやっていうと全然知らない人が「僕が愛します!」と言ってくる現象が起きるのだけど、そんなことは望んでいないし気持ち悪い。
これは「私、セックスが好き」というと「じゃあ僕と」となるあれと似ている気がして気持ち悪い。

誰も「誰でもいいから愛して欲しい」なんて言ってないし、「誰でもいいからセックスしたい」なんて言ってないのだ。

ミソジニーなやつらのいう「フェミはモテない」とちょっと違うと思うのだ。やつらは「男に相手にされない女」だと思っていないか?それを見て「寂しい女の妬み」だとか言っているのでは?

いやいや。私は私に構う男をただ単に増やしたいのではない。私が好きになった男の気持ちを私に全て注がせたいのだ。どうでもいい男から誘いが来てもそれは別にいらないのだ。それは「モテる」とは私の中で言わないのだ。

ちょっと話がフェミニズムに寄ってしまった。フェミニストなので許してください。

好きになった人にとことん愛されたのは、私の30年間の人生で一人かもしれない。

唯一の両想いだったと思う。もう10年以上前の話だ。

それ以来私は好きになった人にとことん好きになってもらえない。なってもらえなさすぎて「私のコンプレックスは好きになってくれた人のことを好きになれないことの方かも」と考えるくらいだ。

もちろんこれも大切な話だろう。好きになってくれた人のことを好きになれないこともある。そこに「好きになれない自分が悪い」という気持ちがどうしても入ってしまうのは、やっぱり「私は女で選ばれる側」という意識が自分の中にまだまだあるからなのだろうか。

こういう話をすると「それは自分のことを好きじゃないからだ」という人もいる。それももちろん一理あるだろう。「自分を好きじゃない人は自分のことを好きな人のことを気が合わないと思ってしまって拒否る」。言っていることはわかる。だけど気持ち悪いもんは気持ち悪い。好きになれんもんは好きになれん。問題なのはそこに勝手に罪悪感を持ってしまう自分な気がする。あ、「好きになってくれた人を好きになれない自分にも責任が」とか思ってるのは自分のことを好きじゃないからなのかもしれない。

知らんぷりは根本解決じゃない気がする

「好きな人に愛してもらえなくて、寂しい」がコンプレックス。
先に書いたように、寂しいのはモテないからじゃない、好きな人に愛してもらえないからだ、ということをしっかり主張しておきたいけど、寂しいもんは寂しい。し、こういう理由で寂しい思いをしている、っていうことはあんまり知られたくないからこれがコンプレックスなんだろう。考えれば考えるほどずっと一人の私は惨めだ。

「好きになった人に好きになってもらえないなんて、自分に魅力がなくて他の女の子みたいに可愛くなくて、つまらない女だからなんだろうな〜。

あーあ、みんなパートナーがいていいな、仲よさそうで愛し合っててお互いに助け合ってて、結婚したり同棲したりしてていいな〜!

それに比べて私は・・・」

こんなドロドロした気持ち、人に見せたくないよな。

他のコンプレックスのように、諦めれば良いのだろうか?諦めれば解決されるのだろうか。

いや、でも私は大好きな人と両思いになって結婚することが夢なので諦められないのだ。

このハフポさんの特集をきっかけに、改めて向き合うきっかけをもらった。知らんぷりしたいけど、知らんぷりしてたらいつまで経っても解決されない。

こうやって一つ文章を書いただけでも見えたことはたくさんあるような気がする。今日から自分としっかり話し合って折り合いをつけられたらいいな。

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グラビア女優・石川優実です。 様々な形で、性や男女の違いについて表現しています。 100円から支援ができます。今後の活動費や私が幸せを感じるものや事に大切に使わせていただきます。

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石川優実

グラビア女優です。性や男女の違いについて表現しています。映画・舞台・グラビア・文章など。
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