観客やリスナーであり続ける必要はない。

Instagramやtwitterで感じていた違和感の正体がわかった。

「演じ手と観客」

この「DJとリスナー」みたいな関係が僕はあんまり好きじゃない。人は誰しも表現しているし表現を受けとめている。すごいベテランの表現者さんも誰かのファンだったり。

僕の周囲には表現をする方たちが多い。身体表現、音楽表現、写真や絵画や書道を表現手段としている方もいて、とても刺激的。

表現を紹介するマネジメントや制作会社の方、企画広報宣伝...それぞれの部署で表現を取り扱っていて、これまた刺激的。

けれどもその人たちは最初からプロフェッショナルだったわけではない。

自分で自分を宣伝する人もいるけれど、多くは告知、つまり

「私はこういうことをしています」
「ふだんこういうことを思っています」
「これからこういうことがしたいと思っています」

これらを掲げることで、人に興味を持ってもらう。

その効果を狙ってInstagramやtwitterをやってるわけじゃないけど、少し遡ってみると、意気込みや取り組む姿勢が感じられてくる。もちろん完全に売り込みモードのアカウントはスルーだけど。

ところで、Instagramやtwitterをやってる人は、誰に向けてるのかな。多くの人は自分を知ってる人に向けて発信してないだろうか。相手も自分も知ってる人しか楽しめない内容になってないだろうか。

それが悪いわけじゃないけれど、あなたをまったく知らない人が興味を持ったとき、アイスの前で変顔してるあなた以外に、あなたという人の人となりか感じられる投稿は他にあるだろうか。せっかくの出会うチャンスが少々もったいなく感じてしまう。


たとえばグループオーディション。要領の良い無難な回答ばかりで甲乙つきにくいとき「あなたはインスタかツイッターをやっていますか」「やっていればアカウントを教えて下さい」僕が面接担当だったら聞いて、本人の目の前で開いて読むだろう。「これはどういうこと?」わからないことは聞くだろう。

「人に見せる」「人から見える」この違いをどれだけ意識してるだろう。これは手段や立場に関わらず、表現を扱う人すべてに必要なスキルだと思う。

あなたは観客やリスナーであり続けることはない。けれども、急に入れ替わってうまくいくはずもない。

Instagramやtwitterは、ちょうど良い練習機会。私を知らないあなたが読む場合を考えて、ところどころに感じられるものを置いておくと良いかもしれない。


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伊東 和則

五六〇劇場

ツイッターは140文字。文章は起承転結、音楽はA-A'-B-A'。そこから生まれた560字。 ゴーロクマル劇場。
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