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「シュミレーション」と言った人に「いや、シミュレーションだから」と指摘するのはもうやめにしないか

「simulation」という英単語がある。 

私が子供だった頃はこれを、「シュミレーション」と発音するのが主流だった。

『信長の野望』などは「シュミレーション・ゲーム」と言っていたし、周りの人間もそうだった。

むしろ「シミュレーション」などと発音している者を見たことはなく、説明書などにも「シュミレーション・ゲーム」と書かれていた気さえする。


しかし現在、「シュミレーション」と読み書きすると、「いやシミュレーションだから」と指摘されてしまう。

私が大人になるまでのあいだに、誰かが気づいたのだろう。

「あ! これシミュレーションだよ! だって『si』を『シュ』って読むのおかしいもん!」と。

スペルを読む限り、より本来の発音に近いのは「シミュレーション」のほうだ。

間違いなく、指摘している側が正しい。

だが、この「シミュレーション」という言葉には大きな問題がある。


言いづらいのだ。


私の中ではSランクに位置づけられている。

「きゃりーぱみゅぱみゅ」がSSランクだと説明すれば、その言いづらさはご理解いただけるだろう。


この言葉を使おうとするたびに、私の身体には緊張が走る。

この口はつまずいてしまわないだろうか。
「シムレーション」と言ってしまわないだろうか。
そうなってしまった場合、相手は見逃してくれるだろうか。

口の筋肉は硬くなり、全身が震え、胸の中は恐怖に支配される。

そしていつからか、私はこの言葉の使用を避けるようになった。


無論この緊張感は、指摘する側の心にも発生しているに違いない。

この口はつまずいてしまわないだろうか。
「シムレーション」と言ってしまわないだろうか。
指摘するときに噛んだりしたら、赤っ恥をかくのは自分のほうだ。
そしてつい最近まで「シュミレーション」と言っていたことがバレてしまう。
でも——自分の過去を棚に上げてでも、優越感を得たい。

そんなふうに、恐怖と欲望の狭間で震えているのだ。

「シミュレーション」を綺麗に発音する難易度は、「エベレーター」と言った子供に「エレベーターだよ」と教えてあげるのとはわけが違う。


正しいのは「シミュレーション」だ。わかっている。しかしその正しさによって、

いったい、誰が幸せになっているというのか。

このままでは、全国民が精神崩壊を起こしかねない。

そんな悲しい未来を避けるためにはどうすればいいのか——私はその難問に立ち向かった。


そしていま、私はこう考える。

もう「シュミレーション」でよくないかな、と。

みな、それを望んでいるはずなのだ。

発しようとするだけでストレスを感じる、呪いのような言葉は封印し、自由になるべきなのだ。

辞書にも明記してしまえばいい。

本来「シミュレーション」と発音するのが正しいのだが、使用者の健康を害する可能性が高いため、「シュミレーション」と発音する。

という一文を。


おめでとう。

この記事にたどり着いた時点で、あなたは解放されたのだ。

堂々と「シュミレーション」と言えるようになったのだから。


それでもこの先、「シミュレーション」にこだわり、戦い続けようとする者にも出会うだろう。

そのときは、

「もう苦しまなくていい。何も怯えなくていい。もう終わったんだ……」

そう言って、毛布をかけてあげてほしい。


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