インド人に「ほんとうに恋愛なんか信じているの?」と真顔で言われた話

「ほんとうに恋愛なんか信じているの?!」

諭すような顔で私に聞いてきたアニータさんは、派遣社員をしていた時に出会ったインド人であった。

彼女は、インドのなんとかという大変有名な会社で働くSEで、日本に3週間ほど出向していた。

私は、いつもいる1階の<派遣社員&アルバイト部屋>から、たまたま4階に「出向」しており、そこで私たちはであった。

私は、ちょうど留学帰りだったこともあり、好奇心いっぱいで彼女に話しかけた。

彼女は、日本に全く馴染めずにいた。

もちろん語学の問題は大きかった。
私が当時働いていた会社には、英語を話せる人はほとんどおらず、彼女は4階の隅の席でいつもひとりだった。

しかし問題は言葉だけではなかった。

彼女は日本になじむ気が全然なかった。インドが大好きすぎて、日本が受け入れられないのである。(こういうのを私が専門の文化人類学では、自民族中心主義という…)

たとえば、彼女は口にするすべての日本食がだめだった。

カレーはもちろんだめ。
寿司もだめ。
味噌汁もだめ。
さらには日本米もだめ。

インドのご飯が一番おいしい!!

結果、彼女が日本で唯一行ける場所は、ミスタードーナツとマクドナルドになってしまった…。

英語を話せる社員が、彼女をいろんなところに連れて行っていたようだが、とにかく彼女になじめない(&なじむ気もない)ので、社員さんも大変だっただろう。

とはいえ、アニータさんはユーモアあふれるとってもラブリーな人だった。

自宅に招待した時は、日本で手に入る限られた食材の中と、日本式のキッチンと道具を使って、本場のカレーを家族全員にふるまってくれた。

うちの母は、オーケーとイエス、くらいしか言えないくせに(しかもたぶん何言っているかあまりわかってないのに)、アニータさんと見事なコミュニケーションをとっており、ふたりでとても楽しそうな時間を過ごしていた。

当然カレーはめちゃくちゃおいしかった。

アニータさんは王族

彼女の出向が終わる最後の日。

アニータさんは、「マホのおかげで日本が楽しくなったからぜひお礼をさせて!!」ととびきりの笑顔でマックに招待してくれた。

(当時私はお金がなかったので、おごってくれるのはありがたかった。が、マックなら自分で買えるので、「できれば違うものおごって」―とは、当然言えなかった。)

人もまばらなマックの2階席で、例の細長いポテトを食べながら、アニータさんはインドに遊びに来るように盛んに言ってくれた。

加えて「もう何日うちにいてくれてもいいわ!うちにはよく友だちがきて数週間もいても全然気にならないの」、という。

いやいやちょっと待て。

さすがに友だちが何週間もいたら気になるだろう。
うちに何人もきたら、お風呂だけで1時間のウェイティングリストである。

さらに話を聞くと、どうやら彼女の実家には、部屋が何部屋もあり、さらにはお手伝いさんと運転手がいることまで判明。

もしかしてアニータさんカーストの一番上の人?
おじいちゃんはマハラジャ?

そう思って聞いてみると、答えはイエス。
ひいひいおじいちゃんくらいが、マハラジャだったらしく、彼女の家は王族だった。

どおりで気にならないはずです…

ほんとうに恋愛なんて信じているの?

アニータさんは、お見合い結婚だった。

「恋愛結婚がいい」とされている私たちの社会では、お見合い結婚というと、大好きな人と無理やり引き裂かれた女性が、泣く泣く好きでもない男の家に嫁ぐといった、悲劇のストーリーを思い浮かべる。

そして、「ああ、私たちはこの時代に生まれなくてよかった」と胸をなでおろすのだ。

ところがアニータさんのお見合いには、ハッピーしかなかった。

両親は、アニータさんに変な男が寄り付かないよう、小さい時から細心の注意を払っていた。大学時代は、男性からどれだけ声をかけられても、相手にしてはならないときつく彼女に伝えていた。

実際、ラブレターは毎日来る、道を歩いたら声をかけられるで、<大学生アニータ>のモテ度はやばかったらしい。王族出身で品があり、小顔で目はパッチリで、まつげはばっさばさ。そして手足はすらりと長い。

そんな彼女をインド男性がほおっておくはずがない。

しかしアニータさんは両親のいいつけを忠実に守り、すべてのオトコをシャットアウトし続けた。

その一方、彼女のご両親は、彼女のお婿さんを真剣に探していた。

どんな性格で、どんな顔がいいのか。仕事はどんなことをやっていてほしいのか。結婚カウンセラー張りに、アニータさんの好みをリサーチし、娘にふさわしい男性を探していたのである。

そして、とうとう婚姻の日。
それはつまり、アニータさんがはじめて夫に出会う日である。

目の前にこれ以上ないほどの理想の男性が現れた。

ほんとうに恋愛結婚なんか信じているの?

結婚後の生活も順風満帆だった。
夫は毎日「愛している」と彼女に愛の言葉を送ってくれる。

息子はかわいい。おばあちゃんはやる気満々で子育てに協力してくれる。

彼女のお見合い結婚には、悲しさのかけらもない。
幸せしかなかったのである。

「お見合い結婚は幸せへの道」であることを、全身で体験したアニータさんは、もともと大きな目をもっと大きく開いて私に聞いてきた。

「マホは、ハリウッドみたいな恋愛結婚をほんとに信じているの?!」

こんな質問を真剣にされたことがなかったので、面くらってしまった。

確かにアメリカでは2秒に1回離婚が起こっているという。恋愛結婚が主流になって、夫婦がもっと幸せになったという話も聞いたことはない。

でも、それでもなんかいいたくない?
「恋愛の方がいいよ!!」って。

とりあえず私は思いつく限りの反論をしてみたが、彼女の意見は日本食を一切受け入れなかったように、一切変わらなかった。

そしてアニータさんの帰国後。
アニータさんから、「結婚をした方がいい10の理由」、みたいなリストがメールで送られてきた(笑)

アニータさんに「恋」はなかったのか?

恋愛を完全に否定し、お見合いの素晴らしさを説き続けたアニータさん。

でも私は思う。

アニータさんは、あの結婚式の日、恋に落ちたのではないだろうか。
彼を初めて見たときのときめきを彼女が話す時、それはまさに一目ぼれの人がはなす「あれ」でった。

アニータさんにも恋はあったのではないか。

恋愛還元主義と言われるかもしれない。でも私はどうしてもそう思ってしまう。

とはいえ、恋愛とは何なのか?

何があったら恋愛で、何があったら違うのか?

お見合いに恋愛はないのだろうか。
恋愛にお見合いはないのだろうか。

なぜ、私たちは恋をして生きるのか

実は2月13日のバレンタイン前夜、九鬼周造の『「いき」の構造』を下敷きに、『なぜ、私たちは恋をして生きるのか』を執筆した、哲学者の宮野真生子さんが、都内でトークをする。

場所は港区のウィメンズプラザで、時間は19時から。

アニータさんの「恋愛」が気になる方はぜひいらして欲しい。

からだのシューレ vol.13「恋愛の哲学ーなぜ、私たちは恋をして生きるのか」

日にち:2019/02/13 (水)
時間:19:00 - 20:45
会場:東京ウィメンズプラザ 視聴覚室C

前売り券 ¥1,000
当日券  ¥1,500 (お席があることを事前に確認の上、会場で直接お支払いください)

◯講師プロフィール

宮野真生子(みやの まきこ)

福岡大学人文学部准教授。京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得満期退学。専門は日本哲学史・日本思想史。近代日本の哲学者九鬼周造の研究を核とし、「恋愛」と「自己」 の問題、および愛・性・家族の思想史を扱っている。 主な著作として『なぜ、私たちは恋をして生きるのか』(ナカニシヤ出版)、『愛・性・家族の哲学』(共編著: ナカニシヤ出版)他。

お申し込みはこちらから


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

お読みくださりありがとうございます。いただいたサポートは、フィールドワークの旅費、書籍購入など、今後の研究と執筆活動のために大切に使わせていただきます。

ありがとう!これを機に是非、文化人類学にふれてみてください。
76

磯野真穂|文化人類学者

からだ、食、医療、科学技術をテーマに研究をしています。これまでに拒食・過食、摂食障害、医療・介護現場の問題、循環器疾患、漢方外来でのフィールドワークを行ってきました。都内大学教員。(Twitter →@mahoisono) Photo by Takano Yukari

「知る」を極める

文化人類学は200年以上にわたり、「知る」を極めようとしてきた学問です。このマガジンでは、そんな学問の背景をもとに「知る」ことについて考えてみます。 相手を「知る」ってどういうこと? そんなことを思ったらこのマガジンを開いてみてください。
3つ のマガジンに含まれています