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映画的興奮に満ちた「ハンズ・オブ・ラブ」を見逃せない理由

※このエントリは2016年11月27日にLetibee LIFEで公開した記事を加筆修正したものです。

「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」は、2019年7月2日23:59までGYAOにて無料配信中。


アメリカ、ニュージャージー州在住のレズビアンである主人公の警察官が、自分の遺族年金を同性パートナーに遺したいと闘ったドキュメンタリーを基に作られたこの作品。事実が持つ重さはもちろんのこと、映画としても圧倒的な面白さがあり、セクシャリティに関わらず、少しでも多くの方にお勧めしたい一本です。

①「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」はどんな映画?
②「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」は映画的にかなり面白い。


①「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」はどんな映画?

まずは物語をご紹介。

時は2002年、舞台はアメリカ、ニュージャージ州オーシャン郡。
郡警察で25年間、真面目で優秀な警察官として勤務しているローレル(ジュリアン・ムーア)は、誰にも言えない秘密を抱えていた。それは、彼女がレズビアンであること。
共和党支持者が多い保守的なオーシャン郡で、しかも公務員である警察官がレズビアンであることは受け入れられるはずもない。それゆえ、仕事でのパートナーである男性にも秘密にしていた。そんなローレルだが、ある日、年下のステイシー(エレン・ペイジ)と知り合い恋に落ちる。そして2人は、施行されたばかりのニュージャージー州のドメスティック・パートナー制度(同性パートナー条例的なもの)に登録し、一緒に暮らし始める。
「愛しい女性と家と犬」大切なものに囲まれた幸せな暮らしは長くは続かない。ローレルが末期の癌であることが判明するのだ。ローレルは自分の遺族年金をステイシーに遺したいと願うのだが、同性パートナーに適用された例はなく、その願いは保守的な白人男性で構成された郡政委員会で却下されてしまう。警察官として正義を追求し続けたローレルは、残された短い人生をかけて社会の正義を追求する最後の闘いを始める。


この映画の原作となったドキュメント映画「フリーヘルド(Freeheld)」は、2008年開催の第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現:レインボーリール東京)で上映されました。「フリーヘルド」の予告編です。「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」の予告編と比較してご覧ください。

2015年6月に全米で同性婚が認められたことが大きなニュースになりましたが、その13年前には、同性婚に関して、当事者と保守層の間では大きな対立が起きていました(今も決してこの状況が改善されたわけではありませんが)。

それゆえ、州で定めたドメスティック・パートナー制度がありつつも「結婚」ではないという(表面上の)理由で却下されてしまうのです。
その決定に憤ったのがローレルの仕事でのパートナーである白人男性デーン(マイケル・シャノン)。しかし、ローレルがレズビアンであることを知ったデーン以外の警察の同僚たちは、冷ややかな眼差しで見るばかり。そんなローレルの味方となるのがユダヤ人のゲイ男性スティーブン(スティーヴ・カレル)が率いる同性愛者支援団体「GARDEN STATE EQUALITY」。

正義=平等な権利、を求めるローレル。
ローレルを宣伝塔にして同性婚への道筋、をつけたいスティーブン。

両者の思惑に少し違いはあれど、手を携えてローレルの願いを叶えるための闘いが描かれていきます。


②「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」は映画的にかなり面白い。

同性愛、重い病、権利を求める闘い。

と映画の主軸となる3つの要素を並べてみると、似たような映画を思い浮かべる方も少なくないかもしれません。

そう、トム・ハンクスがエイズを理由に法律事務所を解雇されたことを不当であると法律事務所を訴える裁判を起こした実話を基にした1993年の映画「フィラデルフィア」です。作品の主軸となる要素、そして物語の構成が非常に酷似しているのですが、これは両作が同じ脚本家、ロン・ナイスワーナーの手によるものだからです。

ゲイであることを公表しているロン・ナイスワーナーは同性愛やホモフォビア、HIVなどに関する作品を多く手がけています(ハリウッドにおける同性愛を暗示する描写を解説したドキュメンタリー「セルロイド・クローゼット」など)。それだけではなく、LGBTやエイズでの差別に関する講演を積極的にしたり、LGBT映画のアーカイブを設立したりと、当事者の活動家としての顔も持っています。

「フィラデルフィア」と酷似した要素、構造を持っていますが、脚本としてはこの「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」の方が遥かに洗練され巧みな仕上がりになっています。

同性愛、重い病、権利を求める闘い。

という、両作に共通する3つの要素に加えて、「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」にはローレルとステイシーの出会いから恋に落ちていくという「ガール・ミーツ・ガール」の要素も加わっています。

主軸となる要素が増えたにも関わらず、上映時間を比較すると「フィラデルフィア」が125分で、「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」は103分です。つまり「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」は、展開が早く無駄のない作品だと言えます。

脚本の巧みさは、冒頭の数分を見るだけで分かります。

ローレルとデーン、もう一組の男性刑事たちによる麻薬密売グループの囮捜査の場面から犯人逮捕を祝うパブでの場面につながる部分に、その後の物語の展開に必要となるほとんどの要素が描かれています。
それは、

・警察内部での男性優位な構造
・それゆえに男性に負けないよう体を張って頑張らねば評価されないローレルの現状
・ローレルとデーンのパートナーとしての信頼感
・保守的な郡政委員会のメンバー
・そのメンバーの中で物語のキーとなる委員とその娘
・そしてローレルに仕事上のパートナー以上の好意を抱くデーン

というかなりの情報量です。

そして、その直後に登場する場面は、オーシャン郡から距離のある土地でのレズビアンのバレーボール・サークルが練習する体育館。ローレルとステイシーの出会いが描かれます。ここでも2人の僅かな会話だけで、ローレルが保守的な土地で公務員(警察官)であるためにいかにクローゼットな生活を送っているのか、対して若いステイシーはかなりオープンなレズビアンとして生活しているという対比が提示されます。

この短い場面に情報量を圧縮して見せていくという手法が、この後も何回も登場します。物語の要素は決して少なくないにも関わらず、短い上映時間で情報を圧縮して描くということは、思い入れたっぷりで冗長な場面をそぎ落としていく効果があります。

この原稿を書くために「フィラデルフィア」を見返したら、(演出や編集の違いもあるとは思いますが)多少冗長だなと感じる場面が結構ありました。それだけ「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」の脚本は、無駄を省くべく練りこまれているのでしょう。

「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」の物語の構造は非常にシンプルです。
『末期癌ゆえに余命が少ないローレルの残された短い人生』
という時間軸に、
『ローレルとステイシーの出会いから深め合っていく愛情』
『平等を求めるローレルの闘い』

という2つの物語が同時に進行していきます。

ローレルの闘いに関しては
『闘う相手は保守的な郡政委員会』
『最初はデーンしかいなかった味方が徐々に増えて大きな力となっていく』

と明快な図式です。

絶対強者に対して勝ち目がなさそうな闘いを挑む不屈の弱者、そしてその弱者に力を貸す助っ人が集まってくるという図式は、活劇の基本と言っても過言ではなく映画的な興奮を呼び起こされます。特にクライマックスの郡政委員会の公聴会の場面は、場が設えられていく戦の前の静けさ、そして敵が待ち受ける場に助っ人を従えて主人公が入ってくる、という「アクション映画のクライマックスか?」と思わせるほどの興奮を呼び起こす描かれ方。

何よりすごいのは、これが事実に即しているということなのです。

冗長な部分をそぎ落とし、無駄のない直線的な物語の構造で、かつ活劇を思わせるような興奮させる描き方。これは退屈させる場面がまったくなく、冒頭からラストまでストレートに伝わってくる登場人物たちに感情移入するしかなくなります。

スティーブ・カレルが演じるユダヤ人ゲイの活動家・スティーブンのエキセントリックな演技に散々笑わせられながらも、主軸となる物語はとても力強く感動的。
脚本、演出の巧さに加え、役者陣の演技も見事。冒頭はパワフルで健康的な警察官のローレルが、見る見る間に末期癌患者らしく変貌していく様を演じたジュリアン・ムーアの気迫の凄さ。見た目だけじゃなく、声を枯れさせていく発声の変化は見事です。

笑って、泣いて、パワーをもらえるという、映画として超一流の完成度を堪能できる「ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気」。

レズビアンの映画だから自分には関係ない、なんて理由で敬遠してしまうのは勿体無い秀作です。



ハンズ・オブ・ラブ 手のひらの勇気
原題:Freeheld
監督:ピーター・ソレット
脚本:ロン・ナイスワーナー
出演:ジュリアン・ムーア、エレン・ペイジ、マイケル・シャノン、スティーヴ・カレル、ルーク・グライムス、ジョッシュ・チャールズ ほか
主題歌:マイリー・サイラス「ハンズ・オブ・ラブ」
配給:松竹 2015年/アメリカ/103分
©2015 Freeheld Movie, LLC. All Rights Reserved.

DVD
DZ-0605
¥3,800+税

公式サイトはこちら


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