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本を売る

 本を売る。
 本だけじゃなく、過去、レコードやCDもごまんと売ってきた。もう読まない。もう聴かない、と思ったからこそ、売る気になるのだが、結局、また、新たに買い戻したケースもあまたあり、つくづく自分の判断とはあてにならないものだ、と思う。
 自分が信用ならない。
 言い訳をするようだが、年齢によって、嗜好が変わる、ということもある。
 さて、最初に本を売ったときのことは、よく覚えている。
 近所の駅近くの古本屋に文庫本を10冊程度、持っていった。厳選に厳選を重ねた本である。夏目漱石や芥川龍之介などもあった。なぜ、漱石や芥川を売る気になったのか、いまとなっては、理解不能だが、たしか、中学生、高校生が必ず読むような古典的な名作を捨て、いま、まさに書かれている新鮮な現代文学を読んでいくのだ、という自分なりの幼い決断だったように思う。
 いまでは、後悔している。旺文社文庫の夏目漱石や芥川は、二度と手に入らないからである(旺文社文庫は、古本屋で見つけると、とにかく買っているが、漱石や芥川はまだ見つけたことがない)
 話を戻すが、合計で100円だった気がする。文庫本10冊持っていって、100円。いまならそんなものだと思うが、そのときは、ショックだった。
「ま。100円ですね」
 私がレジ前の台に本を置いて、一秒後。
 古本屋の主人があっさりといった。まさに即断。
 その主人の、「ま」、と「ですね」の口調が、いまだに耳元に残っている気がする。

 その後も、本(やレコード、CD)を淡々と売りつづけた。過度な期待を持つこともなく、こんなものなのだ、と自分に戒めて。
 
 思い出といえば、こんなこともあった。あるとき、一時期売れたハードカバーの純文学系の本を持っていったことがある。まだその本が売れている時期だった。
 家の近くではない、古本屋だった(近所の古本屋はしょっちゅう買いに行くので、顔を知られていた。恥ずかしかったのだ)。
「200円ですね」
 そういった。
 1,200円程度の本だったと思う。
「これ、初版なんですけれど」私は控えめに食い下がった。
「あ。関係ないから。こういう本は。初版、関係ない」
 やはり、あっさりといわれた。
 そのとおりである。いまでは、わかる。でも、そのときは、知らなかった。
 軽いショックがあった。春になると、砂がざらざらするような春先のことだったことだけは、鮮やかに覚えている。


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