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杉田庄一ノート102 「海軍少年飛行兵」(朝日新聞社)…その3 入隊するまで

「海軍少年飛行兵」は朝日新聞社が作成した、少年飛行兵になるための手引書(参考書)である。最初の章は「入隊するまで」となっていて、「一 志願するにはどうしたらよいか」「二 採用試験はどんなものか」という二項目で構成されている。乙種予科連を志望する者を基本として書かれていて、甲種希望者はそのほかにプラスアルファがあるという付け足しで補っている。丙種については、とくに触れていないが、試験内容は乙種と同じと考えれば良いだろう。

以下の文章は、旧仮名遣いを私なりに直したものであるが、一部漢字をかなに、かなを漢字になおして読みやすくしている部分もある。あくまでも自分の参考資料としているものであり、引用する場合は原著にあたってほしい。


一 志願するにはどうしたらよいか
 海軍少年飛行兵となるのには、 いったいどんな資格がいるかというと、ただ日本男子で甲種は数え年十六歳から二十一歳まで、乙種は、同じく十四歳以上二十歳未満という年齢の上にわずかな規定があるのと、甲種は中等学校三年修了の程度、乙種は、国民学校卒業程度の学力があればよいので、別にこれと言って難しい規定は何もない。 学力であるから、別段学校を出るとかいう学歴はなくともよいので、例えば国民学校を卒業して職業に就き、働きながら、中学三年修了程度までの学力を身につけ、年齢さえ以上の規定に合っていれば、甲種飛行兵を志願することができるのである。 この程度の学力というものが、もしよくわからなければ、知り合いの学校の先生に尋ねてみればすぐ分かる。早く言えば、この年齢内のもので以上の学力があれば、立派に応募資格があるわけである。
  それではどんな手続きをすればよいかというと、毎年各府県知事から翌年採用される海軍志願兵募集の告示が出たり、海軍人事部のポスターが貼り出されたり、新聞、雑誌、ラジオなどでも知らされるから志願したいと思うものは、飛行兵(飛行予科練習生)を志願したい旨申し出て、 この本の付録に載っているような規定された志願書をもらい、それに必要な事柄を記入して差し出せばよいのである。その書き入れかたも役場の兵事係がよく知っているから、わからないことがあったら何でも聞いてやればよいが、願書の締め切り期日については各地方、殊に暖かい地方と寒い地方などでは多少違う場合もあるから、定められた期日に遅れないようにしなければならない。そしてもう一つ注意したいのは朝鮮、台湾、その他外国にいる者は、一応内地に寄留してから志願をすることである。 この寄留の方法も役場へ行って聞けば教えてくれるから少しもむつしいことはない。また、破産の宣告を受けて、復権しないものや禁錮以上の刑に処せられた者は残念ながら志願できない。なお付け加えれば、この海軍志願兵の志願というものは、兵役法で定められた規定によっている極めて崇高なもので、この志願はどんなものにも妨げられることはないのである。例えば現在徴用令によって徴用されている者でも、あるいは年季契約の下に雇用されている者でも誰でも志願できるのであって、この志願の意志はどんな人も、抑え止めることはできないのである。 ただ、父兄の承諾さえうれば、堂々と志願できる性質のものだから、一旦志願しようと決意したら、志願の気持ちを変えずにこれを貫くことである。
 ともかく、以上のような志願の手続きをして、役場の兵事係へ行って願書さえ出しておけば、あとは規定された期日に検査を受ければよいのである。

 繰り返し書かれているのは、試験は難しくないので大勢受けてほしいということである。中にも触れているが、飛行機搭乗員が不足しているので、大勢に受験してもらい、その中から優秀なものを採用したいという意図が強く出ている。

二 採用試験はどんなものか

(イ)第一次の検査
 願書を出しておくと、やがて第一回の検査の通知がある。 この検査は、他の海軍志願兵と同様に海軍の徴募官が各地方を回って施行しているのである。
 試験の場所はその府県での大きい都市の有名な公会堂とか講堂であるから、その場所や時間を間違えないように、風呂へは当日か前日必ず入って身体を清潔にし、肌着、衣服は 粗末でも汚れていないものを身につけて、規定の時間よりは必ず早めに、乗りものがあるところは乗り物がもし故障しても充分間に合うように余裕をみて出かける方が良い。
 いよいよその時間となると、徴募官からいろいろと注意や訓話があって乙種飛行予科練習生志願のものは、他の兵士の志願者と一緒にまず学力試験が始まる。 これは読書と数学の二科目であるが、これは国民学校高等科の教科書をよく勉強しておけばわけなくできるような問題ばかりだから、一次検査の学力試験は大して骨をおらずとも済むわけだ。
 ただ。答案を書くときは
一、まず第一に番号と自分の姓名を必ず記入すること。 これを忘れるとせっかく良い答案を書いても何にもならないから、よく気を付けることである。
二、次に問題は何度もよく読み返して、その意味を正しくとって、答案をかくがよい。
三、答案の字は正しく丁寧にまた要領よくまとめること。 誤字脱字があるかどうか、よく繰り返してみて、与えられた時間いっぱいつかってよい答案を作ること。

 だいたい、以上の点によく注意してかけば、学力試験もさしたることはない
 学力試験が終わると、体格検査である。 これは一般志願兵よりは幾分厳しいように言われているが、実際は年齢相応に発達していて、どこにも故障がなければ立派に合格することができるのだ。もちろん志願する人の素質の良し悪しは、海軍航空隊の実力を左右するのであるから、みすみすひどい欠点のあるものは採用しないが、たとえ身長や体重が多少足りなくても、将来伸びる可能性のある者なら採用されると思う。
 また現在、少年飛行兵として入隊している人達の中にも、かつて心臓や脚気を患った者もいるし、三年続けて志願して三年目にようやく合格したという人もいる。 また、とても風邪をひきやすく、試験のころとなると生憎と風邪をひいて駄目となっていたが、これでは少年飛行兵はおろか、何にもなれないと思ったので、山を歩いたり運動をして、進んで体を鍛錬したので、風邪一つ引かなくなり、これまためでたく検査を通ったというのだから、弱い人は弱いなりに平素から充分鍛錬して丈夫になれば、きっとめでたく採用となるのである。
 この身体検査に通ると簡単な適性検査がある。この検査は係官に言われた通りを一度練習して二度目に本当の試験を受けるようになっている。 だから、この検査では最初係官から言われたことをよく聞いていて、いざという時に慌てて思わぬ失敗さえやらなければ、少しも難しいものではない。
 いろいろと検査されるけれども、どれもこれも大したことはないのだから、評判だけで怖気づいていっぱし少年飛行兵になりたいと思っているのに、検査におびえて断念する必要は少しもない。 自分一人で取越苦労をして検査を遠慮するのは愚の骨頂で、案外検査官が見ればなんでもないものもあるのだから、受けたいと思ったらどんどん受けてみることである。 しかも、ひとしきりは、数十倍の志願者が殺到して相当な試験地獄のように思っている人があるかもしれないが、今は戦局の進展につれて航空機搭乗員はいくらあっても足りないのであるから、自分の体と学力が規定にあってさえいれば、無制限に採用していただけるのであるから、競争率などということは念頭に置かなくてもよいと言える。
 さて、この三つの検査に合格すると、一人一人徴募官の前に呼び出されて易しい口頭試問が行われるが、これは思った通りを正直に正確にテキパキと答えればよいのだ。 別段、何の心配も要らない。こうして全部合格した者には合格証が渡されるから、その証書を大切に保存して、第二次検査に呼び出されるのを待てばよいのである。この試験はすべて一日で終了する。
 甲種の方もすべて以上の通りである。ただ、この方の学力試験は第一日(数学、物象学)、第二日(国語漢文、地理歴史)というように、二日間にわたって行われる。
 なお甲種は、中学三年修了が標準ではあるが、商業学校や農学校から入ったものに非常に優秀な者がいて、ある年には一番が高崎商業、二番が新潟商業、三番が長岡商業の出身者の順で予科練を卒業したこともある。だから、中学校で無いからといって遠慮などすることなく、実業学校の生徒も志ある者はどしどし受験することだ
 要するに甲種、乙種を問わず第一次検査は軍人として適当であるかどうかを見るのが眼目なのである
 それからこの少年飛行兵を志願する前には、ぜひとも両親か後見人の承諾を受けておくことを忘れてはならない。

(ロ)第二次の検査
 第一回の試験に合格しても、まだ安心はできない。ここでしっかり勉強もし、体を鍛えて第二次の検査に備えるのが大事である。この二次検査は、第一次にパスした人々へ通知をして、役場から旅費を支給して各鎮守府ごとに各々の航空隊へ集めて行われるのである。
 志願者が横須賀鎮守府なら土浦海軍航空隊、呉鎮守府なら呉海軍航空隊、佐世保鎮守府なら佐世保海軍航空隊へ行くと、その練兵場には数名の下士官がにこにこと笑顔で待ちうけている。 そして第一次を突破した誉の候補者たちは、所属の府県によって、だいたい幾つかの組に分かれる。 これを班といってにこにこしている下士官の方々が、仮班長として第二次検査の間、万事につけて面倒を見てくださるのだ。
 試験はここに寝起きしてだいたい一週間ばかり行われるが、これには身体検査、知能検査、心理適性検査、人物考査等が行われる。
 第二回目の身体検査は第一次のとだいたい同じだが、ただ一層綿密に行われる。この身体検査では第一次検査以後、健康への注意が足らなかったため、不合格となるものもあるからよく気をつけてなくてはならない。
 この特殊身体検査は検熱検尿、血液型と血沈、レントゲンによる胸部の検査、呼気力、水銀柱保留、聴器、鼻、咽喉、血液、身体均衡(転倒試験、片足直立、跳躍歩行)、回転椅子でぐるぐると回して眼球の震えを見る後発性眼球震盪、感覚反応、筋神などを寄留みるが、特に重視されるのは目の検査である。
 飛行機操縦士として目が大切なことはいうまでもないが、これは屈折器、視器、光覚力、識色力、調節機、眼精疲労、視野、眼筋平衡、実体視器などと九種類近くも行われる。 しかし、これも平素から勉強するときは立派な姿勢で、照明にも気をつけてやっていれば格別難しいことではない。以前は視力1.2ではなくては採用しなかったが。 最近では当分の間1.0までゆるめられている。ことに目は平素いくら注意していても、その時々の体の状態によってはなはだ影響されるものであるから、検査が迫ったら規則正しい生活をして、 夜更かしや睡眠不足や過度の勉強は避けていただきたい。
 航空隊の方々も「目さえ良ければきっと立派な飛行兵に仕上げてみせます」と言っておられるくらいだから、よく気をつけていただきたい
 次に心理適性検査であるが、これは操縦動作検査、協応操縦動作、速度目測検査、複雑選択判断検査、処置判断検査、形態記憶検査、間歇記憶検査というようなものである。 名前はどれもむずかしそうであるが、普通の体のものならば難なく通ってしまう。
 二次検査は結局飛行機搭乗員として適当かどうかが見られるのであるが、この二次検査の間にはずっと兵舎に寝泊りして兵食を給せられる。 だから少年飛行兵の勇ましい日常生活にも触れることもできれば。 またそのまま班長から時々実践の話も海軍航空のお話も伺うことができる。 こうしている間には身元調査も行われ、全部一旦郷里へ帰され、改めて入隊の知らせを待つのである。
 家に帰って待っていると、試験された時によって異なるが、甲種はだいたい四月一日と十月一日、乙種の方は六月一日と十二月一日に入隊せよという通知が、この入隊日の半月ぐらい前に諸君の手元に来る。
 そうしたらますます体には注意して、入隊時の身体検査に備えていれば、名だたる海軍少年飛行兵の栄冠は燦として諸君の頭上に輝くのである。




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