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いつも秋海まり子を応援してくださっている皆様へ【ご報告】

秋海まり子を応援してくださっている皆様、
いつも本当に有難うございます。
本日は、皆様へご報告があります。
いつも以上に長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

私・秋海まり子は、この度
2019年4月より勤めてきたテレビ制作会社を、
2019年7月13日付で退職致しました。

新卒1年目で、私は今の会社に就職し、
テレビという特殊な世界に足を踏み入れました。
この業界には、「昨日よりも良いものを」
という情熱と、
高い志を持って仕事をしておられる方が
本当にたくさんいました。
社会人とは常に「休みたい、辞めたい」と思っているものと考えていた無知な私は、
日々周りの方々が奔走する姿を見て、
しばらくは驚きを隠せませんでした。

そんな一生懸命な方々と仕事をするうちに、
自分自身がこの場所で働く意味を
見失ってしまうことが多々ありました。
周りのフル回転してるギアに合わせ、
自分の、機能が明らかに足りていないギアを
無理に無理に、毎日回そうとしているような感覚でした。

それで誰かに理不尽に怒られたり、辛く当たられたりするということは滅多にありません。
むしろ「真面目に頑張っている」という評価を時折いただき、
「私は全然頑張ってない。今だって雑念だらけで、この仕事に全く集中出来ていないのに…」
と感じる毎日。
気持ちが付いてこない分もっと頑張らないと、と自身の身体に負荷をかけることで「頑張ったような気」になり、
ふと立ち止まって考えた梅雨入り前には、
この業界と自分自身の合わなさを痛感したのです。

毎日日付が変わってからの帰宅は、
「3ヶ月経てば慣れる」と言われて頑張ってきましたが、とうとう慣れませんでした。
そして一方で、それらの生活に慣れてしまった未来の自分の姿を想像するだけで、
身が引き裂かれるような思いがしたのも事実です。

ある日のこと。
休み明けで、心ここに在らずな状態で仕事をしていたことがありました。
その時は「もういい加減辞めたい、でも辞めたところで次のことは不確定、でもこれ以上今の仕事をするのは辛い…」という思いでいっぱいでした。
以前から何度もやってきた、気持ちを切り替えることが全く出来ませんでした。
そして、そんな状態の私を見兼ねた上司が
私に注意をしてきました。
そして、「今、何か困ってることや辛いことはない?」と優しく聞いてきたのです。

私は耐えきれず、その場で泣きました。

上司の方は、泣く私を見て大して焦るわけでもなく、「この仕事辛いよね。夜遅いし、体力キツいし。心配だったんだ。まり子ちゃんの今思ってること教えてくれない?」
と語りかけます。

私は何も答えられず、ただ泣くだけでした。

こんなに優しい言葉をかけられても、
先輩方なりに私のことを心配してるのが伝わってきても、
話せば少しは楽になる、そうやってこの業界の人は乗り越えて仕事が出来るようになるんだと言われても、

何も答えられませんでした。

その時、はっきり思ったのです。
「私は、ここを辞めるんだ」と。
6月下旬のことでした。

そして7月某日。
その日は、朝から私は泣き叫んでいました。
昨日の夜の疲れ、誰かに言われた一言ひとことが、私の心を席巻し、布団から起き上がることがとうとう出来なくなったのです。
そんな私に一つの道を示してくれたのは、
苦し紛れに電話した、転職エージェントの担当さんでした。(その人も新卒でテレビADをやっていて、痛いほど気持ちに共感してくれました。)

「辞めましょう。もう頑張った。会社に納得してもらう為にも、一度病院に行くのも手です。このままだと、心がどんどん擦り減って、体が取り返しのつかないことになります。そんなのは駄目です。まだまり子さんは若いんです。いくらでもやり直せます。まだ若いんです!」

今思うと、この方の、これらの言葉があって本当に良かったです。

何とか体を起こし、大して味のしない昼ごはんを食べ、心療内科に向かいました。

診断結果は、
適応障害でした。
(このことはもう少し別の記事で書きますね!)

人って、こんな簡単に病気になるんだなー。
帰りの電車で、ぼんやりとそんなことを思いました。
ただ、不思議なことに、
この結果を受けていよいよ退職を決意し、
その意を会社に告げてから食べるごはんが、
ここ最近で食べたごはんの中で、めちゃくちゃ美味しかったです。

そしてご飯を食べながら、私はここ3ヶ月のことを思い出していました。

仕事終わりのタクシーで、達成感とは程遠い疲労感でいっぱいになる毎日。
働くって何だろう。自分のやりたいことなんて本当は何も出来ないんじゃないか?
でも今の仕事を定年まで続けていたら、死ぬ時絶対後悔する。
明日世界が終わるとしたら……
と、疲れながら「辞める理由」を探しつつ、
昼になれば起きてまた会社へ行く。
そんな日々に一体何の意味があるのか。

働き方を意識し始めた4月当初は、1年は続けようと思っていましたが、
今回の退職という判断は、決して間違っていなかったと思っています。

4月から働き始めて、社会人として多くのことを学びました。
中でも、働くとは自分の為だけでなく
自分以外の誰かに価値を提供することだということ。
それこそが生きる使命であり、生きる意味に繋がるのだということ。

私は、本やマンガを読むことが大好きです。
本を読んでいる時は、仕事であった嫌なことや辛いことを忘れることが出来ました。
また私にとって本やマンガは、多様な生き方や考え方を学ぶ場でもありました。
それらの面白さを学び、追求していく為なら
他のことは何一つ出来なくて構わない。
それぐらい本・マンガが大好きです。

私のこの限りある命を、
誰かの生活の一部を彩る為に使うとしたら、
その媒体は間違いなく、
本やマンガであって欲しい。

小さい頃からマンガに囲まれて育ち、
そこから得た知識は膨大な量に及びます。
「ごくつぶし」の意味を知ったのは、こうの史代先生の『長い道』でした。
「子子子子子子子子子子子」は
江口夏実先生の『鬼灯の冷徹』、
卵かけご飯を作る時
ご飯に穴を開けるのを学んだのは、他でもなく
けらえいこ先生の『あたしンち』です。

大学生や社会人になってからは、私という人間そのものに直結しうる悩みが尽きませんでした。
そんな時、自分らしく生きる方法、ほんの少しだけ自分が幸せになれる考え方、「こんな生活がしたい」という、ささやかながら強く心にあり続ける希望、
それらを与えてくれたのも本、マンガでした。

私にとっての幸せとは、小さい頃から変わらず、本やマンガを読むことです。
またそこから知識、幸福感、癒し、希望を得ること。
さらには、本やマンガを読むことで
「私もなにか作りたい」という、
「生きる気力」に変わるエネルギーを、作品にこれでもかと込めることでありました。

そうして出来た作品で、私自身だけでなく
他の誰かが喜んでくれるとしたら、
こんなに嬉しいことはありません。
社会に出て、働くことの本当の意味を知った私は、自分の為だけでなく、時には誰かの力に、時には癒しになるような、そんな作品を作りたいと思うようになりました。

これからのことは何も決まっておりません。
私の原点であり、またこれからも生きる指針である本及びマンガ、それらに関わっていくのか。
それとも、全く別の道を見つけるのか。

実家の広島で、しばし疲れた体と心を休ませてから、また考えていこうと思います。

ここ最近起きたことを、落ち着いたらnoteにまとめていこうと思いますので、
その際はまた読んでいただけると嬉しいです。

これからも、引き続き秋海まり子をよろしくお願い致します。


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