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The Lost King~失われし王ルイ=シャルル第一部(5)傀儡師

Ⅴ 傀儡師

 ラサールは罠に餌を付け、騙され易いアナクサゴラスが、その中に足を踏み入れるように誘導した。彼はあらゆる難所に対する解決策を用意し、あらゆる障害を回避する道を示して見せた。彼が選択した曲がりくねった道には、そのような難所や障害が少なからず存在し、それらの中には、当初はド・バッツの知性をもってしても克服不可能と思われていたものも、幾つか含まれていた。

 代理官が挙げた問題点の内、最後の一つに対する解決策を与えた時、この役人はラサール自身も確かにそれは高い評価であると認めるような表現を用いて賞賛した。

「いやあまったく!君は数学教授あがりのフーシェに劣らぬ、計算高い頭の持ち主だな」

 例の聾唖の子供も当然の如く捜し出されたが、ラサールの見立て通りに本職の乞食が商売道具として使う孤児に過ぎなかったので、ショーメットが提供した三百リーヴルで何の障害もなく買い取る事ができた。実を言えば、その孤児の所有権は、既に先手を打ったド・バッツが獲得していたのであるが。

 次のステップはシモンとその妻を追い出す事なのだが、その方法を示したのは、またしてもラサールであった。

 今やショーメットは、もの憂げで倦怠したような声と覇気に欠ける目立たない物腰をしてはいるが、秀でた知力の持ち主である若い画家に完全に操縦されて、彼の指示に几帳面かつ忠実に従うようになっていた。年内最後のコミューン議会において、彼は如何なる者も複数の公職に同時に就く事を禁ずるという法令を提案した。

 ラサールは議員としてその場におり、同じく議員であるアントワーヌ・シモンも、タンプル地区代表として、そして若いカペーの教育係を任された世の耳目を集める有名人として出席していた。

 ショーメットは偽善者の常として、あえて人前で異を唱える者などめったにいない謹厳かつ高尚なる原理原則を根拠とした問題を提起する事によって、最初の段階から反対意見を封殺してしまった。複数の公職を兼任する事を激しく責める際に、彼は公費の負担により報酬を増やそうと努めるような人間は、悪しき市民であると非難したのであった。

 その日の夕方までの議論では、この問題はまだ討論の段階に過ぎなかった。だが、シモンにしてみれば、提出された法案が己に及ぼす忌まわしい影響を思い描いて、深い不安に落ち入るには充分だった。

 閉会後に階段を降りる途中で、彼は傍らにラサールがいるのに気づいた。

「やあ、市民シモン」

 十月の例の日にタンプル塔で顔を合わせて以来、この若い画家に対して親近感を抱くように仕向けられていたシモンは、親しげなどら声で挨拶を返し、彼らは共に大路へと進んで行った。

 ラサールは慎重に探りを入れた。

「もしショーメットのあの主張が法律になったら、文句を言う奴はかなりいるだろうね」

「俺ぁ、議員の仕事も勘定に入れられんじゃねぇかと思ってるンよ」と不平がましくシモンが応じた。

「まぁね、あれも報酬が出るから」

 シモンが吐いた悪態だけで、ラサールが求めていた回答としては充分だった。

「ああ、市民シモン。悲しい現実だよねぇ、権力を振るう手段を与えられた人間は、必ず暴君になるんだから。奴らは自分の望みと思いつきを、下の人間に一方的に押し付けるんだ。権力の快感を味わう事に比べたら、そいつが不当な行為かどうかなんて、気にやしないのさ」

「豚公め、けど実際、その通りだよな、市民ラサール。どうなっちまうんだろうな?」

「あの酷い法令が通過しない事に希望をかけよう。今できるのはそれだけだ、我が友よ」

 問題の法令が通過しつつある時に、シモンが己の狼狽を慰める為にラサールを求めるようにさせるには、これで充分だった。更なる事態の展開は、ほとんど間を置かずに起こった。次のコミューン議会において、ショーメットに強いられた投票により、如何なる者も複数の役職に就く事を禁ずる、また、これは兼任が議員としての活動の妨げになっているか否かには左右されない事を明確とする、という法が通過した。シモンは、彼自身には年六千フラン、妻には年四千フランの報酬をもたらしてくれる、タンプル塔の管理人を辞さねばならぬという巨大な災難が我が身を襲ったなど、にわかに信じる事ができなかった。

 彼をその羨望に値する役目に任命したのは、他ならぬショーメットその人だった。そしてその待遇に値したのは、シモンの妻マリー=ジャンヌだった。頑丈で筋骨たくましいが心根は非常に女らしく、男性的な外見とは裏腹に良妻賢母型の彼女は看護婦の適性があった為に、テュイルリー宮への攻撃後にコルドリエ女子修道会に収容されていたマルセイユの負傷兵たちの世話に献身していた。これは公益を資する行いであり、とりわけコミューンに対して貢献していた。よってショーメットは、彼女の夫に管理人職を――その他の点で、シモンは代理官が必要と考えた条件を満たしていた為に――与えるという形で、マリー=ジャンヌに報酬を与えたのである。

 あまりにも突然、かつ独断的に、己の安楽と社会的重要性が奪い取られるのを目の当たりにした時、その公職が与えられた経緯に関する記憶自体がシモンの憤慨を加速した。

 閉会後、シモンは如何にも彼のような愚か者に相応ふさわしく、この厳しい法令の適用を特例によって免れるようにショーメットが便宜を図ってくれはしまいかと希望を抱いて、彼を探し求めて捕まえると、しばし話し合った。彼はこの件について嘆願した。しかし法的不可侵で身を固めたショーメットは、著しく不適切な提案に衝撃を受けたかのように装って、威嚇的な調子で応じた。国家から強奪する利益に執着するようでは、良き愛国者とは言えまい。実際、この件で君の愛国心に疑念が沸いたのだがね、と。

 単純かつ無知なシモンは、その恐ろしい科白に震え上がり、大慌てで代理官に別れの挨拶を告げた。だがしかし、彼の恐れは激怒を静める類のものではなかった。それどころか、怒りの炎を煽る風であり、計画に引き込む時期をうかがっていたラサールにとって、シモンはハンマーで打つ為に柔らかくされた金属と化したが如しであった。

 謀略のヌシは突き刺すような夜の空気から身を守る為に目の高さまで外套にくるまり、靴屋がグレーヴ広場から姿を現したと同時に、その傍らに早足でやって来た。

「其処にいるのは市民シモンじゃないか?やあ、我が友よ。どうだい?俺の言った通りになったかい?あの新しい法令は、君が受けて当然だったはずの恵まれた待遇を取り上げるんじゃないかって、俺が心配してた通りにさ」

 耐え難い苦悶のうめきによって、シモンは内心を吐露し始めた。「なんてぇ、ご立派で愛国的な思いつきだよ!あんな……ああ、チクショウめ!」警戒心と無念の板挟みが、彼から言葉を奪った。

「隠さなくたっていいよ、俺も同じ気持ちさ。君の為に怒ってるし、君と一緒に怒ってる」若い画家の声は情感豊かだった。「酷い法令だ。有り得ないくらい酷いよ。誰かに聞かれたってかまいやしない。こんなの専制もどきじゃないか。権力の濫用だ」

「まったくだぜ」シモンは熱烈に応じた。「豚公どもめ、まったくその通りだ!」意を強くした彼は警戒心を捨てた。「クソッタレな独裁。身の毛もよだつ圧政。ぶっちゃけりゃ、そういう事よ。官職に居座ってる寝取られ野郎どもは、テメェらだけで甘い汁を吸ってやがるのさ。あいつらは小っこい国王だよ!ぶっちゃけりゃ、そういう事よ。小っこい国王だ。そのうちみんな気がつくぜ。そん時ゃ見物だ。そのうち奴らも、一年前にテメェらでシャルロットの籐籠におっぽり込んだ国王と、おんなじ目にあうんだぜ」

「君の怒りは当然だよ、我が友よ!まるっきり――気がついたかい?――あの酷い法令は、君を狙い打ちにしたみたいだからね」

「俺を?俺をか?」

「気がついてなかったのかい?こんなに酷い打撃を受ける議員が、君の他にいるかい?」

「そうだ、何てこった!」愚かなシモンは言った。管理人という身分のせいで肥大した虚栄心により、彼は易々と納得させられた。「けどよ、なんで俺っちが?」

「ああ!俺に謎解きしろって言うのかい」

「それそれ、それだよ。謎。奴らの汚ねぇ仕事を任されて、俺より上手くこなせる人間は、他にいねぇってのがわからねぇのかよ、連中は。あの小僧を見てみろや。あんた、三ヶ月前にあの子を見たよな、市民ラサール。王族っ気を抜かれたあの子をよ。すっかり王族っ気を抜いてやったんだぜ。あの小僧っ子の今のザマを見ろよ。あのメッサリナが、腹を痛めた実のお袋が、奴に会う為にあの世から戻って来たとしてもよ、見分けがつかないはずだぜ。そいつは誰の仕事だよ?俺だ、チクショウめ。この俺様だよ!それだってのに、奴らは犬っころみたいに俺を追い出そうっていうんだぜ。連中は、俺っちを追い出したいんだ」

「それだよ」ラサールが言った。「連中は君を追い出したいんだ。君が今、説明した通りにね。君は鋭いよ、親愛なる市民シモン。ショーメットがあの法令を通過させたのは、君を追い出す為なんだ。君は真相を突き止めた。一目瞭然ってやつだ」

「なんてこった!」シモンが言った。

「そして、どうしてそんな事をしたのか?説明がいるかい、もう、君にも、はっきりと見えてるんじゃないか?君はあまりにも働き者で、あまりにも用心深くて、あまりにも模範的な愛国者だ。君は奴らの汚い貴族主義の計画にとって、邪魔なのさ。ああ、これで何もかもはっきりしたよ。ショーメットと奴の仲間たちは、情勢が変化した時、専制政治に戻った時に、身の安全を確かにしようと企んでるんだ。連中には根性も勇気もないのさ。ちょっとばかり物事が上手く運ばないと、すぐに自分たちが負けると考えるんだ。俺は何回か、そういう場面を見てるからね。お陰で、この悪事のカラクリにも察しがついたんだよ。連中は自分たちの安全しか頭にないのさ」

 シモンは、彼にも理解できるような話ならば、どんな悪事でも鵜呑みにする気が満々だった。「あのクソッタレの悪党が俺を追い出すと、どうして連中が安全になるんだ?」

 暗闇の中、忍び笑うラサールの声が聞こえ、彼は自分の腕がラサールの細く強健な指で掴まれるのを感じた。「多分だけど」恐ろしく淡々と、若い画家が言った。「連中は、あの小僧を盗むつもりなんだと思うよ。その手始めに、君を余所にやろうとしてるんじゃないか?」

「あの餓鬼を盗むって?どうして盗むんだ?」

「売り飛ばす為にだよ」

「売り飛ばす?誰が奴を買いたがってるって言うんだ?」

「オーストリアの皇帝を筆頭に、何人も。あの子を売り飛ばせば、明日にでも金貨で五〇万は手に入れられるよ。多分、それよりもっと高く取れるかもね」

 口を突いて溢れ出た罵詈雑言が、シモンの驚きの深さを証明していた。彼は暗闇で道に迷っていた時に突然ひとつの光明を見た男のように、自分自身がそう思いたがっていた者についての最悪の話に易々と飛びつき、信じ込んだ。ラサールが彼を押し留めた時も、シモンは依然として周囲を気にせずまくし立てていた。

 彼らはスービーズ通りを横切ろうとしていた処であり、其処に右方から自治地区の警備隊が近づいて来た。隊長は進み出ると、ランタンを二人の徘徊者の顔の高さまで上げた。

「止まれ!ああ、あんたか、市民シモン」彼はラサールの方に視線を移した。「証明書を、市民」

 ラサールは懐から証明書を取り出すと、灯に向けて広げて見せた。それを確認すると、警備隊は二人を放免し、どしどしと重い足音を響かせて歩み去った。

 シモンは激しい非難を再開した。ひとしきりは支離滅裂だったが、しかし最後には、それは一つの結論に向けて首尾一貫したものになった。市民ラサールは正しかった。あんたが言う通りに違いない。ショーメットは欲深で業突く張りの卑怯者だ。奴はオーストリアにあの小僧を売るつもりなんだな?このアントワーヌ・シモンに邪魔される間は避けて。彼は御照覧あれと地獄の悪魔どもの名を唱えた。俺はあの糞野郎を告発してやるぞ、と。

「まあまあ」ラサールは言った。「よく考えなよ。ショーメットは二十四時間以内に君をナイフでぶっすりやるぞ。奴が企んでる事は、誰にだって見当がつけられるくらい単純なものさ。でも法律を前にして、ただの推理が何の役に立つっていうんだ?できるもんなら俺が自分で奴を告発するさ、それを証明できるならね。でも俺は、無駄にギヨティーヌの下に首を突っ込むほどイカレちゃいない」

「じゃあ、俺っちはなんにもできないってのか?こんな汚ねェ事をよ、指をくわえて見てろってのか?」

「市民シモン、今の君は、ものすごく危険な立場なんだよ。現実的に考えてね、君にできる事なんて何もないんだよ。例えば君が先回りして小僧を盗んで奴らを出し抜いてやるなんて、いくらなんでも正気の沙汰じゃないだろ」

 シモンはハッと息を呑んだ。「正気の沙汰じゃないって?けど、正気じゃねぇってンなら、元からだろ?他の奴らにできる事ならよ、俺にだってできるのが道理ってもんじゃねぇのか?」

「まあまあ!ちょっと落ち着けよ。君はとんでもない計画を持ちかけてるんだぜ」

「俺は共和国の為に小カペーを護ろうって言ってんだ。何とかできるはずなんだ」

「君の言う通り、何とかできるはずだろうさ、でなきゃ、あの悪党たちは考えなしって事になるからね。でも、難しいのはその方法だ。そうだなぁ、ちょっと考えてみようか」彼はしばらく静かに考えを巡らせているようだった。「教えてくれないか、君はいつ、タンプル塔を出て行くんだ?」

「俺に訊いてどうするよ?あんたが知ってるより詳しい話は聞かされてないんだよ。多分一週間か、二週間の内じゃねぇかな」

「そうか。きっと君の予想通りなんだろうが。一番賢いやり方はね、君が出て行く時に、あの子を一緒に連れて行くって手だよ。まあ待てよ!聞きなって」

 嗜められたシモンは、我を抑えて青年の話に耳を傾けた。

 長いタンプル通りを歩きながら、ラサールは着実に話を続け、そしてその間、シモンは一歩を進める毎に深く、更に深く、その巧妙な若い紳士のまことしやかな雄弁に深く魅了されていくのであった。

 その夜遅く、ラサールはメナール通りのド・バッツに現状を簡潔に説明した。

「行進中ですよ、男爵。俺は操り人形を踊らせる楽器を抱えている処です。ショーメットには、バラスに先んじて少年を誘拐して確保するよう説得しました。ショーメットは、まず始めにシモンが誘拐を実行するように説得してくれと、俺を説得しました。シモンには、ショーメットの行動を防ぐ為に先んじて彼が同じ事を行うよう説得し、そして彼の共和主義者としての良心をなだめる為に五〇万をチラつかせました。全てが列を成しています。いずれシモンとショーメットの間の何処かで、連結を外す為に介入するつもりですが。その時が来るまでは滞りなく進んでいくでしょう。ギヨティーヌみたいに滞りなくね」

 ド・バッツ、陰謀の首魁は、物憂げに微笑んでいる若い男を畏怖の目で見た。

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