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海賊ブラッド (15)身代金

 嵐が過ぎ去った後の朝は輝き澄み渡り、大気には南の塩池から立ちのぼる爽快で塩辛い香りが入りまじっていた。興味深い一場が繰り広げられる背景となるのは、ラ・ビルゼン・マグラの白い砂丘のふもと、ルバスールが即席のテントにする為に広げた帆の傍らであった。

 空の酒樽の上にどっかと座り、このフランス人フィリバスター(不法戦士)[註1]は重要な取引を処理していた。トルトゥーガ総督を相手にした、我が身の安全確保に関する取引である。

 半ダースの士官が彼の護衛についていた。彼等のうち五人は袖なしの汚れたジャーキン(短い上着)と革のブリーチズ(膝下丈ズボン)を身に着けた粗野なブカン・ハンターであり、六人目がカユザックだった。彼の前にはフリル付きのシャツとサテンの膝丈ズボンを身に着け、コードバン革の美しい靴をはいたドジェロン青年が、半裸の黒人船員二名に見張られて立っていた。彼はダブレット(上着)を奪われて、後ろ手に縛めを受けていた。若い紳士の端正な顔はやつれていた。その近くでは、縛られてはいないものの、やはり監視下にある妹のマドモアゼルが、砂の小山の上でうなだれていた。彼女はひどく青ざめており、己を襲った恐怖を高慢の仮面で隠そうという試みはむなしい努力に終わっていた。

 ルバスールはムッシュー・ドジェロンに向かって演説した。彼の話は長々と続いた。その結びに――

「確信しておりますよ、ムッシュー」上辺だけの丁重な言葉で彼は言った。「私の立場について充分に御理解いただけるよう言葉を尽くしたと。誤解なきように要約いたしましょう。貴方の身代金は銀貨二万枚と決定しており、そして貴方はその工面をしにトルトゥーガ島に向かう為、仮釈放の自由を与えられます。そちらに貴方を送る為の足は、当方で御提供いたしましょう、そして貴方には一ヶ月の猶予が許されます。一方、貴方の妹御は人質として我が許に留まっていただく。貴方の御尊父は、この金額が我が息子の自由の対価として法外とはお考えにはなりますまい、我が娘の持参金と思えば尚更。正直に申せば、私はあまりにも謙虚過ぎると言えるのではありませんかな。パルディ(まったくもって)!ムッシュー・ドジェロンは富豪という噂なのですからな」

 年若いムッシュー・ドジェロンは顔を上げると、ルバスールを真っ向からにらみ返した。

「拒否する――完全に、そして絶対的にだ、わかったか?僕を殺したければ殺すがいい、品位も名誉もない汚い海賊め。そして地獄に落ちるがいい」

「おいおい、冗談はよせよ!」ルバスールは笑いながら言った。「熱でもあるのか、それとも馬鹿なのか!こいつは二者択一だってのをちゃんと考えろよ。そうすりゃ、そんな風に頑固な事は言っちゃいられないはずだぜ。お前さんは、こっちの条件を飲まざるを得ないんだ。物わかりの悪い奴の為に、ちょっと拍車をくれてやろうか。それと、あんたが仮釈放された後でこっちを裏切るような気を起こさんように言っておく。そんな真似をしやがったら、俺は草の根分けてもあんたを探し出して後悔させてやる。それに、あんたの妹の評判は俺が質草にとってるのも忘れるなよ。あんたが持参金を持って戻ってくるのを忘れたら、俺があんたの妹と結婚するのを忘れちまっても仕方ないよなぁ」

 ムッシュー・ドジェロンの顔に定められたルバスールの笑いを含んだ目は、若者のまなざしの中に徐々に戦慄が広がるのを見た。マドモアゼル・ドジェロンに怒りの一瞥をくれた青年は、彼女の顔からその美しさを踏み消してしまうほどの陰鬱な絶望を見て取った。嫌悪と激怒が彼の表情を歪めた。

 それから彼は身を引き締めると、断固として答えた。

「否、この犬めが!千回でも言ってやる、否だ!」

「意地を張ると馬鹿をみるぜ」ルバスールは怒りを見せず、残念そうな風を装って冷淡に話した。彼の指はせわしなくホイップコード(鞭縄)に結び目をこしらえていた。彼はそれを持ち上げて見せ付けた。「これが何だかわかるか?こいつは大勢の頑固な異端者を悔い改めさせた、痛みのロザリオだ。こいつで聞き分けのない奴の目をえぐり取るのさ。どうするね」

 彼が黒人船員の一人に結び目のできたホイップコードを投げつけると、受け取った者は即座にそれを囚人の額にきつく巻いた。そしてその船員は縄と頭蓋の間にパイプ軸のような円筒形の細く短い金属棒を差し込んだ。それが完了すると、彼はルバスールを見上げて目くばせし、キャプテンの合図を待った。

 ルバスールは己の犠牲者に目を向け、そして若者が緊張し身を硬くする様を、そのやつれた鉛色の顔、ホイップコードの下にある青白い額の上で光る玉なす汗を見た。

 マドモアゼルは絶叫し、立ち上がろうとした。しかし見張りに抑止されて、うめきながら再びしゃがみ込んだ。

「俺としても、あんたが自分や妹が無駄に苦しまんように――」ルバスールは言った。「分別をきかせてくれると助かるんだがな。実際、俺の言った金額が何だっていうんだ?あんたの金持ちの親父さんにとっちゃ、大した額じゃあるまいに。もう一度言うぞ、俺は実に謙虚だ。なにせ俺の要求は銀貨二万、たったの二万枚なんだから」

「すまないが、今の銀貨二万というのは何の話かな?」

 訛りの入ったフランス語ではあるが、しかし闊達で愉快げな声と、わずかにルバスールへの嘲りがうかがえる調子で、その質問は一同の頭上から投げかけられた。

 驚いたルバスールと彼の士官達は天を見上げ首をめぐらせた。彼等の背後にある砂丘の頂上、深いコバルト色の空を背景にして、くっきりと浮かびあがった長身の人影を彼等は見た。銀のレースをあしらった黒衣で入念に装った痩身は、帽子の広いつばに弧を描いている駝鳥の羽の深紅だけが唯一の色彩だった。その帽子の下にあるのは、キャプテン・ブラッドの黄褐色の顔であった。

 ルバスールは驚きで一言悪態を吐きながら身構えた。彼はてっきり、キャプテン・ブラッドは昨夜の嵐を切り抜けてトルトゥーガ島に向かう途上にあり、今頃は水平線の彼方にいるとばかり思っていたのだ。

 崩れやすい砂山から前に踏み出すと、キャプテン・ブラッドはスペイン産カーフ(仔牛)革の上等なブーツの底で砂浜を滑り、姿勢を崩さぬまま降りてきた。彼はウォルヴァーストンと十二名の部下達を従えていた。降り立ったブラッドは、仰々しい身振りでレディへの礼をとって帽子を脱いだ。それから彼はルバスールの方を向いた。

「おはよう、親愛なるキャプテン」そう言うと、次に彼がここに現れた理由を説明した。「昨夜のハリケーンのお陰で引き返さざるを得なくてね。マストを裸にするしかないような天候で、進んだ航路を押し返されてしまった。その上――強欲な悪魔め!――サンティアゴ号のメインマスト(大檣)まで折れてしまった。この島の西2マイルの入り江にたどり着けてほっとしたよ、それで我々は君達に挨拶する為に、ここまで徒歩で横断してきたという訳だ。ところで、こちらはどなたかな?」そして彼は一組の男女を示した。

 カユザックは肩をすくめると、長い両腕を天に突き上げた。

「ボワラ!(それ見たことか!)」天に向けて、彼は意味深長にそう言った。

 ルバスールは唇を噛み、顔色を変えた。しかし彼は礼儀正しく応答する為に自制した。

「見ての通り、二人の捕虜だ」

「ああ!昨夜の強風で岸に打ち上げられたという訳だ、だろ?」

「そうじゃない」ルバスールはその皮肉に対し賢明に冷静を保とうとした。「ネーデルラントのブリッグ船にいたんだ」

「それは初耳だな」

「言わなかったからな。この二人は俺個人の捕虜――私事だ。彼等はフランス人だ」

「フランス人!」キャプテン・ブラッドの鋭い視線はルバスールに、そして捕虜達に突き刺さった。

 ムッシュー・ドジェロンは張り詰めた状態にあり、依然、身を硬くしていたが、しかし陰鬱な恐怖は既に彼の顔から消えていた。この苦境に彼ひとりで立ち向かった処で成す術もないのは明らかだったが、この横槍によって彼の中には希望が膨らみつつあった。彼の妹も同様の直観から、唇を開き目を見張って身を乗り出していた。

 キャプテン・ブラッドは唇を撫でると、ルバスールに難色を示した。

「昨日の君は、友好的なネーデルラント人を襲撃して私を驚かせた。今度は君の同国人すら餌食にしようというのか」

「言っただろう、こいつは……これは俺の個人的な問題だと?」

「ああ!で、彼等の名は?」

 キャプテン・ブラッドの明快で有無を言わさぬ軽蔑を含んだ態度は、ルバスールの癇癪を刺激した。彼の顔からはゆっくりと血の気が引き、彼のまなざしは傲慢さが増し、半ば威嚇するような目になった。その隙に、当の捕虜が自ら問いに答えた。

「私はアンリ・ドジェロン、そしてこちらは私の妹だ」

「ドジェロン?」キャプテン・ブラッドはまじまじと見つめた。「貴方は奇遇にも、我が良き友人であるトルトゥーガ総督の縁者でいらっしゃるのか?」

「総督は私の父だ」

 ルバスールは悪態を吐きながら身じろぎした。キャプテン・ブラッドの内部では、当面の驚きが他の感情を押さえ込んだ。

「馬鹿な!ルバスール、気でも違ったのか?最初に君は、我々と友好関係にあるネーデルラント人を襲った。次に君は二人のフランス人、君自身の同国人を虜にした。そして今度はなんと、彼等はトルトゥーガ総督の御子息達だというではないか。トルトゥーガ島は周辺の島々の中でも安全な寄港地のひとつで…」

 ルバスールは激昂して口を挟んだ。

「こいつは俺の個人的な問題だと何回言わせれば気が済むんだ?トルトゥーガ総督の件は、あんたには関係ない」

「そして銀貨二万もか?これも君の個人的な問題か?」

「そうだ」

「話にならんな」キャプテン・ブラッドはルバスールが先程まで占領していた酒樽に腰を下ろし、穏やかに見上げた。「時間を節約する為に知らせておくが、私は君がこの淑女と紳士に対して行った提案を全て聞いていたんだよ。そして思い出して欲しいのだが、我々は厳格な契約に基づいて航海している。君は銀貨二万枚を彼等の身代金に定めた。その金額は君の部下と私の部下とを合わせた全員で、契約に定められた通りに分配されるべきものだ。その点については君も異議を差し挟むまい。しかし、それよりはるかに問題なのは、君が直近の航海で獲得した獲物の一部を隠匿したという事実であり、そしてそのような違反に対して我々の契約は特定のペナルティを定めている。それは非常に厳しい性質のものだ」

「ホー、ホー!」ルバスールは不快気に笑いながら言った。そして付け加えた。「俺のやり方が気に食わないなら、提携はおじゃんだな」

「望む処だ。しかしこの提携を破棄するのは、我々が航海に出た時点から拘束されている契約条項を満たして後、すぐの事になるだろうな」

「どういう意味だ?」

「手短に説明しよう」キャプテン・ブラッドは言った。「差し当たり、フランス人の捕虜をとった事について、ネーデルラント船に戦いを仕掛けた事について、そしてトルトゥーガ総督の怒りを買う無法については置こう。やってしまった事は仕方ない。君はこの二人の身代金として二万をつけたが、私の推測では、あのレディは君の役得にするつもりだろうな。しかし何故、君に彼女を占有する権利があるのだろう。契約に沿って考えれば、彼女は我々全員の戦利品ではないか?」

 怒りの暗雲がルバスールの額に広がった。

「しかしながら」とキャプテン・ブラッドは付け加えた。「もし君に彼女を買う用意があるというなら、私も君が彼女を我がものにする事に異議は唱えないだろう」

「彼女を、買う?」

「君が彼女につけた値段でね」

 ルバスールは怒りをこらえ、このアイルランド人を説得しようとした。「そいつは男の方の身代金だ。トルトゥーガ総督が息子の為に支払う事になっている」

「いや、いや。君は彼等を一組として扱っているだろう――正直言って、すこぶる奇妙に思うがね。君は彼等に二万の値をつけたのだから、君が望むならば二人を君のものにしてもいいだろう。だが君は、彼等の対価として二万枚の銀貨を支払わねばならない。これは片方の身代金と、もう片方の持参金として、君が最終的に手に入れるはずの金額だ。そしてその合計は、我々の仲間全員で分配される。君がそうすれば、我々の部下達も皆、我々が署名した契約に対する君の違反行為を大目に見る気になるのではないかな」

 ルバスールは野蛮な調子で笑った。「ア・サ!クレデュ!(嗚呼!御立派な信条なこった!)まったく、お笑いぐさだ!」

「同感だ」キャプテン・ブラッドは言った。

 ルバスールにとって、一声かければ百人の手下が駆けつけてくる自分に対し、たった1ダースの部下を従えて空威張りするキャプテン・ブラッドはお笑いぐさとしか思えなかった。しかし彼は、ブラッドが既に計算に入れていた何かを見落としていた。その証拠に、笑いながら部下達の方を向いたルバスールは、喉に笑いを詰まらせる光景を見た。キャプテン・ブラッドは狡猾にも、彼等のような冒険家達を最も突き動かす金銭欲を利用したのである。そしてルバスールは今、手下達の顔に、彼等の首領が独り占めしようと企んでいた身代金を全員で分配するというキャプテン・ブラッドの提案に対する完全なる支持をはっきりと読みとった。

 それは、このけばけばしい悪漢を躊躇させ、部下達を内心で呪いながらも、彼等の貪欲さに逆らわず――この件を片付ける間だけは――慎重に事を運ぶのが一番という判断をうながした。

「誤解だよ」彼は激怒を飲み込んで言った。「身代金は分配するつもりだったのさ、支払われた時にな。あの娘の方は、それとは別に俺のものって条件で」

「よし!」カユザックが唸るような声で言った。「その条件で万事解決だ」

「君はそう思うかい?」キャプテン・ブラッドが言った。「だがムッシュー・ドジェロンが身代金の支払いを拒否したら?その時はどうなる?」そう言って彼は笑い、大儀そうに立ち上がった。「いや、いや。もしキャプテン・ルバスールが提案した通りに、あの娘を我がものにするというのなら、彼がまずこの身代金を支払って、その後の総督からの取立ては彼が負担するリスクとするべきだな」

「そりゃそうだ!」ルバスールの手下の一人が叫んだ。そしてカユザックも言い添えた。「筋が通ってるな、こりゃ!キャプテン・ブラッドの言い分はもっともだ。契約にもある通りだ」

「何が契約だ、馬鹿かお前は?」ルバスールは平静を失いかけていた。「サクレ・デュ!(聖なる神よ!)俺がどこに二万枚も銀貨を持ってるってんだ?この航海の戦利品を全部合わせたって半分にもならん。その金額を手に入れるまで貸しにしといてくれよ。それでいいだろ?」

 諸事を考え合わせると、キャプテン・ブラッドに別の意図さえなければ、この申し出が受け入れられていたであろう事に疑いの余地はない。

「だが、もし君がその金額を稼ぐ前に死んだら?我々は常に死と隣り合わせに生きているんだよ、親愛なるキャプテン」

「くそったれが!」ルバスールは怒りに身を任せた。「どうすりゃ気が済むんだ?」

「おお、そうだな、では。分配用に銀貨二万枚の即時支払い」

「そんな金はない」

「では捕虜の一人を売ればいい」

「一体、どこの誰が俺にも払えなかった金額を出せるっていうんだ?」

「私が買おう」キャプテン・ブラッドは言った。

「あんたがか!」ルバスールはぽかんと口を開けた。「あ……あんたは、あの娘が欲しいのか?」

「おかしいかな?私は彼女を得る為の犠牲を払うという勇敢な行為によって、そして己が欲するものに快く対価を支払うという誠実さによって、君を上回っている」

 ルバスールはぽかんと口を開き、間抜け面で彼を凝視した。彼の背後に押し寄せた部下達もまた、同じく呆然として見とれていた。

 キャプテン・ブラッドは酒樽の上に座り直し、ダブレット(上着)の内ポケットから小さな革袋を取り出した。「一瞬で難題を解決できてうれしいよ」そしてルバスールと部下達が目玉を飛び出させている前で袋の口を開くと、左の掌にそれぞれが雀の卵ほどの大きさがある、四、五粒の真珠を転がした。その袋の中には二十粒ほどの、パールフリート(真珠輸送船団)襲撃で奪い取ったものの中でも最上の珠が入っていた。「君は真珠については目利きだったな、カユザック。君ならこれにいくらの値をつける?」

 ブルトン人は無骨な指の間に光沢のある繊細な虹色の球体をつまむと、鋭い視線で品定めをした。

「銀貨千枚」彼は簡潔に答えた。

「それはトルトゥーガ島やジャマイカの相場だな」キャプテン・ブラッドは言った。「ヨーロッパに持っていけば二倍になるはずだ。だが君の評価を受け入れよう。見ての通り、ここにあるのは概ね同じ大きさの珠だ。十二粒で銀貨一万二千に相当し、契約に定められた通り、戦利品の五分の三がラ・フードル号の取り分になる。アラベラ号の取り分である銀貨八千枚は私の懐から部下達に分配する。さて、ではウォルヴァーストン、すまないがアラベラ号に私の財産を運んでくれないか?」彼は再び立ち上がると、虜囚達の方を示した。

「おい、待て!」ルバスールは憤怒をあらわにした。「ああ、それは駄目だ、そいつは特別なんだ!その娘は渡せない……」超然と、油断なく、唇を引き結んで警戒しながら立つキャプテン・ブラッドに向かって、彼は飛びかかろうとした。

 しかしルバスールを妨げたのは、彼の部下の一人だった。

「ノン・ド・デュ(主の御名の下に)、キャプテン!何をやらかすつもりなんです?皆が満足して、万事丸く収まったっていうのに」

「万事?」ルバスールは激怒した。「ア・サ!(ああそうだろうとも!)お前等全員、お前等みたいな獣どもにとっちゃな!だが俺はどうなるんだ?」

 カユザックは大きな手にしっかりと真珠を握り締め、彼に歩み寄った。「馬鹿な真似はやめましょうや、キャプテン。仲間同士で揉め事を起こしたいんですか?奴の手下はこっちより一人か二人多いんだ。小娘一人がなんだっていうんです?まったく!行かせておやんなさい。奴は立派にあの娘の代金を支払って、公平に俺達に配ったんですよ」

「公平に配った?」怒り狂ったルバスールは怒鳴り立てた。「てめぇは……」彼の下劣な語彙を総動員しても、自分の副長を的確に表すべき形容には足りなかった。彼はカユザックがあおのけに倒れかけるほどの強打をお見舞いした。真珠は砂に落ち、四方に散らばった。

 カユザックは真珠を拾い集めようと砂を探り、同僚達も彼に続いた。報復は後回しだった。彼等が四つんばいになって手探りで捜す間、他の事は全て意識の外だった。だがしかし、その時、決定的な事が起こったのである。

 手を剣の上に置き、その顔を激怒の白い仮面と化したルバスールは、立ち去ろうとするキャプテン・ブラッドを阻止する為に立ち塞がった。

「俺に命のある限り、あの娘は渡さん!」彼は叫んだ。

「ならば貴様を死体にしてから連れて行くまでだ」キャプテン・ブラッドは応じ、彼もまた白刃を太陽に輝かせた。「契約には、それが誰であろうと、1ペソ以上の価値ある戦利品の如何なる部分であれ、隠匿を図った者はヤードアーム(桁端)から吊るされるとある。私としては、君にはその処遇を希望していたのだが。しかしこちらの方が君の好みに合うというのなら、掃き溜め漁り君、いいだろう、御要望に応えようじゃないか」

 彼は仲裁しようとする部下達を手振りで下がらせ、そして二つの刃が音高くぶつかり合った。

 この成り行きが己の身に如何なる影響を及ぼすのか予測のつけようもなく、ムッシュー・ドジェロンは困惑したまま傍観する他なかった。その間に、既にフランス船の黒人船員と見張り役を交代していたブラッドの部下二名が、彼の額からホイップコード(鞭縄)の冠を取り除いた。マドモアゼルはといえば、既に立ち上がり、死人のように青白い顔をして荒れ狂う恐怖を瞳に宿し、波打つ胸に手を強く押し当てて身を乗り出していた。

 それは程なく終わった。ルバスールが誇っていた獣じみた力は、アイルランド人の熟練した技能の前には無力だった。肺を刺し貫かれ、白い砂の上に倒れ伏したルバスールが咳き込みながら卑しい命を吐き出してしまうと、キャプテン・ブラッドはその身体を挟んだ向かい側にいるカユザックを穏やかに見た。

「これで我々の間の契約は無効になったと思うが」と彼は言った。無情で冷笑的な目をして、カユザックは自分の首領だった男の痙攣する体を見た。もしもルバスールが異なった気性の男であれば、この件は全く別の様相を見せていたかもしれない。しかしその場合、キャプテン・ブラッドは彼との交渉に別の戦術を採っていたはずだ。ルバスールには愛と忠誠のいずれも自由に操る事はかなわなかった。彼に従っていた男達は、その下劣な稼業を営む同輩達の中でも、まさに屑の中の屑であり、彼等を動かすものはただ一つ、金銭欲だけであった。その金銭欲を土台にして、キャプテン・ブラッドは彼等が許し難いと見なす一つの罪、すなわち換金可能かつ彼等全員への分配可能な獲物の独占という罪について、ルバスールが有罪であるという認識まで巧みに誘導したのであった。

 かくして今、あっけない悲喜劇の場に駆けつけてきた海賊の険悪な一団は、カユザックの雄弁な言葉によってなだめすかされる事となった。

 彼等が尚もためらっていると、ブラッドは彼等の決断を後押しするものを付け加えた。

「我々の停泊地に来れば、サンティアゴ号からの戦利品の分け前をすぐにでも渡そう。君達で好きなように処分するといい」

 彼等は二人の虜囚を伴い島を横断して、その日のうちに戦利品の分配を終えて袂を分かつはずであったが、ルバスールの元部下達から後釜に選出されたカユザックについては、改めてキャプテン・ブラッドのフランス人支隊を務めたいという申し出がなされた。

「君達が再び私と共に航海をするというなら」ブラッドは彼等の申し出に答えて言った。「あのブリッグ船と貨物を返却して、ネーデルラント人との友好関係を保つという条件を呑んでもらう」

 条件は受け入れられ、キャプテン・ブラッドは彼の客人であるトルトゥーガ総督の子息達と面会する為に立ち去った。

 マドモアゼル・ドジェロンと彼女の兄――後者は既に縛めから解放されていた――はアラベラ号のグレートキャビン(船長室)に案内され、そこに座していた。

 キャプテン・ブラッドの黒人スチュワード(司厨員)兼コックであるベンジャミンによりワインと食物がテーブルに運ばれ、それが彼等をもてなす為のものであるとさり気なく示された。しかしそれらは手をつけられぬままでいた。兄と妹は、自分達は窮地を逃れたように見えて、実は単にフライパンから火の中に落ちただけではないのかという、苦悶まじりの当惑を抱えつつ席に着いていた。遂に不安による過度のたかぶりから、マドモアゼルは己の邪悪な愚行がもたらした全ての惨事について許しを請う為に、兄の前に跪いた。

 ムッシュー・ドジェロンは寛容な気分とは程遠かった。

「少なくとも、お前が自分の仕出かした事を理解してくれたのは喜ばしいな。そしてあの、もう一人のフィリバスター(不法戦士)がお前を買った以上、今やお前はあの男のものだ。お前がその事も理解していればいいのだが」

 ドアが開いた事に気づかなければ、彼は更に続けていたかもしれない。ルバスールの元部下達の件を片付けてからやってきたキャプテン・ブラッドが、入り口に立っていたのである。ムッシュー・ドジェロンは声を低める気遣いを忘れており、既にブラッドの耳はこのフランス人の発した最後の二言を聞きつけていた。それ故に、彼の視線を受けたマドモアゼルが跳び上がるようにして驚き、恐怖に身をすくめた理由を完全に理解していた。

「マドモアゼル」上流の言葉遣いではないが流暢なフランス語で彼は言った。「御心配は無用です。この船上において貴方がたは最上の礼をもって遇されるでしょう。再び船を出せる状態になり次第、我々は直ちにお二人を総督の許にお送りする為に、針路をトルトゥーガに向けます。そしてどうか、兄上が先程申されたように、私が貴女を買ったなどとはお考えにならぬよう。私の行動は全て、悪党一味をなびかせるのに必要な身代金を提供して彼等の頭目である大悪党に離反させ、お二人を危難から救い出すのが目的でした。よろしければ、これは有る時払いで一向にかまわぬ、友人同士の気軽な貸し借りとお考えいただきたい」

 マドモアゼルは疑わしげなまなざしで彼を凝視した。ムッシュー・ドジェロンは立ち上がった。

「ムッシュー、貴方は本気でおっしゃっているのか?」

「もちろん。こういった事は当節では珍しいかもしれません。確かに私は海賊です。しかし私の流儀は、ヨーロッパで巾着切りでもしているのがふさわしかったルバスールの流儀とは違います。私はかつての良き日々の名残として、一種の誇り――名誉の残骸のようなもの、と言うべきでしょうか?――を保っているのです」そして快活な調子で付け加えた。「我々は一時間後に食事をとりますが、お二人にはぜひ、御同席の栄をいただきたい。それまでには、ムッシュー、ふさわしい御衣装を整えられるよう、ベンジャミンがお支度を手伝います」

 ブラッドは二人に一礼してから、立ち去ろうとして再び背を向けたが、しかしマドモアゼルが彼を引き止めた。

「ムッシュー!」彼女は鋭く叫んだ。

 彼が足を止め振り返ると、怖れと驚きをない混ぜにした目で彼を見つめながら、ゆっくりと彼女が歩み寄ってきた。

「なんて高潔な方!」

「そこまで御立派な人間ではありませんよ」彼は言った。

「あ、貴方という人は!そうだわ、貴方には全てを知っていただかなければ」

「マデロン!」ドジェロン青年が妹を止めようと叫んだ。

 しかし彼女は止めなかった。重荷に堪えかねた彼女の胸は、それを打ち明けずにはおられなかった。

「ムッシュー、全ては私の恐ろしい過ちが招いた事なのです。あの男――あのルバスール……」

 今度は彼が信じられぬというように目を見張る番だった。「ああ!まさかそんな事が?あの獣め!」

 彼女は突然、跪いてブラッドの手をとると、彼がそれを引っ込める前に接吻した。

「一体何を?」彼は叫んだ。

「アモンド(罪の清算)ですわ。貴方を彼の同類とみなす事によって、ルバスールと貴方との闘いをジャッカル同士の争いと考える事によって、私は心の中で貴方の名誉を汚しました。ムッシュー、私は貴方に、跪いて許しを請います」

 キャプテン・ブラッドは彼女を見下ろした。その唇には微笑が浮かび、その青い両目は黄褐色の顔の中で奇妙な光を放っていた。

「さあ、娘さん」彼は言った。「その程度の事が許し難い罪のはずがないでしょう、そんな風に考えるのは愚かですよ」

 再び彼女を立ち上がらせた時、彼は今回の事件をどうにか上手く切り抜けたと確信した。それから彼は溜息をついた。あまりにも急速にカリブ海全域に広まった彼のいかがわしい名声は、既にアラベラ・ ビショップの耳にも届いているだろう。彼女はブラッドを軽蔑するであろうし、この悪辣なバッカニア(海賊)稼業を営む他の悪党達と何ら変わらぬ者と見なすに違いない。それ故に、彼はこの功名の反響も少しは彼女に届き、それにより彼女の軽蔑がいくらかでも減じてくれればと願った。マドモアゼル・ドジェロンに対しては真実の全てを明かすのは控えたが、彼女を救う為に己の命を危うくしたのは、もしもビショップ嬢がこの行いを見ていたならば、きっと満足してくれるはずだという思いに突き動かされたからなのだ。


[註1]:非正規の軍事探検を行う者、私掠許可を得ずに海賊行為を行う者等を指す。

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