編み模様の命名に関する云々

自作した編み模様にはすべて名前 (タイトル) を付けています。親心です。
親心は言い過ぎとしても、苦労の記憶もまざまざと浮かぶ思い入れのある作品ですので、命名は人間味ある考え方です。
作品に名前を付けるきっかけは、趣味で鑑賞している美術品や音楽作品が関係していて、特に音楽作品から大きな影響を受けましたので、少しばかり記してみたいと思います。

音楽作品には、洒落た題名の曲が多いですが、ワタクシの好みの中で、武満徹氏、伊福部昭氏、この2人の楽曲名のカッコよさは他に類を見ません。

日本の現代音楽の代表として常に名が挙がる武満徹氏の楽曲名は、「雨の樹」「鳥は星形の庭に降りる」「秋庭歌一具」(しゅうていがいちぐ) など、詩のように美しく、または、博物館に並ぶ工芸ような厳めしい名で興味をそそります。音楽を独学で学んだ事がその一因でしょうか、脳みそから溢れ出た旋律と混然一体となって聴く人を魅了し、いまだ人気の絶えない作曲家です。

下の動画は鍵盤打楽器の楽曲「雨の樹」
購入したアルバムの中に収録させれていて、一瞬で虜になったもの。武満徹氏の曲は難解なものが多い中、命名と曲とが見事に調和した稀な曲です。

もう一人、伊福部昭氏は、「ゴジラ」や「宇宙大戦争マーチ」がとても有名で、フレーズを聴いただけで映画のシーンやキャラクターが浮かび上がりますし、日本人にはもうおなじみのあの気が滅入る音 (NHK緊急地震速報チャイム) は、伊福部氏の甥御さんの作品ですが、伊福部昭氏が製作した楽曲の和音を借りて製作されているように、すでに伊福部氏の音は日本の生活の中に溶け込んでいます。
今では映画音楽の伊福部でありますが、映画音楽以前は管弦楽などを書いていて、国際的な賞を受賞しています。
伊福部昭氏の曲には、北海道出身で身近にアイヌの村があった生活の記憶から作られた「シンフォニア・タプカーラ」「土俗的三連画」などアイヌの旋律を借りたものや、日本の古い神事に着想を得た「古代日本旋法による蹈歌」(とうか)、シルクロードを渡って日本にたどり着いた楽器から想像した「箜篌歌」(くごか) など、自身のルーツを探る曲が多いのが特徴で、楽曲名のほとんどが日本語 (と、アイヌ語) です。(タプカーラはアイヌ語)
下の動画は、伊福部昭氏の "日本" の文字が付いた曲。どんくさく感じますね。手拍子が打ちやすいです。

明治時代、鎖国の解けた日本に来た宣教師は、日本人のリズム感の無さに、「日本人には歌 (西洋の歌/讃美歌) は歌えない」と音 (ね) を上げたそうです。民謡のように節があったようなのです。潜伏キリシタンが唱えるオラショ (歌オラショ) のような歌い方だったのでしょう。
また、音楽の話ではありませんが、映画『沈黙 -サイレンス- 』で、沢野忠庵という日本名で暮らす転びバテレンのフェレイラ神父が日本人の信仰の根源を語っています。― 日本人には創造神は理解できない。彼ら (日本人) は、創造神を「大日」(太陽) であると理解している ― と。
遥か昔、日本の地となるこの島々にやってきた人たち (縄文人) は、太陽を特別なものとしていたようです。太陽は生まれて (昇って) 暖かく明るく地を照らし、動植物を育て、少し経つと死ぬ (沈んで暗闇が訪れる) が、また少し経つと生まれる、そのようなサイクルを人間の生と死になぞらえ、特別なものとしてみていたとしても、不思議とは思いません。地動説などまだ知らない彼らは、死んでも数時間後にはまた生まれる太陽を神様 (のようなもの) と考えていたはずです。
また、農耕や物品を作り出す技術が発達すると、それらの労働に一定のビートを見つけ、自分たちなりの旋律やリズムを身につけました。
そのような基底が日本人であり、それがほんの数百年前まで当たり前のことだったのです。
この国には、誰にも変えられない深い独自の文化が長くあります。異文化生活経験が無いワタクシには実感出来ない事で、理解するのさえ難しい事です。

話は逸れますが、クラシック音楽に疎い人でも一部のメロディは知っている「惑星 : ジュピター」で大変有名なホルストさんも「日本組曲」を書いています。当時欧州に住んでいた日本人ダンサーからの依頼で、日本のメロディーを口ずさんでもらい製作したようですが、日本文化しか知らないワタクシが聴くと、日本のメロディーは美しく聞き取れても、やはり日本ぽくない。

20代の頃、フレンチやマリンなどのフランステイストやロシアのマトリョーシカが流行っていた頃、下北沢の雑貨屋さんへ手作りの雑貨を預かってもらっていましたが、異文化への強い憧れから、ブランド名やちょっとした文章に、辞書で引いただけの外国の言語を使用していました。しかし、身をもって文化を知らない為に、言葉の微妙な意味合いも分からず、本当にうわべの雰囲気だけの "ニセモノ" の作品群でした。『Superdry 極度乾燥(しなさい) 』レベルのこっけいさはあったと思います。若さゆえです。例えると、変な英文が書かれたTシャツをせっせと生産しているような感じだったのでしょう。

そのような身に染みた反省を心に持ち、自分が置かれた文化を客観的に見ることが出来るようになった今だからこそ出来ることがあると考えています。その突破口を開いたのが、椎名林檎氏。彼女の歌詞は、旧仮名遣いや古風な表現が多用されていて、日本文学などを愛読されているのだろうと思っていましたが、さほど読書はされていないとの文章を目にしました。旧仮名遣いも学術的に正しいものではないとのインタビューを目にした時、あ、それでいいのか... という、たったこれだけの感想でしたが、後々、大きな原動力にもなりました。他人の軸ではなく、自分の軸で考えればよい、と彼女が教えてくれたのです。

縫製活動での失敗事例を鬱々と考えながら、それでも辞め切れずに縫製で作品を制作していましたが、縫製をやめてビーズ編みに転向したいと重い腰を上げた2017年の年末から今に至るまでずっと、自分自身に素直に向き合って出来ることを考えています。最も古く、長く続く日本という国に生まれた自分の持っている考えや感覚はとても日本的であるはずです。簡単に日本を連想できることを無理にやらなくても、自分に対して素直に考えれば、それはとても文化の反映されたものになっているはずです。自分がしたい事と自分の持っている感覚を照らし合わせて見た時、それらを表現できる一歩は編み模様と作品への命名であると考えました。ビーズや編み物自体、渡来したものです。それをこなす日本人として、模倣の域を脱するあらゆる道を探す事は間違いではないと信じています。

伝統を意識した思考によってのみ、はじめて国際的な訴えをもつ作品が生まれる ー 伊福部昭
国民的なものは、どこの国のものとも並在し調和する国際性を有っているのです。
最初から国際性をねらったものは、結局どこの国のものにもならないでしょう。 ー柳宗悦

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2017年晩秋に出会ったビーズ編みに日々精進しています。

見つけてくれて、ありがとう!
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