「健康」をあなどらないで。 その1

  「好きなものをガマンして、ストレスになっても良くないですから……」

  健康な食事について、聞いたり読んだり会話したりするとき、頻繁に出て来るこのセリフ。

 そんなこと言ってたら結局今まで続けてきた生活を変えられないだろうし、かといって、ストレスをためたら極端な場合死に追い込まれることだってあるのだから、あなどったらいけないセリフのような気もする。

 でも、このセリフをどう捉えたらいいのかに関して、納得の出る答えが出ちゃったので、今日はそれについて書きたいと思います。


 ここ3ヶ月厳格ゲルソン生活を続けて、私が今いちばん「腑に落ちている」推論。


「好きなモノをガマンしないでいただくと、そのストレスはなくなるのではないので、定期的に湧き上がります。なぜならストレスを『処理』していないからです」

「健康というのは、湧いてきたストレスを、二度と湧き上がらないように『処理』できる力のことなのです。」


 どうして好きなものを食べたいか、というと、いろいろな理由があるけど、突き詰めていけば「気分が良くなりたいから」。

 でも、「好きなもの」でなく「健康」になるものを食べても、気分はよくなる。それも、根本的に。

 ただし、その「気分の良さ」は「おいしい」というのとはちょっと違う。

 でも、その「気分の良さ」は、多くの人にとって「未知なもの」ではなく、「ああ、あの感覚か、そうだよね、たしかにすごく気持ちいいよね」と知っている感覚です。

 どういう感覚かというと、熱を出して、しばらく寝込んで、でも熱が下がって汗ががーっと噴き出してくると、ものすごく気持ちいいですよね。「健康が一段階上がる」というのは、おそらく、あの感覚なのです。

  厳格ゲルソン療法をやるようになってから、3日~一週間に一度の割合で、あの感覚を味わっている。

 最初に「処理」と書いたけど、つまり、ストレスを「解消」する、というのは(「軽減」するというのではなく)、この「燃焼をさせて燃やしきる」というプロセスが必要なのではないかと思っている。

  だって、「処理」というのはそういうことで、処理しきったら、もう出ませんよね、その現象。だって原因がないんだから。

 2006年にナチュラルハイジーンのルールに基づいて食事を変えたときも、不眠の解消とか肩こり腰痛の劇的な軽減とかなによりも9キロ痩せて身体が軽くなったとか、おつうじのよりスムーズ化とかいろいろ「健康になった」と感じられる現象は起きた。でも、この現象~すなわち、一時的に調子が悪くなる(だるくなったりどこかが痛くなったりヘルペスが出たり)けれど、数日後、めちゃめちゃハツラツとした爽快感を味わう、というのは、体感したことがなかった。あのときは、いわゆる「好転反応」というものをほとんど感じずに元気になっていた。今から思えば、健康状態が、「マイナス」から「ゼロ」に戻っただけで、そこからずっと停滞していたのかもしれない。

 「処理される」というのは、上にも書いたように「身体がだるい」「どこかに痛みが出る」「炎症が起きる」というふうに肉体的な面に関してであり、ゲルソン療法というのは、「健康=肉体的健康」にターゲットをしぼった徹底的唯物論なのだけれど、それでも、「一つ不具合が処理される」たびに、精神的、社会的健康も、ガンガン向上していく。

 どれぐらいすごいかというと、私は、この三ヶ月で、お付き合いしているお相手への不満、ストレス、というものが一切なくなった。

 昨年のお話会でちょっとしゃべったので参加された方は覚えているかもしれないけれど、2013年、7月、9月と2回渡仏して、合計2週間あちらに滞在したのに、その間、一緒にいた時間が合計45分(15分×3回)という、伝説的な彼です(笑)、その後も2014年1月、4月と渡仏したが、「行ったら急な海外出張」を2回も繰り返され、会えずじまいという、伝説が加速している彼です。 今も2週間ほど行方しれずだ^^;

  なんだか、それでもまったくへっちゃらになっちゃったのだ。

 男女交際のお相手、というのは、自分の生活の中でもっともエゴがぶつかる=ストレスのたまりやすいお相手のひとりだから、その相手へのストレスがなくなっちゃったということは、他の人間関係なんか、もはやちょろいもんである。

 この彼、というのは、偶然出会ってしまったとかいうのではなく、最初から「この人がいいなあ」と選んだ人であったから、「ああやっぱりこの人でよかったなあ」私が大嫌いな言葉「ありがとう、感謝」とさえ思っている!

「これは『不幸な女グセ』というものではないかと何度も検証してみたが、ちがう。どう違うかも説明できる。

 そして、どうしてそうなったか、どうすればそうなるかも説明できる。

 なにしろ、5月に厳格ゲルソン生活に入ったとき、この現象は狙っていた。表向きは「腰が痛い」「子宮筋腫がある」とかいう理由で始めたのだが、「この食事を続けてたくさん『処理』をしたら、男女関係は劇的に改善する」という確信があった。

 「ストレスがたまらないように好きなものをおいしくいただく」というのと、「健康を向上させることで、イコール、Eさん(お相手のお名前ね)との関係はめちゃめちゃよくなる(しかも食べるものもまずいというわけではない)」のであれば、どっちを選ぶかといえば、そりゃあ後者でしょうよ。ローカフェに行けなかろうが、お友達と会食する喜びが失われようが、そんなの、天秤にもかからない。迷わず後者だ。

 今、私の中ではある種の「化学処理」が激しく行われている毎日なのだけれど(そう書くと、映画『マトリックス』のオープニングの数字が縦に流れるシーンが浮かんでくる)、それがもつ力というのは、私達がぼんやり想像しているより、ずっとずっとすごいのだ。「我慢するのがストレスになる」というという発想がもはやぶっとんでしまうのだ。

 そういう感覚、一度、味わってみたいと思いませんか?

今すぐ、とは言わないまでも、「世の中には、それぐらいの快感が存在する」というのを知っていて今後の選択をしていくのと、知らないでしていくのとでは、選択の幅が違ってくる。

 すごいなー、Eさんってやっぱり「理想の男性」だったんだー。

 それでも私達は「健康」というものについて、「我慢しないでストレスをためない」ほうが健康につながると思ってしまう。どうしてそう考えてしまうのか、次回、ちょっと検証したいと思う。

 続く。

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