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糖質制限は環境に悪い?

先日、流した「糖質制限、地球に優しくない」ツイート(下記)が思いの外拡散されたので、もう少し背景がわかる情報とともに、糖質制限と環境の話し、そして文化人類学のものの見方についてふれておきたい。

私がディスカッションをしたのは、オレゴン州立大学人類学部准教授のEmily Yates-Doerr。食にフォーカスを当てた研究をしている。

「糖質制限が環境に悪い」という話は、この食事法が糖質を制限させる一方で、肉を食べることを奨励するところから来ている。彼女がどういう観点で「環境に悪い」と言ったかというと、それは下記のツイートで、はるやすみさんが提示してくださった。


私たちのディスカッションは、「だから日本の糖質制限は悪いんだ」とか、「アメリカで広がる菜食主義は素晴らしいんだ」とか、そういう是非を決めていたわけではない。

文化人類学は、異質な何かにふれたとき、それを自分たちのコンテクストに埋め込んでジャッジすることを極力避けようとする学問だからだ。

人口5万の街で、気候変動に関する話し合いが行われる

「糖質制限が環境に悪い」という彼女の何気ない発言は、私たちからすると目新しく思える。しかし、オレゴン州立大学のあるコーバリスのことを知ると、この見方はそれほど不思議ではない。

コーバリスは、アメリカ人が選ぶ「住みたい都市NO1」に輝くポートランドから、車で90分で到着する人口5万人のほどの小さな町。

コーバリスは田舎町でありながら、驚くほど環境のことを考えている。

例を挙げよう。

・市役所で気候変動に関する委員会が開かれる。(「こんな小さな町で話し合うのことのインパクトは?」と素直に聞いてみたら、「小さいけどやれることをやりたい」という返事が返ってきた。)

・「ブリトーを頼むと石油を使わないから環境に優しいですよ」と謳っているレストランが存在する。

・環境コストを下げることができる、という観点から地産地消が推進され、引退したおじいちゃんやおばあちゃんが、そういうことを普通に気にしている。(もちろんそれなりに裕福な人たち)

私は、コーバリスよりも少し小さい長野の田舎町で産まれているのだが、こういうことが自分の町で起こっていたら正直腰を抜かす。

こんな田舎町でなぜこんな動きがあるのか。それには次のような背景があると考えている。

・オレゴン州立大学の存在。オレゴン州立大学は、林学と環境学で名が知られた大学。したがって「持続可能な環境」といった概念に街の人がふれる機会がたくさんある

・森林や海岸は州によって丁寧に保護されている。海岸線にむやみやたらにホテルや娯楽施設の乱立する、といったことはない。

・オレゴン州そのものが大変にリベラル。アメリカ経済が、環境破壊に率先して”貢献”していることを相当に自覚している人が多い。

・環境への配慮という観点からベジタリアンになる人がアメリカでは珍しくない。

上記の点を考えると、ご飯やパンを避ける一方、肉を食べることを奨励する糖質制限に対し、「環境に悪い」という意見が出るのは自然な流れと言えるだろう。

とはいえ、「こんなに環境のことを考えているのに、それでいいの!?」と思わせることはもちろんある。

例えば、スモールサイズでこの盛りとか。

アメリカで外食すると、食べきれずに残している人を結構見かけるのである。

「環境のため食品廃棄を減らすことを考えるなら、そもそも盛りを減らせばいいんじゃないの?」といったら「その通り」と言われた。

問題がないわけではない。でもいずれにしても、違うコンテクストで生きる人からの視線は常に新鮮だ。


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磯野真穂|文化人類学者

からだ、食、医療、科学技術をテーマに研究をしています。これまでに拒食・過食、摂食障害、医療・介護現場の問題、循環器疾患、漢方外来でのフィールドワークを行ってきました。都内大学教員。(Twitter →@mahoisono) Photo by Takano Yukari

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