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海賊ブラッド外伝~枢機卿の身代金(5)

 しかしアルカルデ(代官)と共にバージ(艦載艇)で陸へ戻る際、キャプテン・ジェネラル(司令官)は本音を漏らした。ドン・ルイスを真に駆り立てているもの、それは大司教枢機卿の救出よりも、彼のお株を奪って逆に打ちのめしてくれた厚かましい海賊めを叩き潰さんとする熱望だった。

「あの愚か者は金を受け取るだろう、それが奴にとって破滅の元になるだろうがな」

 代官は悲観的に首を振った。「なんという法外な金額ですか!十万とは!」

「詮方ない事だ」ドン・ルイスの態度は、ブラッドを破滅させる対価ならばそれも安いものであるという考えを言外に語っていた。ハバナの司令官にして、この地域においては人々の生殺与奪の権を握る高位にあるはずの自分に、さながら鞭撻を受ける学生以下の立場であるかのような屈辱を味わわせたあの男を破滅させる為ならば。「それに、さほど法外な値段ともいえん。海洋提督[^1]はキャプテン・ブラッドの首に五万の賞金を賭けているのだからな。私はその倍を出すぞ――国庫から」

「しかしリコネッテ侯爵が支払う金は失われる訳ではないでしょう。こちらは、あの悪党と一緒に海の藻屑になるのですよ」

「回収が絶対不可能という訳ではあるまい。それは我々が何処で奴を沈めるかによる。今、奴が錨を下ろしている場所は四尋もないし、そこから砂洲までの間はずっと浅いままだ。だがそれは問題ではない。重要なのは、あの船から大司教枢機卿を救出し、呪われた犬めの不可侵の優位を終わらせる事だ」

「実際に不可侵の優位が終わるとお考えですか?あの狡猾な悪魔は誓約なり宣誓なりを要求すると思われますが」

 ドン・ルイスは怒りで青ざめた唇から野蛮な笑声をあげた。「くれてやるさ。誓約でも宣誓でも、奴が必要とするならなんであれ。強いられて余儀なく行った宣誓に拘束されるいわれなどない」

 しかし代官の憂鬱な表情が晴れる事はなかった。「猊下はそのようにはお考えにならないでしょう」

「猊下?」

「あの忌まわしい海賊が猊下に誓約を――安全を保障する誓約を――求めぬはずはない、そう思いませんか?あの枢機卿がどのような人物であるかはご覧になったでしょう。融通のきかない、頑迷で凝り固まった、契約文言の奴隷。そもそも司祭に判事の役を任せるのが間違いなのです。あの手の人物は官職には全く不向きです。魚心も水心もあったもんじゃない、全く空気を読む気がないのだから。あの高位聖職者がひとたび宣誓したならば、それが何処で、どのように強制された末の宣誓であろうと遵守するでしょうな」

 一瞬、狼狽が司令官の心に影を差した。だがしばし思案すると、彼のねじくれた精神は切り抜ける道を見つけ出した。彼は再び笑った。

「忠告には感謝しよう、ドン・ヒエロニモ。私はまだ誓約しておらんし、その時には信頼できる人物、私の言いなりに動いてくれる人間が立会いを務めるようにする」

 官邸に戻った彼は、枢機卿の身代金の件にとりかかる前に士官の一人を召集した。

「新スペインの大司教枢機卿は今晩ハバナに上陸なされるだろう」と彼は告げた。「猊下に対する歓迎として、そして遍くこの都市に喜ばしい出来事が知られるように、突堤上から礼砲を発射せねばならん。君は砲手一名を伴って突堤に向かい、そこで待機したまえ。猊下のおみ足がこの地を踏んだ瞬間、君は発砲を命ずるのだ」

 そう伝えて士官を下がらせると、また別の者を召集した。

「君は直ちにエル・フエルテ、モロ、プンタに馬を走らせろ。三つの要塞のそれぞれの司令官に対し、私の名において、あそこで錨を下ろしている英国旗を掲げた赤い船に砲口を向けるようにと命じるのだ。それから合図があるまで待機せよ。その合図とは、新スペインの大司教枢機卿が上陸なされた時に突堤上で撃たれる礼砲である。その砲声が聞こえると同時に、件の海賊船を砲撃し撃沈せよ。万事遺漏なきよう期したまえ」

 全てが完全に了解されたのを確認後、ドン・ルイスは一連の指令を伝えさせる為に仕官を下がらせると、次に枢機卿を拘禁状態から救う金を調達する為に国庫を緊急捜索する方に注意を向けた。

 彼は極めて迅速にこの問題に取り組み、ファースト・ドッグワッチ[^2](午後4時頃)には、再びアラベラ号の船体脇まで漕ぎ寄せた艦載艇から四つの大きな箱が海賊船の甲板に運び込まれていた。

 バージ(艦載艇)が近付くにつれて見えてきた船尾楼甲板上の大司教枢機卿の姿によって、司令官と今回も忠実に彼と同行した代官の二人は勇気づけられた。猊下はマントに身を包み赤い帽子を被っており、司教杖は無帽のフレイ・ドミンゴ(ドミンゴ修道士)が運び、他のドミニコ会士達は慎み深くフードを被って彼の背後に整列していた。既に猊下の準備は整い、陸上に向かうのを待つばかりなのは明らかだった。そして甲板上に猊下の姿があるという事実からは既に自由が許されている事が推定され、身代金の支払いさえ完了すれば猊下の拘留という涜聖行為は終わり、あの忌まわしい船からの出発を遅らせる面倒事は起きないであろうと、ドン・ルイスは最終的に確信を得た。猊下の出発と共に聖別された御方を盾にする事で成立していたアラベラ号の不可侵は終わり、ハバナ要塞の大砲があの海賊船をあっという間に始末してのけるだろう。

 この考えにより有頂天となったドン・ルイスは、梯子の上端で彼を迎え入れたブラッドに対して国王の代理人が海賊に対して言葉をかける際に相応しい口調を使う欲求を抑える事ができなかった。

「マルディト・リヤドロ――忌まわしい盗賊め――そら、貴様の金だ、貴様がその罪によって地獄で永遠に焼かれ続けるはずの神聖冒瀆の代償だ。さっさと確認を済ませて我々を陸に帰らせてくれ」

 キャプテン・ブラッドはその侮蔑的な言葉に心を動かした素振りを見せなかった。彼は大型の箱に身をかがめると順番にそれぞれの錠を開け、鈍く光る内容物にさりげないが、しかし値踏みするような一瞥を投げた。それから彼は航海長に前に進み出るように合図した。「ジェリー、金だ。積み込み作業に立ち会いたまえ」半ば馬鹿にしたように彼は付け加えた。「確かに全額あるようだ」

 そこで彼は船尾を振り返ると手摺の付近にいる緋色の人物の方を向いて声を上げた。「枢機卿猊下、身代金は受領いたしました、キャプテン・ジェネラル(司令官)の艦載艇が陸まで貴方をお送りする為に待機しております。しかしながらそれに際しては、我々が妨害や追跡を受ける事なく出発するのを許すという猊下の宣誓をいただかねばなりません」

 小さな黒い八字髭の下で司令官の唇は薄ら笑いを浮かべていた。この男の狡猾さは、入念に疑いを避けるように計算しながらも悪意を込めた言葉選びに表われていた。

「貴様は今すぐ、何ら支障なく出発できるぞ、盗賊め。だが、もし万が一、再び我々が海上で遭遇したならば、その時は…」

 彼はそこで言葉を切った。だがキャプテン・ブラッドが後を続けた。「…私はそのヤードアーム(桁端)から貴方を吊るす喜びを得られるでしょう、あの偽誓に対する報いにふさわしくね。盗賊にも劣るスペイン紳士殿」

 修道士達の先頭に立って歩いていた枢機卿はその言葉を聞き咎めて足を止めた。

「キャプテン・ブラッド、今の恫喝は私がその表現が真ではない事を願う程に不寛容ですよ」

 ドン・ルイスは驚愕のあまり息をつまらせ、攻撃的な恫喝の言葉よりもその小言の方に一層立腹していた。

「願われると!」彼は叫んだ。「猊下は願われるとおっしゃるのですか!」

「待ちなさい!」枢機卿はゆっくりと甲板昇降口階段を降り、修道士達もその後に従って中部甲板にまでやって来た。まさしく広大無辺の力と教会の威厳との具現化であった。

「私はあの非難が真ではない事を願うと言いましたが、その言葉には貴方の感情を害するであろう、ある疑念が含まれていました。ドン・ルイス、その疑いを抱いた事について、私は貴方に赦しを請いましょう。けれどもその前に、貴方が始めてこの船に来た時から私が懸念していた事について確認しておかねばなりません」

「まずは上陸を、猊下の御質問にはその時に全てお答えいたしますので」そう言ってドン・ルイスは、梯子を降りる枢機卿の介添えを務める為にその上端に向かって大股で歩き去った。キャプテン・ブラッドもまた、司令官とは梯子を挟んで反対側になる位置に立つと、去り行く賓客を丁重かつ速やかに送り出そうとするように脱帽して待ちうけた。

 しかし大司教はその場から動かなかった。「ドン・ルイス、貴方の治める州に上陸する事に同意する前に、答えてもらわねばならない質問がひとつあります」それは非常に厳しく威圧するような物腰であり、その前においてドン・ルイスは震え上がり、狼狽した様子で御意を待つより他なかった。

 枢機卿の視線は司令官から付き添い人であるドン・ヒエロニモに移り、次に発せられた決定的な質問はその彼に向けたものだった。

「セニョール・アルカルデ(代官)、よくよく熟慮の上で答えなさい。貴方の正当性には貴方の職務が、そして恐らくはそれ以上のものがかかっています。司令官が貴方に没収する事を命じた問題の品――あのイングランドの船乗りの資産――は、どのように処理されたのですか?」

 ドン・ヒエロニモの不安げな目は質問者に釘付けになった。威圧され、彼は咄嗟に事実を話してしまった。「その品は、再び売られました、猊下」

「では、その代金は?それは一体どうなりましたか?」

「私は閣下に、司令官にそれを届けました。およそ一万二千ダカットでした」

 それに続く沈黙の中、厳しくも悲しげで探るような視線を向けられたドン・ルイスは、轟然と背筋を伸ばし、軽蔑をたたえた反抗的な表情で唇を歪ませながら耐えた。しかし大司教の次の質問が、彼の顔から傲岸の最後のひとかけらまでをも完全に拭い去った。

「なるほど、それはつまり、ハバナの司令官は国王陛下の会計局長官も兼任しているという事ですか?」

「勿論、そのような事はありません、猊下」ドン・ルイスはそのように答えざるを得なかった。

「それならば貴方が、主君である国王陛下の名において没収した品物の代金として受領した金は、当然財務省に引き渡したのでしょうね?」

 彼は己が先ほど発した言葉について問い質されても、あえて言い逃れはしなかった。とはいえ、彼の口調はこのような問いに対する憤慨によって不服げだった。

「それはまだ完了しておりません、猊下。しかし…」

「まだとは!」枢機卿はそれ以上彼に言葉を継がせず、その底に非難の雷を秘めた穏やかな声で遮った。「まだ?けれどその出来事からは丸ひと月が過ぎているのですよ。嘆かわしい事に、王国の士官たる者が、今朝の貴方が語ったような到底正直とは言えぬ詭弁によって法を恣意的に解釈したのでは、という私の疑いは事実だったようですね」

「猊下!」それは怒りの咆哮だった。興奮し、激怒の面持ちで彼は一歩前に進み出た。別の場で告げられたのならば、彼も己の憤りを押し殺していたはずだ。しかし人前でこの司祭から忠告され侮辱を受け、やくざな海賊達の蔑みと嘲笑にさらされるという状況で、堪忍袋の緒を切らずに済ませるカスティリャ紳士などいるまい。怒り心頭の状態で彼はこの侮辱に対して返す言葉を捜していたが、さながらその心を読んだかのように、大司教は司令官の怒りを衰えさせ恐れに変える程の軽蔑的で激烈な非難を開始した。

「静まりなさい!貴方は我々に対して非難の声を上げるつもりですか?このような手段を用いる事によって貴方は多くの富を得ましたが、しかしそれ以上に多くの不名誉を得たのです。そして、それだけでは終わりません。あの不運なイングランドの船乗りが己の富が強奪されるのを黙って許すように、異端審問所による取調べと信仰の火を持ち出して恫喝したのです。新キリスト教徒であろうと、あるいは新キリスト教徒ならば尚更の事、理解しておかねばなりません。このような卑しい目的の為に異端審問所を利用したという事は、その者が教会に対する怨恨を告白したも同然であるという事を」

 異端審問所の前長官が唇にのぼせた恐ろしい脅し、そしてそれを語る表現の中に潜む、新キリスト教徒の血筋に対して古くからのキリスト教徒が抱く蔑みが、司令官の心臓を灰と化す雷光の一撃となった。恥辱にまみれ、破滅し、『聖なる家』に召喚されてアウト・デ・フェ(異端判決宣告式)を受けた末に、全ての尊厳を剥奪されて世俗の兵士に引き渡され処刑される己の姿を脳裏に描いた彼は、顔色を失って立ち尽くした。「主よ!」それは打ちひしがれた男の悲痛な叫びだった。彼は哀れみを請うて手を伸ばした。「私はそのような事態を見通す事ができ…」

「さも有りなん。オキュロス・ハベント・エト・ノン・ヴィデブント(目あれど見ず[^3])。見えていたならば、むざむざ危険を招く事はなかったはず」それから突然、彼は再び常の通りの穏やかさに立ち返った。しばし彼は思いにふけり、一同は畏まり沈黙を守った。それから彼は溜息をつくと、打ちひしがれているマルコス伯爵の腕を取り誘う為に進み出た。大司教は他の者達には声が届かぬフォアキャッスル(船首楼)へと彼を導いた。彼は非常に穏やかに語りかけた。「私を信じなさい、私の心臓は貴方の為に血を流しているのです、息子よ。フマヌム・エスト・エラレ(過ちを犯す事は人間的な事である)。我々は皆、等しく罪人なのです。私自身が哀れみを覚えぬ場合であっても、私は可能な限り慈悲を実践します。それゆえに、貴方を助ける為に私ができるささやかな事を行いましょう。貴方が司令官の任にある間に私がキューバに上陸したならば、私には真なる信仰の審問者としてこの問題に対処する義務が発生します。そしてその義務に従って行動すれば、貴方は破滅するでしょう。これを避ける為に、息子よ、貴方が官職にある間、私はここには上陸しません。私にできるのはこれが限度です。恐らくは、たったこれだけの事でさえ、私は己自身に詭弁を弄する罪を犯しています。けれども私は単に貴方個人の処遇を考えるだけでなく、誇り高きカスティリャ人の評判やスペインという国家の名誉がたった一人の不心得な行政官によって傷つけられる事をも憂慮せずにはいられません。そしてまた同時に、国王陛下よりの御信任を甚だしく濫用した者が官職に留まり、その犯罪行為について処罰を受けずにいるのを看過する事はできぬのも理解しなさい」

 彼はひと呼吸おき、ドン・ルイスは頭を垂れ卑屈な様子で続く宣告を待った。

「どのような口実でもかまいません、今日中に総督職を辞任しなさい、そして一刻も早くスペイン行きの船に乗るのです。そうすれば、貴方が新世界に戻らず本国においても何らかの公職を引き受けぬ限りは、私も貴方の犯した罪について公の場で触れる事はないでしょう。これが限度です。神よ、我の過ぎた行いを許したまえ」

 この宣告は厳しいものであったが、このように穏便に職を辞す事が可能であるとは期待していなかった失意の男は、半ば安堵と共にこれを聞いた。「そのようにいたします、猊下」彼は頭を低くしたまま口ごもりつつ言った。それから絶望と当惑のこもった視線を上げた彼は、枢機卿の哀れみに満ちた両目と向き合った。「しかし、猊下、このまま上陸なさらないならば…?」

「案ずる事はありません。そのような都合が発生するかも知れぬという点については、既にこちらのキャプテン・ブラッドに相談しています。私が心を決めた今、彼は私をサン・ドミンゴまで送ってくれるでしょう。私がハバナに戻る船を調達するのはサン・ドミンゴにおける務めを終えてからという事になり、その時までには貴方もこの地を去っているはず」

 かくしてドン・ルイスは、己に破滅をもたらした忌まわしいシー・ロバー(海賊)に対する復讐の機会すら奪われる事を悟った。せめてそれだけは回避しようと、彼はささやかで絶望的な抵抗を試みた。

「けれども猊下は、ご自分に狼藉を働いた海賊共をご信頼なさるのですか…?」

 彼の言葉は遮られた。「息子よ、この世界においては人間よりも天国を頼みにする事を私は学びました。そしてこのバッカニア(海賊)は、彼の犯した全ての悪行にもかかわらず真の教会の息子であり、彼が己の発した言葉の厳正なる遵守者である事は私がこの目で確かめました。もし危険があるとしても、私はその危険を引き受けなければなりません。貴方はこれより先の自らの行いによって、私の判断が善なるものであったと認められるようにするのですよ。さあ行きなさい、ドン・ルイス。これ以上貴方を引き止める理由はありません」

 司令官は枢機卿の指輪に接吻し、祝福を求める為に跪いた。低く垂れた彼の頭上に新スペインの大司教は右手を伸ばし、二本の指と親指で十字を切った。

「ベネディクトゥス・シス、パックス・ドミニ・シト・センプレ・テクム(祝福あれ、主の平安の汝と共にあらんことを)。恵みの光がこの先の貴方に更なる良き道を示しますように。行きなさい、主はいつも貴方を見守っておられます」

 忠告を受けてすぐにそそくさと出発すれば改悛を疑われるかも知れぬと思い、彼は枢機卿の足元に這いつくばって如何にも心から悔いている様子を見せた。盲目の男のようによろめき歩いて梯子に向かい、代官をそっけなく呼び寄せて随行を命じると、彼は他の者達とはほとんど視線も言葉も交わさずに舷側を越えて待機中のバージ(艦載艇)に乗り込んだ。

 そして彼と代官が相身互いで激怒しつつ、あの大司教枢機卿を要らぬお節介焼きの見栄っ張り坊主めと罵っている間に、アラベラ号は錨を上げた。一杯に帆を揚げたアラベラ号は強力な要塞群の前を悠々と通り過ぎて妨害を受ける心配もなくハバナ湾から出て行き、鮮やかな緋色の人影が未だその船尾楼上を歩いていた為に、突堤から礼砲が鳴らされる事は終になかった。

 そのような経緯により、二週間後に旗や幔幕で華やかに飾られた巨大なガレオン船サンタ・ベロニカ号が礼砲を轟かせてハバナ湾に入ってきた時には、新スペイン大司教の到着を出迎える司令官は不在であった。そのちびで肥満した怒りっぽく狭量な高位聖職者の苛立ちを深めた事に、自分を歓迎するに相応しい準備がされておらぬどころか、当惑で酷く頭を悩ませつつ乗り込んできた代官に至っては、危うく猊下を詐称者として扱おうとしたのであった。

 その頃アラベラ号の中では、セント・クロイ島で大急ぎで調達した麗々しい緋の法服に似た衣を脱ぎ捨てたイブレビルが、自分が海賊になった時、世界は偉大な聖職者をひとり失ったのだと大言していた。しかしながらキャプテン・ブラッドの見解はといえば、あの接吻はせいぜいが偉大な喜劇役者の域を出るものではないというものだった。そしてこの点に関しては、フレイ・ドミンゴ役にうってつけなトンスラ状の禿頭をした異端者であるボースン(水夫長)のスネルも、キャプテン・ブラッドと全くの同意見だった。


The Fortunes of Captain Blood - 5 Sacrilege より



[^1]:海洋提督リコネッテ侯爵(The Fortunes of Captain Blood 第1話 The Dragon's Jawsに登場)

[^2]:海軍用語。16時から20時まで2時間交代の夜間当直をdog-watchという。その最初の2時間がfirst dog-watch。

[^3]:『詩篇』第115篇より。

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