見出し画像

戦争を知る本#1 空と海の涯で-第一航空艦隊副官の回想(門司親徳)

 門司親徳さんは、1941年に東京帝国大学経済学部を卒業し、日本興業銀行に入社するが、そのまま短期現役士官として海軍経理学校に入校した。短期現役士官とは、もともとは高学歴卒業者を2年間だけ採用する制度の士官をいう。門司さんは、任官後戦時に突入してしまい、終戦時まで現役主計士官として務めた。その回想記である。主計とは軍隊の中で経理、被服、烹炊などを担当する部門のこと。いわゆる事務方である。

 門司さんは、1941年10月2日、「瑞鶴」に主計中尉として配属されそのまま真珠湾攻撃に参加することとなる。その後、呉鎮守府第5特別陸戦隊主計長兼分隊長として最前線に赴きラビ攻略戦に参加、敗走を経験する。ラバウルでの作戦に従事したあと主計大尉として土浦航空隊で予科連生の育成にあたる。1943年8月、新設551航空隊の主計長および分隊長としてトラック島に行く。551航空隊は、艦上攻撃機で構成された隊であるが、相次ぐ戦闘で遂に飛ばせる飛行機がなくなり解隊となる。この最前線での様子が日常的な生活とともに克明に記されている。

 そして、1944年8月に大西瀧治郎中将が長官となった第一航空艦隊の副官に就任する。連合軍の機動部隊が硫黄島、沖縄と攻めて来る時期に迎え撃つのが第一航空艦隊の役目だった。苦悩する大西長官がとった作戦が神風(しんぷう)特別攻撃隊である。

 「私が、そっとドアを開けて(士官室兼食堂に)入っていくと、『まだ起きていたのか』と副長が言った。士官室には、長官、猪口参謀、玉井副長のほかに、2、3人の士官が座っていた。私は端の方に腰掛けた。猪口参謀が一人の士官に、『関大尉は、まだチョンガーだっけ・・・』といった。私は、そのとき初めて関行男大尉に会ったのである。髪の毛をボサボサのオールバックにした痩せ型の士官であった。彼は、『いや』と言葉少なに答えた。『そうか、チョンガーじゃなかったか』と猪口参謀がいった。この人が決死隊の指揮官に決められた人だと思った。そして、この会話で、今度の決死隊が、ただの決死隊でないことを悟った。関大尉は、『ちょっと失礼します』といって、われわれの方に背を向け、もう一つの机に向かって、薄暗いカンテラのしたで何かを書き始めた。みんな黙っていた。・・・関大尉の書いていたのは新婚後まだ日の浅い奥さんへの遺書であったに違いない。この夜更けの士官室の空気は、何か沈み切った落ち着きのようなものがあった。緊迫もしていなければ、チグハグでもない。静かであった。沈黙が続いた。」

 門司さんは、その後神風特別攻撃隊による作戦が続く経緯を大西司令のすぐ横で見ていた。次々と飛び立つ神風特別攻撃隊の搭乗員の多くは、門司さんが予科練で育成した若者たちだった。訓示を行い、命令を下す大西司令の日常と苦悩を一番知っている門司さんは、きわめて平明にその頃の大西司令を描く。感情的にならず、事実を積み重ね、客観的な観察眼に徹した記録である。

 門司さんは、あとがきに元毎日新聞の新名丈夫さんに「 I  was  there 」で一貫しなさいと注意を受けたと記している。分厚いこの本を読み終わってから、このあとがきにある「 I  was  there 」という姿勢がよく伝わった。冷徹なほど平明に文章が書かれている。しかし、だからこそ、その時の気持ちや感情が読者にストレートに伝わって来る。副官的な立場、しかも主計という部門を受け持っていたからこそ書けた記録だと思う。

 新名丈夫(しんみょう たけお)さんのバックボーンも知っておく必要があるだろう。 戦時中、海軍記者クラブ「黒潮会」に属していた毎日新聞の新名さんは、「竹槍では間に合わぬ、飛行機だ、海洋飛行機だ」という記事を書いた。ちょうど同じ紙面に東條英機首相が非常事態宣言のような国民を鼓舞する談話が載せており、対比的に読まれることになる。そのため東條首相が激怒し、2〜3日後に新名さんを二等兵として陸軍に懲罰召集させる。新名さんは大正時代に弱視で召集免除を受けていたのにである。海軍は「大正の老兵をたった1人取るのはどういうわけか」と抗議すると陸軍は辻褄合わせで無関係の老兵250名を丸亀連隊に招集する。彼らは硫黄島で玉砕戦死することになる。しかし、所属することになる師団の中隊長が東条の人事に異を感じ新名さんを特別扱いをする。海軍も乗り出し3ヶ月で除隊させ、終戦まで報道班員として保護下においたのだ(竹槍事件)。新名さんは報道班員としてフィリピンのマニラに派遣され、司令部で副官をしていた門司さんと知り合うことになる。

 門司さんは、戦後日本興業銀行に復職し、取締役総務部長、丸三証券社長、相談役、ニチロ監査役を歴任し、「海軍ラバウル方面会」会長もつとめた。2008年、90歳で没する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?