子どものスポーツを親の娯楽にしてはいけない

サッカーの指導者としては、保護者の皆さまには感謝の気持ちが大きいです。平日夜や休日の貴重な時間を割いて送迎してくださること、クラブ運営に不可欠な会費をご負担いただいていること、そしてなにより、大切な子どもを預けていただいていること。どれも当たり前に思ってはいけません。

しかしながら、それに報いようと子どもたちひとりひとりの成長を願うほど、一部の保護者の方々の言動に違和感をおぼえることも増えてきました。

その全てが親心ゆえと理解しておりますが、子どもが安心してスポーツを楽しむことや、自分の意志とペースで成長していくことを脅かしかねない保護者が多くいるように思います。

子どものスポーツが親の娯楽となってしまうことの弊害

勤労感謝の日からはじまった3連休最終日の朝。ふとしたきっかけで投げたこのツイートが私史上最大の反響をいただきました。(多くの保護者に届けるためにフォロワーの皆さんにリツイートをお願いし、多くの方にご協力いただいたおかげです。本当にありがとうございました。)

子どもがスポーツを楽しむ副産物として、子どもの成長や楽しむ姿に親が喜びを感じるという意味で娯楽とすることは否定しませんし、むしろ望ましいことです。しかし、本来の目的を見失って副産物を優先するようなことはあってはなりません。

これは私が見聞きした実話です。ツイートが拡散するにつれ、「同じことが自分の周りにもある」という声を多くいただきました。また、自分が親に苦しめられていたとの声や逆に子どもを苦しめていたかもしれないと反省される親御さんもいらっしゃいました。これまでもこれからも日本全国で繰り広げられる光景なのでしょう。

親による過干渉を受けた子どもの多くはプレーを楽しめなくなります。そして、チャレンジを怖がり、無難なプレーに終始するようになります。中には普段の練習と親が見に来る試合とで明らかに表情やプレーが変わってしまう選手もいます。子どもたちのそういう姿を目の当たりにすると、指導者としてはとてもつらく、やるせない気持ちになります。でも、やはり一番辛く苦しいのは本人たちでしょう。

また、自分も経験者であるお父さんにありがちですが、プレー内容について具体的な指示を出す保護者もいます。その指示が、指導者が伝えたことと矛盾するものだと子どもは迷います。指導者と親の板挟み状態では、自分の課題に集中することなど到底出来ません。良かれとしたアドバイスが選手としての成長を妨げかねないのです。

スポーツ指導者が考えていること

一口に指導者といってもピンキリです。考え方も様々ですし、指導に最終的な正解はありません。ただ一例として、私であればこんなことを考えて指導します。

サッカーは楽しむもの

私が指導するのは日本代表やJリーガーを目指す選手ばかりではありません。自分が家族を貧困から救い出すという悲壮な決意を持ってプレーしている選手はいません。なので、一番大切なのはサッカーを楽しむことです。

何人プロに送りこんだとか、教え子が何人選手権に出たとかそんなことばかり自慢する指導者もいますが、小学生など育成年代の指導者であるならなおさら、自分の手を離れてもサッカーを好きでいつづけてくれる子どもが何人いたかを誇るべきです。
卓越した選手にはなれなくともサッカーを好きでいてくれさえいれば、指導者、経営者、クラブスタッフ、メディア、スポンサー、ファン、サポーターなど様々な立場から日本のサッカーを支えてくれる可能性が残ります。現在のJリーグでは村井チェアマンをはじめ本当に多くの優秀なビジネスマンが活躍してくれています。決して稼げる業界ではないスポーツビジネスのフィールドで多くの有能な人材が力を尽くしてくれるのは、みんなサッカーが大好きだからです。

とはいえ、良い選手を育てることを放棄しているわけではありません。むしろサッカーを本気で楽しませることこそが選手を伸ばす一番の方法だと私は信じています。
サッカーは「判断」のスポーツとも言われるように、ピッチに立ちながら考える力がない選手は上のレベルで通用しません。この思考力や判断力を養うには、サッカーを楽しむ余裕を持ちながら意味のある失敗をたくさんすることが必要です。ミスを恐れて教えられたとおりにしかプレーできない選手は、どんなにボールさばきが上手くてもイニエスタにはなれないのです。おそらく、バスケやラグビーやホッケーなどのコートに両軍入り混じるカオスなスポーツにはすべて共通して言えることだと思います。

森保JAPANの10番・中島翔哉選手はインタビューなどでいつも「楽しみたい」と言っています。サッカーを楽しむことは、上を目指したい才能ある選手にとっても、かつての私のような平凡以下の選手にとっても幸福なことなのです。

「次の一歩」にフォーカスする

小学生のプレーなんてものは、大人からみたら判断も技術も酷いの一言です。ツッコミどころだらけのプレーをするので、減点法ならだいたい0点でしょう。なので、ダメなところを指摘するだけなら指導者でなくともできます。指導者の専門性とは、どんなレベルの選手に対しても適切な「次の一歩」を導くことにあります。

例えば、ゴールを決めるためには身につけなければならないスキルが実は山ほどあります。適切なタイミングで適切なポイントへ動くこと、なめらかにシュートが打てる位置にファーストコントロール(トラップ)すること、GKを観察してコースを判断すること、蹴りたい場所へ蹴り込むこと。これら全てを一度に身につけることはできません。「できない」を少しずつ「できる」に変えてようやくゴールは決まるのです。

お母さんから見たら「酷いシュートミス」でしかなくても、私から見たら「1ヶ月前は出来なかったファーストコントロールが初めて完璧にできた瞬間」かもしれません。もしそうであれば、このシュートミスは褒めるべきプレーです。「なんでそんな簡単なシュートを外すんだ」と言われるのと、「ファーストコントロールは完璧だった。あとはほんの少しシュートを内側に飛ばせればゴール量産出来るよ。」と言われるのとでは、上手くなりたいとモチベーションが湧くのはどちらでしょうか。もちろん例外はあるでしょうが、心理学の原則に従えば明らかに後者です。

「やればできる」という言葉がありますが、心理学的には「できるからやる」のです。だからといってできて当たり前のことばかりやらせても上手くならないし達成感も得られません。少し頑張ればきっとできるちょうどいい「次の一歩」を提示し、できた瞬間を見逃さずに認めてあげて「できた」と認識させる。この繰り返しで選手は上達していきます。

大きな目標を見据えながら、目の前の小さな課題をひとつひとつクリアしていく。これこそまさに自分の人生を自分の手で豊かにしていく「人間力」と呼ぶべきものです。せっかくスポーツに時間とエネルギーを費やすのであれば、単にただ楽しければOKではなく、健全に成長と勝利を目指すなかで生涯にわたって通用する力を養ってほしいと願っています。

指導者も勇気を出してみよう

現状の責任を保護者ばかりに押し付けるのもフェアじゃありません。保護者としっかりコミュニケーションをとる努力が足りていない指導者やクラブは多いです。

これも致し方ない要因は多くあります。人口減少・少子化・過疎化のあおりを受けて、会員数の不足から存続すら危ぶまれるクラブであれば、保護者と価値観が合わなくても居てくれるだけでありがたいのは現実でしょう。また、部活動であっても地域クラブであっても、ほとんどは実質ボランティアでやっているでしょうし、高めの会費をお願いしているクラブであっても十分なスタッフ数を抱えられるクラブはほとんどありません。マンパワー不足からつい後回しにしてナァナァになってしまいがちです。

それでも、そこをサボると犠牲になるのは子どもたちです。保護者の方々の「問題行動」も悪気なく、あるいは良かれとやっている場合がほとんどで、我が子にとって毒となるのは本意ではないでしょう。保護者も指導者も子どもの成長を願う気持ちは同じなのでわかりあえるはずです。指導者は子どもたちに「サボるな」と発破かけますよね。指導者もサボらずにやるべきです。

ゼロからクラブ哲学を構築するのはとても骨の折れる作業です。そこまでは難しいのであれば、よそから持ってくればいいのです。

例えば、デンマークサッカー協会は「少年指導10ヶ条」なるものを定めているそうです。

デンマークサッカー協会 少年指導10ヵ条

子どもたちはあなたのモノではない。
子どもたちはサッカーに夢中だ。
子どもたちはあなたとともにサッカー人生を歩んでいる。
子どもたちから求められることはあってもあなたから求めてはいけない。
あなたの欲望を子どもたちを介して満たしてはならない。
アドバイスはしてもあなたの考えを押し付けてはいけない。
子どもの体を守ること。しかし子どもたちの魂まで踏み込んではいけない。
コーチは子どもの心になること。しかし子どもたちに大人のサッカーをさせてはいけない。
コーチが子どもたちのサッカー人生をサポートすることは大切だ。しかし、自分で考えさせることが必要だ。
コーチは子どもを教え導くことはできる。しかし、勝つことが大切か否かを決めるのは子どもたち自身だ。

あるいは、育成年代の保護者と指導者向けの情報サイト「サカイク」では親の心得として「サカイク10カ条」を作り、保護者やチームの間で共有することを呼びかけています。

サカイクのWebサイトではより詳しく「サカイク10カ条」を解説していますので興味があれば見てみてください。(ちなみにデンマークサッカー協会の少年指導10カ条の日本語訳もサカイクから引用させていただいたものです。)

とりあえずのところはこういったのものを保護者とスタッフに配布して「こういう価値観を大切にしていきたい。何か気づくことがあれば言ってほしい。」と伝えてはいかがでしょうか。

日本のスポーツの問題が多く明らかになっている今だからこそ、子どもの一番近くにいる保護者と指導者とがしっかり同じ方向を向いて子どもたちをサポートしていくことが大切です。

気が向いたらサポートをお願いします。いただいたサポートは長岡西陵スポーツクラブの活動に活用いたします。