しぶきは飛んでくるし、そのほうが楽しい。

書いていくうち、誰の得にもならない文章になってしまうことがある。あれれれ?みたいな方向に飛んでいく。ピッチャー暴投である。

面白ければまだいい。おもしろくない。読後感とか全然すっきりしない。読後どころか自分なら読むのをやめる。かなり早い段階で。

駄文は下書きのまま、想いとともに収納される。書かれた内容とは別に、文章に映るのは書いたときの想い。想いがほとばしっている。

ほとばしりすぎている。

なにごとも、ほとばしりすぎはよくない。噴水だって勢いよすぎると情緒も風情も飛んで水道管破裂になっちゃうし、日本の平均気温を上げると言われる熱血の人も、ただ暑苦しいだけのウザい男になってしまう。

ほとばしりすぎないようにするにはどうすれば良いのか。考えたけど名案が浮かばない。ご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたい。

とりあえず現時点での対応は、ふたをして下書きに放り込むしかない。ほとばしりを止めるのは難しいので、飛び散るしぶきがかからないようにする。それが精一杯の対応策だ。

けれど...。

遊園地や水族館で経験の通り、多少のしぶきは飛んでくるほうが楽しい。なぜだろう。女性のシャンプーの香りみたいなものだろうか。

女性のシャンプーは香りなのに、おっさんのシャンプーは匂い。なぜだ。良い香りと良くない香り?匂いのせい?相手によるんじゃないか。好きな相手のものは全部イイカンジに感じないか。

だとすれば、どんな文章を書こうが嫌われなきゃ全然いいんじゃね?ど真ん中ストライクばかりじゃない。すっぽ抜けるところがドラマなんじゃん。そこが実に楽しい。まさに悩みどころだ。


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伊東 和則

五六〇劇場

ツイッターは140文字。文章は起承転結、音楽はA-A'-B-A'。そこから生まれた560字。 ゴーロクマル劇場。
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