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食品におけるフリーズドライ技術について語ろう

 食品の保存方法の中でも、乾燥させるというのははるか過去から活用されてきた方法の一つだ。魚、肉、果物……こうした食品は適切な方法で乾燥させることにより、生の状態よりもはるかに長持ちさせることが出来る。

 現代においては、乾燥させるのは固形物だけでなく、牛乳や果汁、卵液なども乾燥させる対象となっている。
 一番メジャーな方法はスプレードライと呼ばれる方法で、巨大なタンク(もしくは小さい体育館のような箱)の中で熱風を循環させ、そのタンクの中に向けて霧状の液体を放出させると一瞬で水分が蒸発し液体が粉になる、という方法である。この方法は原料の続く限りスプレーすることが出来て、粉を連続的に得ることが出来ることがメリットになっている。

富士化学工業様(https://www.fujichemical.co.jp/medical/spray_dry/index.html)の図より引用。
スプレードライのフロー。食品だと窒素は使用しないこともある。

 しかし、加熱させるということは少なからず風味に影響が出るのは避けられない。これは感覚的にも理解してもらえると思う。糖が含まれていればメイラード反応が起こり、脂質が含まれていれば脂肪酸は酸化する。牛乳は好きだが脱脂粉乳は嫌いという人は、こういう処理によって元の生乳とは異なる風味を感じているからかもしれない。

 そこで、加熱をせずに乾燥させる方法はないかという中で生み出された方法、それがフリーズドライである。
 そんなわけでフリーズドライについて語ってみたいと思う。なお、今回の話はあくまで食品に用途を絞っていることに留意いただきたい。

1.フリーズドライの原理

 水は何℃で沸騰するのか。
 この質問に「100℃」と答えたあなたは優しい人です。
 「は? 何atmでの話?」と答えたあなた。死後はピペットマンで10 μmLずつサンプル分注地獄に落ちます。ちなみにatm(笑)はもう高校化学では使わないらしいですよ。言ってる人がいたら「アトムおじさん」とあだ名をつけてあげましょう。

DALL-E3で「astro boy, old man」と入れたら生成されたアトムおじさん

 話を戻します。

 山の頂上ではカプメンがうまく出来ないとか、ご飯に芯が残るという話は聞いたことがあると思います。というのは、水は常圧では100℃で沸騰しますが、気圧が下がるにつれ沸点が下がっていくためです。熱湯を入れたつもりなのに、お湯は90℃だったりするわけですね。

 さて、じゃあ限りなく真空状態では水は何℃で沸騰するのか。
 答えは氷点下。
 この場合、液体の状態を経ずに氷の状態からいきなり気体になる、昇華という現象が起こります。そうして物が凍ったまま中の水分だけが昇華して、後は物の構造を作っていた骨格だけが残る。
 これがフリーズドライの原理です。

2.フリーズドライのメリット

 フリーズドライのメリットは、なんと言っても加熱がないことです。加熱による褪色・メイラード反応や酸化による劣化・食品の場合加熱により分解される栄養成分……そういった加熱による悪影響が、フリーズドライではほとんど起こりません。これが最大のメリットでしょう。

 また、フリーズドライの場合は野菜や肉などであればサンプルの形を維持することができます。フリーズドライの味噌汁などを食べたことがある方もいるかと思いますが、あれはスゴイ固形が残ってますよね。

アマノフーズの「しゃきっと野菜みそ汁」。この具材感はフリーズドライしかできない。
ちなみに熱風乾燥してる野菜のイメージは、ペヤングの野菜とか。

 スプレードライの場合は細いノズルで微細な水滴にしなければ乾燥させることはできません。肉をデロデロに溶かした液をスプレードライにかけたことがありますが、それくらいが限界です。熱風をかけて乾燥させる方法はありますが、スプレードライに比べ非常に加熱がかかり、元の状態をキープすることは難しく、風味にも多大な影響が出ます。
 その点、フリーズドライは水を加えるだけで元の形・食感・風味に限りなく近く戻すことが出来ます。

 さらに言えば、実験サンプルなどで熱をかけると元の物性とはめちゃめちゃ違うものになるけど、長期間保存してると腐ってしまうのでキープしたい、というときにも使えます。水溶液であれば概ね粉にできるので、それを水に溶かせば元のサンプルに元通りです。もちろん凍らせることによる影響もあるので、その影響をキャンセルできる場合に限りますが。

3.フリーズドライのデメリット

 そんなフリーズドライですが、ならばなぜそれほど普及してないのか? 
 当然ですが、デメリットがあるからです。

 まず、設備コストが高い。実験機を想定して、EYELAのカタログで棚型凍結乾燥機の価格を見たら最安値で668万円

EYELAの棚型凍結乾燥機、一番安いタイプでお値段しめて6,680,000円。
一番安いタイプはセンサーないので多分買わない。

 そしてランニングコストも高いです。大体ポンプを使用するので、油回転ポンプだと数回に一回はオイル交換の手間と数千円の費用がかかります。冷媒を利用するので電気代も熱風使うのと変わらず高い。
 実験機でこれなので、食品製造の装置となると当然ながら億単位の設備になります。そして製造量はそんなに多くない。大変なのです。

 次に、製造効率が悪い。冒頭で述べたスプレードライの場合、原料を投入し続ける限り粉は出来るという連続生産が可能です。一方で、フリーズドライの場合は庫内を真空にするという制約があるため、必ず原料を入れた後封鎖し、乾燥が終わるまで待つことになります。毎回毎回区切りが入り、そのたびに原料の出し入れが必要になるのは、工場で働いた経験がある方はわかると思いますが大変な効率低下になります。

 こうした設備コストや製造効率の悪さは製造原価に跳ね返ってきます。結果として、出来た商品は高品位だけど高価格になります。

 一番わかりやすい例が味噌汁でしょう。生タイプの味噌が入っていてそれを溶くタイプはこちら。108食で1,773円、つまり1食16円。

 一方でフリーズドライ味噌を使用した味噌汁。
 こちらはなんと30食で1,426円。1食あたり48円。3倍の価格設定になります。

 なお、これでも売れているのはフリーズドライの方だったりするので、これはかなり上手なフリーズドライの使い方と言えるでしょう。
 なぜかと考えると、生タイプの味噌っていうか、ペーストを小袋から出すのって汚れそうだしちょっと嫌ですよね。サラサラしてる粉の方が使いやすい。そして味噌そのものもペーストだと多分レトルトしてるから、味は断然フリーズドライの方が良い。その辺りが理由と思います。

4.食品企業でのフリーズドライ

 食品企業は安全で美味しい商品を提供することが使命です。ですので、乾燥しているため微生物にも強く、風味や形の劣化もなく乾燥が出来るフリーズドライは大変魅力的なのですが、設備導入と上昇した原価の回収がめちゃくちゃキツイので、なかなか使いこなしている企業はありません。

 大手だと、やはり日清食品になるでしょうか。あそこは謎肉でフリーズドライを使ってるのもあって、使いこなしが超上手いと思います。代表的なのはカレーメシでしょうか。カレーメシの出荷量の分の米をフリーズドライしてると考えると、気が遠くなりそうです。
 コンセプトは神がかってるんですよねあの商品。カップヌードルを連想させるカップ型と、粉と乾燥した米という超軽量設計。お湯を入れて待つだけでカレーが出来るというカップヌードルと同様のコンセプト。良い。

最近買った「ゲーミングカレーメシ」。Xマッチの前にはこれしかねえ!

 あと忘れてはいけないのはアマノフーズ。もうここは商品がフリーズドライに振り切ってますよね。創業の天野さんがそもそもフリーズドライで事業を起こしているから当然なのですが。なお、アサヒグループです。アサヒグループはホント色んな商品囲ってるよなぁ……。

 そんなわけで、フリーズドライ技術の紹介でした。
 ぜひ皆さんもお店でフリーズドライの商品を見かけたら「お?」と思って試してみてくださいね。

 以下は食品開発者向けのフリーズドライ商品のコツですが、普通の人にはあまり興味がないと思うので有料コンテンツにします。
 対象は、
・殆どフリーズドライを使ったことがなく、周りに知見のある人がいない方
・何となくフリーズドライを使っているけど失敗する方
・どんな食品がフリーズドライに向いているかを知りたい方
 くらいの初心者向けのTipsです。

5.フリーズドライのコツ

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