みんな苦しいときがある

「常にメンテナンスしなければ安定はしない」


これはもう自戒の念を込めてそう言わざるをえない。
そしてこのことは何度書いても書きすぎるということはない。

自分の状況は周囲の環境によって左右されるリスクにいつも晒されているので、自分が万全だと思っていたとしても、思いがけない環境変化によって、いともたやすく精神状態も物理的な環境も余裕を失ってしまうことがある。


とにかくここで問題なのは「危機的な状況」にあるときであったとしても、周囲との間に生まれた溝は溝でしかないということ。

あの時は余裕がなかったんだ、悪いと思っているんだけど許してよ、と言ったとしても、「そう、それじゃ仕方ないよね」とわかってくれるような優しい人たちばかりではないし、相手が傷ついてしまうことに変わりはない。


余裕のあるなしにも、悪意のあるなしにもかかわらず、その行為によって人は傷ついてしまい、その傷ついたという事実を消すことは出来ない。

それによって人が離れていくこともあるだろうし、反対に自分に向けた復讐の火種を育てることになることもあるだろう。悪意がなくても、余裕がないときには、十分に誰かに恨まれるような行為をする可能性はあるものだ。


「こちらの状況に余裕の有無に関わらず、行為の善悪は等しく判断される」ということが、そのことで誰を責めることも出来ないツラい事実であることを認めて、そこからその対策を現実的に講じていくということが始まる。


現実的に講じる策は「余裕を持つメンテナンスを常にし続ける」または「余裕を生み出す環境づくりをし続ける」だと思っている。


「余裕を持つメンテナンスを常にし続ける」というのは、もうとにかく自分が自分を大事にするということであり、体調のケアとメンタルのケアを怠ることなく、むしろそれを最優先で暮らすということ。

そのためにはまず、自分がどんなことから体調を崩したり、メンタルが落ち込んだりするのかを観察する必要がある。さらに観察をした上で、症状が出た時にはどのような回復の方法が自分に適しているのかを試し続けていく。


僕の場合は、まず「寝不足」は大敵である。睡眠時間が足りてないとイライラしてきたり、落ち込んだりしやすいし、アイディアが閃かなかったり、うまくファシリテーションできないなどの仕事のクォリティが下がり、それが自分の自信を損なうきっかけとなることも多い。

自分の能力が足りないっていう気持ちになることは誰しもあると思うが、それは体調が万全でない時に限って、あまり能力が発揮できてないなんて時があり、それはそもそも能力の問題ではなくて体調の問題だったりするときは結構ある。まずちゃんと寝ろ、というのが大前提ってことだ。


あとは「過度の空腹」または「質の低い食事による体調悪化」などもまた、イライラを誘発したり、仕事のクォリティを下げて、結果的に自信を損なわせることにつながることがある。

食べるものが自分の体調はおろか精神面に及ぼす影響は思いのほか大きいと思っているので、本当に食べるものには気をつけなければならないと思う。


さらに「寂しさ」や「孤独感」や「疎外感」なども、まだまだ自分の精神面に影響を与えがちである。自分の言いたいことを伝えても誰にも聞いてもらえないという思い込みや、自ら行動をしないことによって世の中から取り残されたような気持ちになってしまい、自信を喪失して余裕がなくなるなんてことが、僕のようなハッピー野郎でもたまにあるものだ。

ただ、これはもともとは「睡眠不足」や「体調悪化」から自信が損なわれるなかで発展して辿り着くもののような気がしていて、いきなり寂しさに襲われるというよりは、体調面から引っ張られるようなことが僕の場合は多い。


そうした状況に陥っているとき、僕のルーティンはこうだ。

①「過度なほど十分な睡眠」をまずとってから
②「うまい麻婆豆腐を食べる」に発展し
③さらに「カラオケで声を出し」
④そして「サウナを満喫する」
⑤最後に「会いたい人に会って、話したい話をさせてもらう」

というプロセスを経て、急激に回復をする。このうちいくつかを実行するだけで十分だし、全部やれるとき、または全部が必要な時は全部やるのだ。


ここまでやると、自分を甘やかせていることに満足してくる。

したいことをさせてもらえて、それをだれも責めることがない、なんて幸せなことだろうか。誰かに貢献したい。この有り余る幸せを分けて死にたい。


そんな風にテンションが切り替わることで、心は感謝の気持ちで満たされ、余裕を取り戻していく。ただそれは永続的に続かず、ちょっとした無理がすぐに体調悪化にもつながるし、睡眠不足なんていくらでもできてしまう。


だからこそ、常に自分のメンテナンスこそサボることなく、最重要な行動として位置づけておくことが大事だと思う。

なによりも大事なことは、自分のテンションは移ろいやすく、嬉しかった朝の時間のあと、昼にはガックリと落ち込んでしまうくらいに脆弱なものだったりするのだから、それが永続的に続けたいのなら、相当なメンテナンスをしてやっと成り立つのだということを知っておくことだと思う。


だから常に聖者を目指す人は、悪業を生み出すことがないよう、余裕を持つためにも常に瞑想をしようとするのだと思う。簡単なことじゃないのだ。

急に読者の方からサポートもらえてマジで感動しました。競馬で買った時とか、人にやさしくしたいときやされたいとき、自暴自棄な時とか、ときどきサポートください。古民家の企画費用にするか、ぼくがノートで応援する人に支援するようにします。