心が自由じゃなかった時

常に私の心の中には監視役がいた。

あまり遅くまで出歩いてちゃダメ。夜遊びしちゃいけません。

いい年した大人になって、誰かに叱られるわけじゃないのに、私の中の監視役が家路へと急かした。

だから、楽しい飲み会に参加してても、ふと脳裏に「この時間は家にいないといけない」という考えがよぎる。

さっきまで夢中で味わっていた楽しむという感情が、罪悪感に変わって、私に襲いかかる。

もうそこから、私の注意は時計に持っていかれる。


帰らなきゃ、帰らなきゃ。


結局、「いい子」でいたかったからなんだけど。

私の中の「いい子」は夜遊びなんてしないのだ。


しかし、一方で、恐ろしく夜遊びに興味があるのだ。本当は夜の蝶にものすごく憧れがあているのだ。だからこそ、その欲求を抑えつつけていたのだ。


でも、そんな勇気のない私は、ほんの少しだけ秘密のにおいがする夜のカフェで、約束を破った感を楽しんでいる。

ひとり客ばかりのこの空間で、きっとこんな背徳感を味わっているのは、私だけかもしれないけど。


こんな自由の感じ方もあるのだ。

私は今、自由なのだ。



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

ご興味を持っていただきまして,ありがとうございます。 実はまだ学生です。もし,よろしければ,サポートいただけますと嬉しいです。ちょっと美味しいものを食べたいです。

ありがとうございます!
2

しばふ ねこ

生きづらいのは、私の考え方のせいだった。 ただ、そうなったのには、きっと理由があるはず。 心理学を研究しつつ、noteで自分の闇を解き明かしている人。 なにかわかるかもしれない,でも,わからないかもしれない。

過剰適応脱却のススメ

「過剰適応」 大人の言うことをよく聞く「いい子」。 仲のいい友達で自分のステータスを確かめる。 空気は吸うものじゃなくて,読むもの。 「私」を作り上げて,そのうち「私」が壊れて,「私」を探し始めた人の話。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。