見出し画像

『スカラムーシュ』英国版と米国版

初読から20数年目にして知った真実

ラファエル・サバチニの『スカラムーシュ』には、オリジナル英国版と短縮米国版があり、日本で長年親しまれてきた大久保康雄先生の翻訳版は米国版を底本にしている。したがって、我々が読んでいたスカラムーシュは完全版ではない……!


プロジェクト・グーテンベルク・オーストラリアにアップされている両バージョンを比べると

英国版には第三部の
III. PRESIDENT LE CHAPELIER(議長ル・シャプリエ)と V. AT MEUDON(ムードンにて)の合間に
IV. INTERLUDE(幕間狂言)

そして
XII. INFERENCES(憶測)とXIV. THE OVERWHELMING REASON(ぬきさしならぬ理由)の合間に
XIII. TOWARDS THE CLIMAX(クライマックスに向かって)
という章が存在する。

そして、英国版全体の単語数をカウントすると130,850単語
米国版が125,193単語で、その差は5,657

 INTERLUDEとTOWARDS THE CLIMAXの単語数を合計すると4,436なので、
この二章以外にも米国版で削られた箇所がある?


私がサバチニ作品にハマったきっかけは言うまでもなく『スカラムーシュ』なのですが、にもかかわらず続編の『Scaramouche the Kingmaker』の翻訳を後回しにし続けている理由のひとつが「大久保先生の名訳の続編を自分の文章でやっても雰囲気が壊れる…かといって文体を模するのも難易度が高いし……」だったりします。

英国版を底本にした本編の新訳、として自分の文章で訳した後で続編の翻訳……という風にするなら抵抗も薄くなるかなー。

ちなみに後回しにしている他の理由は
※続編は内容が暗い(恐怖政治時代だから……活劇的な爽快感もなく、裏切り裏切られてばんばん人が死にます)
※すっげー長い!(134,359単語、文庫本で500ページ以上は確実にある)
※フランス語の固有名詞はカタカナ表記する際に悩むのでめんどい。

とりかかるにしても大仕事だなー。今手をつけている作品群を仕上げてからなので、5年後くらい……?


サバチニのフランス革命&ナポレオン戦争ネタ長編作品

ついでなのでサバチニによるスカラムーシュ以外のフランス革命ネタ長編作品をご紹介。

The Trampling of the Lilies (1906年)
わりとオーソドックスな革命浪漫もの。ちょっと二都物語風?

Venetian Masque (1934年)
ナポレオン軍支配下のヴェネチアを舞台にしたスパイもの。

The Lost King (1937年)
ルイ=シャルル生存説を題材にした作品。

The Marquis of Carabas (1940年)別題Master-At-Arms
ヴァンデの反乱を描いた作品。

The Lost King はジョゼフ・フーシェがいい味を出していて面白いので訳したい気持ちはあるのですが、いかんせん、2000年にDNA鑑定で「ルイ=シャルルは牢獄で死亡」という結論が出てしまったので……。

Venetian Masque も複雑なプロットで時代背景も興味深く、いつか訳したい気はありますが、かなり先の話になりそう。

**********

2017年4月30日追記:『続スカラムーシュ キングメイカー』の翻訳について

結局、フランス革命もの長編の翻訳はThe Lost King にしました。
スカラムーシュは正続編共に触れるのは止めようかと。

続スカラムーシュ、海賊ブラッド、シー・ホークの三作だけは何としても翻訳を公開したいと思っていたのですが、「訳してくれる有志がいて有り難い」と思う人より「素人訳」と切り捨てる人の方が多いのが現実なんですよね。

喜んでくれる人がいるなら、少しでもサバチニ先生のファンが増えれば…とポジティブな思いで始めた事でしたが、現実は厳しい。シー・ホークは(遥か先になるとは思いますが)、いずれ翻訳するつもりでいますが、続スカラムーシュは断念しました。どう配慮しようが確実に叩かれるでしょうから。(同じ理由でキャプテン・ブラッドの短編も翻訳を保留にしています)

その代わり、と言ってはなんですが、The Lost King 販売版の巻末にScaramouche the Kingmaker の内容に触れた解説文を入れようと思っています(実はこの二作は姉妹編のような存在で、The Lost King はサバチニのフランス革命浪漫作品群の完結編でもあるのです)。

The Lost King の次は、知名度のない作品をマイペースでひっそりと訳していこうと思っています。多分 Bellarion the Fortunate か Venetian Masque か  The Sword of Islam か。


2018年7月28日追記:米国版カット部分について

テキスト差分比較プログラムでスカラムーシュの米国版カット部分をチェックしてみたので御参考までに。

Ⅰ CHAPTER I. THE REPUBLICAN(第Ⅰ部 法衣の人 第1章 共和主義者)
英国オリジナル版 3651単語
米国アブリッジ版 3147単語
創元文庫版(訳:大久保康雄) 12ページ目の辺りでネッケルによる三部会開催の働きかけについて詳しい説明&アンドレ=ルイの政治スタンスについての記述。

Ⅲ CHAPTER Ⅱ. QUOS DEUS VULT PERDERE(第Ⅲ部 剣の人 第2章 神が滅ぼそうとする人々)
英国オリジナル版 4741単語
米国アブリッジ版 2603単語
フランス革命の時代背景についての詳細な解説を大幅に削除した為に文章量が半分近くになっている。

Ⅲ CHAPTER IV. INTERLUDE
第Ⅲ部 剣の人 第3章 議長ル・シャプリエ と 第4章 ムードンにて の間にあった章をまるごとカット(1950単語)。 

Ⅲ CHAPTER XIII. TOWARDS THE CLIMAX
第Ⅲ部 剣の人 第11章 憶測 と 第12章 ぬきさしならぬ理由 の間にあった章をまるごとカット(2521単語)。

まるっとカットされた2章は歴史背景解説メインの章。
&英国オリジナル版は作品冒頭のエピグラフにジュール・ミシュレの『フランス史』からの引用文があった。


どうやらアメリカで出版する際に向こうの編集者から「アメリカの読者が求めてるのはチャンバラ活劇だから、めんどくせーフランス革命の事情とかダルいからカットして」と要請されたっぽい。
(そういえば、ゴロン夫人の『アンジェリク』も米国で翻訳版が刊行された際にもんのすごくカットされたらしいですね)

日本での翻訳は、大久保康雄先生バージョンも加島祥造先生バージョンも入手しやすい米国版を底本にしているので、恐らく英国版『スカラムーシュ』の完訳というのは存在しないと思われます。

正続スカラムーシュの翻訳は以前書いた通りの理由で断念したのですが(既訳の存在しない『海賊ブラッド』ですら「素人訳がどうのこうの」と蔑まれるんですから、既に大御所の翻訳が二種もある作品の「完訳」なぞを公表したら何を言われるか想像しただけで心が折れますわ……)、いつの日か名のある翻訳家のきちんとした訳本が出版される日を、長年のサバチニファンとして祈っております。

&キングメイカーの内容については、このnoteでも紹介していこうかなと思っておりますので、興味のある方は時々チェックしてくださいませ。

冒頭だけ訳しましたので「大体こんな感じ」というのだけでも知りたい方はドゾ

2021年はスカラムーシュ100周年なので、記念に第Ⅲ部 第ⅳ章  INTERLUDE(幕間狂言)も翻訳公開しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?