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『i-新聞記者ドキュメント-』について考えていたら、日本の民主主義について考えることになった話。

映画『i-新聞記者ドキュメント-』が公開されました。個人的に今年のナンバー1かなと思っているのでぜひ見に行ってほしいです。(画像クレジット:© 2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会)

そんな思いもあって、green.jpにこの映画についての記事を書かせてもらいまして、この映画についてはこちらの記事を読んでもらえれば、わかってもらえると思います。

そして、この記事を書くために、フィクションの『新聞記者』もみて、その感想をさっき書いたので、「『新聞記者』なら見たよ!」という方はぜひそちらをお読みください。

そして、ここからがやっと本題ですが、2本の映画を見て、greenz.jpの記事を準備中にリードとして書き始めたのに、気がついたら映画と関係ない話になってしまったという文章です。興味を持ってくれる人がいるかわからないですが、なんかどこかに載せたくなったので、ここに載せたいと思います。間違ったことも書いていると思いますがご容赦ください。

どうしてこんな社会になっているのか

最近、社会が複雑すぎると感じることがあります。情報が溢れすぎ、その情報に振り回されて一体何が真実で、社会はどのような状態なのか判断が付きかねることもあります。このような状態で困るのは、判断をたくさんしなければいけないことです。情報の取捨選択から、その情報をもとに自分はどう考えるのか、そしてどう行動するのか。この判断は大人としてはあたり前のことかもしれません。民主主義の社会はみんながそれをやって初めてきちんとした形になるのです。

しかし、実際にそんなことをしている人がどれくらいいるでしょうか。そしてこれまでもどれくらいいたのでしょうか。代議制という仕組みは、政治を人に託すことでこの選択を単純化する制度です。一つ一つのイシューについて自分の態度を決めていくのではなく、自分が共感できる人を選ぶことで、細かな選択はその人に託すのです。

そして、それは今、政党制のもと代議士個人から政党へと移っています。どの政党を支持するかを判断しさえすれば、あとは政治家が決めてくれるのです。今、と書きましたが、日本はずっとその状態だったのだと思います。いわゆる55年体制が成立すると、人は自民党か社会党かそれ以外かというほぼ三択で政治に参加することになりました。

55年体制が崩れ、選択肢が増えると国民は混乱しました。一度は野党に政権を託したものの自己崩壊をし、国民は失望しました。その理由は色々ありますが、その一つは国民に選択を委ねすぎたことなのかもしれません。いちいちこの政策で良いのかを国民の問いながら政治をしたことで国民は混乱したし、政権内でも対立が生まれうまく舵取りができなくなってしまったのです。

自民党はそれをうまく利用して、国民に二択を用意しました。この混乱する政治か、それとも安定した政治か。今の政権に失望した人々は自民党に任せることを選びます。すると自民党はその人々を囲い込み、あなたの選択は正しいと吹き込み続けます。景気は良くなっている、社会保障は充実させる、弱者は守られるといって。自分の選択の結果が良かったと聞かされた人たちはその選択をあえて変えることはしません。自民党は安定的な支持者を得ることができたのです。

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(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

映画『新聞記者』が告発しようとしたのは、時の政権が情報操作によってこの安定状態を維持しているということです。体制側にいる人たちを安心させるために、反対側にいる人たちをならず者だと非難し、こっちにいれば安心だといい続けるのです。最初、自民党を選んだときは自分の考えで選択した人たちもこの囲い込みによって自民党の考えが自分の考えだと思うようになります。なぜならそのほうが楽だから。正しい選択をしたのだから変える必要はないと考えるほうが、また新たに情報を取捨選択し自分で考えて選択し直すより楽だからです。

55年体制下で子供時代を送った私はある時大人にどうして自民党に投票するのか聞いたことがあります。その人は「自民党政権で困ったことがこれまでなかったから」と答えました。その言葉はずっと私の頭に残っています。人は現状に満足していたらより良いものをわざわざ求めるようなことはしない。圧倒的に優れた代替案が出てこない限り、一度した選択を覆すことはしないのです。

世論調査で安倍政権を支持する理由として一位なのはずっと「他にいい人がいないから」です。それはつまり「絶対に安倍よりいい」人がいないということです。どの人についても何かしら悪い評判を聞かされているのだから当たり前です。

でも「安倍を支持しない人」にも同じことが言えます。反自民・反安倍という選択に固執し、いわゆる「何でも反対」になってしまいがちなのです。安倍政権の政策にもいいものはもちろんあります。しかし、反安倍セクトに染まってしまうと、それも見えなくなってしまうのです。

つまり、どちらの側もセクト化し、自分で選択することを諦め、自分で考えることを放棄してしまっているのです。それは民主主義を放棄し、個を投げ出すことです。

『i-新聞記者ドキュメント-』がいま私たちに訴えかけてくるのは、まず個であることを私たちに求めるからです。そして、それが今わたしたちにかけていること、あるいは私たちが遠ざけられていることだからです。

『i-新聞記者ドキュメント-』
監督:森達也
出演:望月衣塑子
企画・製作・エクゼクティブプロデューサー:河村光庸
監督補:小松原茂幸
編集:鈴尾啓太
音楽:MARTIN(OAU/JOHNSONS MOTORCAR)
2019年/日本/113分/カラー/ビスタ/ステレオ 
制作・配給:スターサンズ
©2019『i –新聞記者ドキュメント-』
公式サイト:i-shimbunkisha.jp
11月15日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開

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