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“逆張りの問い”と信頼


問いかけること

これは、人類学者が担う大事な仕事の一つであると私は考えています。

でも、その「問い」は自分の好奇心を埋めるためにあるのではない。

その「問いかけ」は、相手の奥底に眠る、しかし、それこそが相手の生活の根幹を支える何かに通ずる、形式と中身を持つ必要があり、そんな問いが投じられた時、相手も、そして自分も互いを発見する。

「良い問い」とはそういうものであると私は考えています。

私は「問いかけ」を仕事の一つとする人類学者として、学内の講義だけでなく、一般や医療者に向けたセミナーで、インタビュー法の講師なども担当してきました。

関係性を構築する前にいきなり直接的な問いを投げないこと、インタビューの中に自分の話ばかりを入れ込み、相手を操作しないこと、何よりも相手を傷つけないこと。

そんな常識的なことに始まり、相手から発せられる抽象度の高い言葉を崩すための問いかけ方や、相手の世界観を整理をするための問いかけ、相手の世界観に入るための言葉の捉え方など、「問いかけ」に関するたくさんの技法について解説をしてきました。

後1週間で全国の書店に並ぶであろう、『急に具合が悪くなる』でも私は問いかけを担当しています。

ですがこの書簡で私は、これらセオリーを全てひっくり返しました。「問いかけ」においての細かい技法など考えもしませんでした。

自分の考えを入れ込まないどころか、ありったけの自分の考えをそこに記し、「こんな言葉を投げたら、書簡どころか、関係性が終わるんじゃないか」という恐怖すら感じながら、全力の言葉を宮野さんに"投げつけ"ました。まさに「逆張りの問い」です。

それを受け取った宮野さんも、「ここまで答えたら磯野は受け止めきれずに逃げるんじゃないか」、そんな危険を感じながら、微塵の手加減もなく、私が投げつけた言葉を、時にそれ以上の凄みとともに"投げつけ返し"てくれました。

結果、後半に行けば行くほどやり取りには緊張感が増しました。これまで私は人類学者としてたくさんの問いを投げてきましたが、問いかけにこんなにも怖さが伴ったことは、これまでありません。

問いは境界を突き破る

「相手を傷つけない様に」という気遣いは、うがった見方をするとその裏に、「相手を傷つけたことで、自分が傷つきたくない」という思惑があります。

なぜなら「問い」というのは、自己と他者の境界を突き破る行為であり、だからこそ相手も自分も傷つける危険性を孕むから。だからこそ私たちは、それぞれに役割を割り振り、その役割が与えるルールを守って言葉をやり取りすることで、傷つく危険を減らします。

他方私たちは、「ここに信頼があるからこそ、相手は自分の言葉を受け止めてくれるはずだ」という、賭けに出るやり取りを続けました。そこに役割とか、相手を守ることで自分を守るとかそんな気遣いはありません。

なぜ私たちがこれを「賭け」と呼ぶかというと、たとえそこに信頼があったとしても、自分の投げた言葉が相手をひどく傷つけ、抱えきれないほどの重荷を負わせる可能性は捨てきれなかったからです。

でも、全力投球だからこそ、相手がそれを受け止めてくれたのなら、互いの間に新しい世界が始まる可能性がある。だったらそれに賭けてみよう。

そんなやり取りが続きました。

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「死」ではなく、「生きる」

実は私たちは、出会いの日から数えると10ヶ月と6日の関わりしかありません。
それにもかかわらず、私たちは、通常であれば投じない言葉であっても「この人なら受け止めてくれる」、そんな信頼関係を作り上げることができました。

なぜこんなことが可能だったのか?

一つの鍵は時間です。この書簡のやり取りの間中、私たちは、異次元にいるような感覚にしばしば襲われました。昨日のことが1週間前のように、1週間前のことが3ヶ月前のように、2ヶ月前のことが5年前のように感じられる。そんな時間の流れです。

この「時間」の正体は一体何なのか。
これについて私たちは、書簡の後半で議論を交わしています。

もう一つの鍵は、関係に亀裂が生じそうになった時のずれの修復の仕方と、その修復を根底で支えた、互いが共有する言葉の権力性へ危惧にありました。

これについては、10月12日に開かれるajiroさんでの刊行記念イベント「救い”あう”」関係を作る言葉は、いかに生まれうるか?ー意味の争奪戦を超えて​」の中で、詳しくお話します。(しかしそれを待たずとも、書簡にある私たち言葉のやり取りの形から、亀裂がどう修復され、それがどう信頼につながっていくかを見て取れる方もいらっしゃるでしょう。)

この本は、宮野さんが死について哲学した本だと思っている方がいるようです。確かにそれも一つのテーマではありますが、『急に具合が悪くなる』の主題はそこにはありません。

この本の主題は「他者とともに生きること」にあり、それは出逢いの中の偶然を論じ続けてきた宮野哲学の本丸に根ざしていました。そして私たちの間に培われた信頼は、宮野さんが文字通り最後の全力を投じた、書簡10便につながる楔石となったのです。

このマガジンは、不思議な巡り合わせで同時期に出版されるダヴルノマの3巻本、『急に具合が悪くなる』(晶文社、宮野真生子&磯野真穂)、『出逢いのあわい:九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理 』(堀之内出版、宮野真生子)、『ダイエット幻想ー痩せること、愛されること』(ちくまプリマー新書、磯野真穂) の紹介ページです。次回は1週間後の9月26日の予定です。

 【関連note】



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